小話集 ④
【幼馴染】
「節子お嬢さん、谷川さんが遊びに来たよ。入ーれーてー」
「はーあーい」
谷川は昼間になると、息をするように敷島邸でお茶をしようと節子に集りにくる。
節子は基本的に協会で母親の秘書をしているが、昼休みになると食事をする為戻ってくるのだ。
そんな彼女を節子本人は厄介に思うどころか、快く歓迎していた。
「ふふん、皆が働いてる間に飲むコーヒーは最高ですな。あっ、これ谷川さん知ってる。美味しいよねこのお菓子、高いからそんな頻繁に食べられないけどさ。みどり君に食べてる所を見られると怒られちゃうんだよね」
「朱鷺田さんって、町長のお父様に似て結構庶民的な方なのよね。余りおぼっちゃまらしくないと言うか。飾らない感じが彼の魅力何かもしれないわね」
「でも、時々心配になる事があるんだよね。主に血圧が。小さい頃からみどり君、塩辛い物が大好きで醤油を目玉焼きとかにドバドバかけるんだよね。おにぎりも塩っぱいしさ。自覚はあるみたいだから来客がくると自重するんだけどね。みどり君にこそ、コーヒーを飲んでもらいたいよ。塩分過多には良いって聞くしね」
その会話を聞いて、節子はクスクスと笑っていた。
「でも、谷川さんはいつもそれを一緒に食べてるんでしょう?それって中々出来ない事だと思うわ。ねぇ、良かったら3人の思い出を聞かせてもらえないかしら?幼馴染ってどんな感じなの?」
そのあと、谷川は少し考えた後、口を開いた。
「昔、昔。越後という所に旭とみどり君と谷川さんがおりました。3人は親同士が仲が良く、幼い頃から3人で良く遊んでおったそうな」
「まぁ!素敵な物語の始まりね!」
「3人はクローバー探しをしたり、捨て猫を世話したりしていたがある時、旭がお兄さん時代の児玉さんに会って運び屋の技術を教えてもらっていたのです」
「確か、山岸さんも同じ頃児玉さんに会って技術を教えてもらってたのよね。偉大な先人だわ」
その言葉に谷川は2度頷いた。
「それを知ったみどり君と谷川さんはビックリ。家の塀を通過する旭を見て、同じように真似をしたのでした。そしたら全員出来ちゃったので旭とみどり君は行動範囲を広げ数年後運び屋となりました」
「あら?どうして谷川さんは運び屋にならなかったの?」
「だって、働きたくないもん。しかし、そのあと谷川さんも実家を出なければならなくなりました。親が社会勉強と称して、谷川さんをみどり君の家に居候させたのです。みどり君は断ればいいものを、親心を理解して引っ越しの準備まで手伝いました。そのあとは色々あって、今がある感じかな?」
「ふふっ、素敵なお話をどうもありがとう。そう言えば、思ったのだけど親同士が仲が良いって事は谷川さんもそうだし旭さんのご両親って結構良い家柄になるわよね?町長さんは叩き上げとは良く聞くけど、学生時代から優秀だったって聞いた事あるし...」
「おっと、谷川家と本間家の話は企業秘密だからそれ以上は話したらいけないよ。節子お嬢さんでも、危ないかもね」
その言葉に節子は目を見開き、驚いていた。
《会合》
「珍しいな旭、お前がこんな所にいるなんて」
父親に連れられてきた集会で旭の姿を見かけた朱鷺田は直様其方へと向かった。
「親父の知り合いが何人か来ててさ、俺が代理で挨拶周りやらされたんだよ。本当、勘弁して欲しいよな」
困りながら言う旭に朱鷺田はクスッと笑い出した。
「旭もこう言う集まりは苦手だよな。本間家は歴史ある家だし、知り合いも多いだろう?挨拶周りも大変だな」
「歴史って。没落した旧家っていう言葉が似合ってるよ。昔は財を築いてたみたいだけど、今は一般家庭とそんなに変わらないし。ただ、家に文化財があったり色んな所に顔が聞くからトッキーの親父さんとも絡みやすかったりしてコネクションを築いてるって言うのが今の俺達だ」
「いや、それはそれで凄いけどな。ウチの家は本当に政治特化で皆働き者だから歴史は浅いけど、勢いがある。本間家とは正反対の集団だからな。ほら、俺が見合い話を親父に持ちかけられて大変だった時があるだろう?そんな時、節子お嬢さんは俺を助けてくれた。でも、それって朱鷺田家でも不可能なんだ。俺じゃなくて旭じゃないと頼む事も出来ない」
そう言うと旭はニヤリと笑みを浮かべる。
と言うより、ドヤ顔の方が正しいかもしれない。
「そうだぞ、感謝しろよトッキー。御三家は絶対だ。特に運び屋界隈ではな。比良坂町でも歴史ある名家として存在してる。でも、それ以前に土着していたのが本間家だ。鞠理の家もそうだ。本人は企業秘密だって言葉を濁しているけどありゃ凄いぜ、黒幕と大して変わらんもんな」
そんな事を言えば朱鷺田は子供のように大きな声で笑い出した。
旭も釣られて笑い出し、周囲の目も気になるという事でバルコニーの方へ行くと2人でふざけ合っていた。
「何であの家に谷川みたいなのがいるんだろうな。どう育ったらそうなるんだよ!親父さん達もメチャクチャお硬い人なのにな」
「逆に鞠理は本当にフニャフニャだからな。まぁ、それで俺達も気軽に接する事が出来る訳だから感謝しないとな。...正直さ、あの時ちょっと迷ったんだ。お前を助けるか否か」
そのあと、旭が悲しげな表情をするので朱鷺田はその後の話を彼の隣で聞いていた。
「トッキーは家族思いだし、何より子供好きだ。だったら、家族を作って自分の子供を抱きたいと思うだろう」
「まぁ、普通だったらそう考えるよな。俺も親孝行したいと言えば嘘じゃないし」
「そうだろう?でも、トッキーは全部断った。後、鞠理からも聞いた。養子を検討してるって。本当にお前は子供好きなんだなって思ったよ。だから、その...なんだ」
「「ごめん」なんて言うなよ。俺が真剣に向き合って決めた事なんだから。お前が家を出ていって本当に辛かった。本当に苦しかった。もしかしたら、もう遅かったんじゃないか。間に合わなかったんじゃないかって恐怖でしかなかった。こうやってお前が戻って来てくれて本当に嬉しいし感謝してる。ありがとう、旭。お前に会えて良かった」
「...そうだな。縁、俺もお前に会えて良かったよ。そのなんだ、最初ギリギリまで粘ったんだ後ろ向きにな。自分とお前じゃ家の格的に釣り合わないんじゃないかって、何で俺が選ばれたんだろうってずっと疑問に思ってた。でも、お前と会った瞬間。全部吹き飛んだ。やっぱり、俺はお前と会う為に生まれて来たんだって。だから、俺からも言わせてくれ。ありがとうって」
そのあと、朱鷺田は一筋の涙を流しながらも穏やかな笑みを浮かべていた。
【チョコレート】
「山岸先輩、何やってるんですか?そんな険しい顔をして」
場所は北部の運び屋の拠点にある厨房。
何故か山岸は椅子に座り、腕と足を組み険しい表情をしていた。
「隼、明日は何の日か知ってるか?」
「明日?2月14日ですけど」
「そうだよ!バレンタインデーなんだよ!見てみろ、青葉が俺の為に一生懸命チョコレートを作ってるんだよ!俺の為に!」
「寿彦さん、五月蝿い。集中出来ないから、静かにして」
「...はい」
山岸は椅子に座り直すと続けてこう言った。
「いつもだったら絶対に包丁なんか握らせたくないけど、青葉の気持ちも考慮して特別に許可したんだ」
「それ、山岸先輩がただ単にチョコレートが欲しかっただけでしょ。というか、そうやって監視してる時点で許可もクソもないじゃないですか。青葉先輩が可哀想でしょ」
「末っ子君、もっと寿彦さんに言ってやって。この後小町ちゃんも来るから大丈夫だって」
そのあと、ハート柄のフリフリエプロンとバンダナを身につけた小町がやって来た。正に気合い十分といって良いだろう。
「隼!小町が愛情たっぷりのチョコレート作るから期待して待ってて欲しいの!」
「いや、別に無理して作らなくても。それに、小町って外見に似合わずビターチョコレートとか使ってくるから俺、結構困惑するんだよな」
「むむっ、隼が望海と一緒で子供舌なだけなの。今年はお子ちゃまの隼でも食べられる物を準備して来たから大丈夫!」
「そう?なら良いけど」
「良いのか、隼!?それで良いのか!?」
そのあと、青葉が山岸と隼を追い出そうする。
「ほら、寿彦さんもそろそろ任務の準備しないと。翼君を呼んで来て。末っ子君だって、単体の仕事があるんだから。気をつけて行ってらっしゃい」
2人が去るのを見届けた青葉は小町の元へと戻って来た。
「青葉は本当に寿ちゃんの事が大好きなのね。乙女の小町には分かるの!これは恋だって!」
「あら、本当にそう思う?私に恋心なんてないわよ。小町ちゃん、どうしてだと思う?」
その言葉を聞いた小町は何かに気づいたのか顔を真っ赤にし、照れている。
「青葉も人の事言えないの。寿ちゃんの事、あ、愛してるって事でしょ?」
「さぁ?どうかしらね」
《無自覚》
「ねぇ、燕ちゃん。咲ちゃんって、良いお父さんになると思わない?」
「...?」
任務の帰り道、突然の言葉に燕は困惑した。
いつも、咲羅の事をカッコいいと言っている瑞穂の事だ。
何か思惑があるのではないかと、燕は訝しんだ。
「ねぇ、瑞穂。咲羅の対して無自覚なラブコールするの辞めよ?皆んなから誤解されちゃうよ」
その、言葉に瑞穂は驚いた顔をする。
「えっ!?だって、先々月結婚したのは事実だし。月末には子供が生まれるのよ!おめでたい事じゃない!」
その言葉に更に燕は困惑した。
人間であれば十月十日を言われ、直ぐに生まれてくる事など不可能だ。
燕は少し考えた後、ある事を思い出した。
「もしかして、ツンちゃんの事?」
「そっ、可愛いツンちゃん。今から、亘君にも同じ報告しようと思って」
「瑞穂、辞めた方がいいよ!絶対、色んな誤解されちゃうから!」
燕の警告を無視して、瑞穂は上機嫌で七星邸へと向かった。
丁度、任務の報告に来たのか咲羅と海鴎もおり男性陣も揃っていた。
瑞穂は先程の話を咲羅に話した。
「咲ちゃん、結婚おめでとう!ねぇ、子供ももうすぐよね?産まれたら抱っこさせてもらえないかしら?」
「...あ、あぁ」
「「??????」」
チラリと咲羅が亘と海鴎を見ると情報処理が追いつかず、意識が宇宙へと飛んでいるようだった。
「瑞穂、誤解を招くような言い方をするな。俺の飼い犬に子供が出来たと言えば良いんだ」
その話を聞いて、ハッと意識を取り戻したのか2人は口を開いた。
「あぁ、確か咲羅の愛犬は女の子だったな。名前はツンと言ったか。お婿さんが見つかって良かったな。いずれにせよ、めでたい話だ」
「確か、比良坂町では珍しい西洋の血が入っているとお聞きしました。愛らしい顔をされておりましたね」
「そうなのよ、折角だったらお祝いしたいじゃない。そんな業務連絡みたいに言わなくても良いでしょ?」
その様子を身近で見ていた燕は安心し、胸を撫で下ろした。
《憧れ》
「...ねぇ、剣城。希輝ってお兄さんいたっけ?」
「いや、そんな話聞いた事もないが。なんだ、あのだらしない顔。ボールを咥えて来た犬じゃないか」
「...いや、犬より酷いよ。あの顔は」
「旭さん!旭さん!アタシ、今日も任務頑張りました!また、一歩貴方に近づいた気がします!」
「そうか、そうか。頑張れよ、後輩。俺も頑張らないとな、簡単に背中を追い抜かせる訳にはいかないからな」
そのあと、旭は希輝の頭を撫でる。
彼女は嫌がる所か、嬉しそうに応対していた。
それを見た白鷹と剣城は共に呆れ、苦笑いしている。
これ以上は彼女は勿論、自分達の尊厳に関わるという事で2人は希輝と旭を引き剥がした。
「ちょ、ちょっと!2人共何するのよ!」
「...あのさ、希輝。憧れるのは分かるけど、同業者なんだからさ。特に希輝は僕達のリーダーなんだから自覚は持ってもらわないと」
その言葉を聞いた旭は、改めて2人に謝罪した。
「2人共、済まなかった。俺も希輝を妹のように可愛がっているからな。自分について来てくれるのが嬉しくて、甘やかしてしまった」
「うぅ、旭さん!これだけはどうか忘れないでください。アタシには憧れの存在が沢山います。でも、1番最初は旭さんなんです!それだけは覚えておいてください!」
「分かった、ちゃんと覚えておく」
「旭、どうした?あぁ、また希輝に捕まったのか」
「モテモテだね、旭。この色男め」
背後から朱鷺田と谷川も現れ、彼女に至っては人差し指で彼の頬を突いている。
「こうやって、チヤホヤされるのも悪くないしな。いつもトッキーばかり周囲は目に掛けるから、そう言うのには無縁に近かったし。それじゃあ、俺達はこれで。お互い頑張ろうな」
「はい!」
《日没》
「鞠理、大事な話があるんだ。聞いてくれないか?」
いつものように、谷川が鯉に餌やりをしている最中に突如旭が話しかけてきた。
「みどり君は?いつも、大事な話をする時は3人一緒っていう約束だよね」
「...いや、今回ばかりはそれが出来ないんだ。お願いだ、鞠理。この事は俺の相棒に言わないでくれ。絶対に悲しむから」
旭は家を出る前、谷川にだけ真実を話した。
町長が裏で秋津基地の誰かと繋がっている事を。
これから起こる混乱に備え、旭は引退を決めた。
「それって、本当なの?じゃあ、みどり君はどうするの?それに運び屋業だって続けないといけないんだよ?」
「もうすぐ、トッキーが復帰する。仕事もアイツに全て任せておく。鞠理、お前はいつも通りアイツに接してほしい。そう言うのは得意だろう?」
「...嫌な大仕事引き受けちゃったな。絶対、みどり君が黙ってないよ」
「えぇ!?旭さん、もう帰っちゃったの!何でおばあちゃん教えてくれなかったの!」
その一方、和菓子屋に続く居間で祖父母の作った和菓子を食べる希輝の姿があった。
「希輝は旭さんが好きだねぇ。そんなに良い男かい?巷じゃ、朱鷺田の坊ちゃんの方が人気だって言うけどね」
「もう、おばあちゃんは何も分かってないな。人気者を推しても面白くないでしょ。相手だって、自分の事見てくれないし。私は中々表に出てこない人を引っ張り出して自分で人気にさせたいの」
「でも、希輝の友達は学校じゃ人気者って言うじゃないか。今どきの子は何を考えてるのかおばあちゃんにはさっぱりだ。でも、希輝。残念だけど、もう旭さんはこないよ。引退するんだって、まだ若いのにね。次からは違う人が来てくれるって」
その言葉に希輝は手に持っていた饅頭を落とした。
「...えっ、嘘。旭さん、引退するの?何で!だって、元気そうだったじゃん。病気とか怪我をしてる訳でもないのに」
「それは本人に聞いてみなきゃ分からんさ。相手には相手の事情があるんだから」
「...そんな、アタシの推しが引退するなんて。これじゃあ、何を支えに生きれば良いの」
「スゲェ!白鷹、今期も1位じゃん!何だよお前完璧超人かよ!」
その出来事があった翌月の事クラスメイトに肩を叩かれながら褒められる彼は今まで以上に嫌悪感を示していた。
定期テストの結果を見て、1位から5位までの順位を見ていたが剣城はあるものの希輝の名前がない。
「...なにこれ、18位って僕の事舐めてるの」
その言葉の後、剣城も彼の元へ向かい声をかけてくる。
「今期も1位か。白鷹、おめでとう。確か、薬学部志望だったか。なら、これぐらい出来ないとな。俺も4位、まあ。普通と言った所だな。所で希輝の奴はどうしたんだ。得意の数学もてっきり彼女が1位だと思っていたのに。聞いたら俺だと言うじゃないか、拍子抜けだな」
「本当だよ。これは一回喝を入れておかないと、僕のライバルを名乗るぐらいなら5位以内には入ってもらわないと意味ないよ」
いつも、冷静で落ち着いている2人だが珍しく眉を顰めていた。
元々、入学時から3人は定期テストの上位常連であり常に互いを意識する仮想敵のような関係だった。
3人は趣味も異なれば、クラスは勿論、友達も、部活動も共通点など一切ないがこう言ったテストの時だけ競い合う特殊な関係だった。
「どうしたの?成瀬希輝。僕を倒すんじゃなかったの」
彼女のクラスに向かい、何故か机に伏す希輝に声をかけるもアッチに行けと言わんばかりに手だけをヒラヒラと動かし、項垂れているようだった。
「もう良いよ。10位代なら上等でしょ。燃え尽き症候群だよ。放っておいて」
「これはかなりの重症だな。どうした?チョコエッグ食べるなら残ってるぞ。中身はいつも通り俺にくれ」
「...いいよ、要らない。最近、まともに寝れてないしご飯も食べられてなくてテスト勉強も身が入らなかったんだ。理由は話したでしょ?心配してくれてありがとう。もう良いから」
希輝も自身のテスト順位を見て、2人が可笑しいと思った事ぐらいは彼女も察知していた。白鷹は近くの席に座り、口を開いた。
「それは君ですら解決出来ない問題って事で合ってる?この僕でも?」
「当たり前じゃん。人の気持ちなんてどうこう出来るような問題じゃないよ。それが大人なら尚更。ウチの祖父母の店にさ、配達に来てくれる人がいるんだよ。その人が引退しちゃって、今どこにいるのかもわからないんだ。引き止めるなんて言わないけど、せめてお礼の言葉ぐらい言いたかったのに急にいなくなっちゃったからさ。自分の中でどう落とし前つけたらいいのか分からないんだよね」
「と言う事は運び屋業をしてる人って事か。比良坂町の中で一番危険な仕事を請け負っている人達だな。白鷹、どう思う?俺の中ではもう答えは出てるつもりなんだが」
「...このまま、希輝のテスト順位が落ちる事は避けないと行けないからね。今日は部活も休みだし、行動は早い方がいい。それに相手は大人達だ。それ相当の実績を持って来ないと相手にもしてもらえないよ」
「えっ!?2人共、何するつもり?ちょ、ちょっと!何処に行くの!」
「決まってるだろう、壱区だ。協会まで行けなくても近くに行けば、運び屋に会えるかもしれない。何より、壁を乗り越えられればそれが実績になる。俺達の頭脳があれば、直ぐに達成出来るはずだ」
「嘘!?本気で行ってるの!?やばい、この2人めちゃくちゃ面白いじゃん。テストの為に普通、こんな事する?」
そう言いながらも希輝は2人について行き、参区の壁へと辿り付いた。
「ねぇ、希輝。君が祖父母の家に行く時も運び屋に頼んでるんだよね?」
「うん、おばあちゃん家は壱区だしいつも送り迎えしてもらってる。でも夜勤の人しか来ないから、夜まで待つしかないね」
「なら、話は早いな。もう壱区から参区のルートは出来ていると言う事だ。尾山は雨が降りやすい、一回家に戻って時間に合わせてまたこよう」
「珍しいね、若い子達が揃いも揃って。何処に行くの?忍岡、氷川、和田?」
希輝の知り合いでもある、夜間勤務の運び屋にお願いし事情を説明すると案の定驚いた顔をする。
「こりゃ、ビックリだよ。まさか、最後の仕事にこんな事をさせられるとは」
「えっ、もしかして引退しちゃうんですか?そしたらアタシ、どうしたら」
「引退なんて言わないよ。ただ、長い休みをもらうだけさ。そうだな、和田の方に誰かいた気がするから其方まで行ってみるかい?」
「是非、お願いします!確か、旭さんも担当してた所でしたし。いるかも知れません」
3人は先輩の運び屋に連れて行かれ、壱区の和田へと向かった。
その間、交渉材料として先輩に手伝ってもらいながら希輝は尾山や藤居山に印をつけていく。
正直言って、ハッタリにも近いが無いよりはマシだろうという判断だった。後は相手次第だろう。
「えっと、今日の依頼はこれで終了かな」
「いたっ!!」
その言葉に浅間は驚き、声の方に振り返る。
しかし、声を発した希輝ですら驚き。彼女に謝罪した。
「ごめんなさい、人違いでした。アタシ、旭さんを探してて。どうしても会いたくて参区から来たんです」
「いいえ、良いの。間違えられる事が多いから、気にしないで。ごめんなさい。私も旭さんの事は分からない事だらけで。朱鷺田さんや谷川さんなら何か知ってるかもしれないけど、会議にも来てないしここも担当が一緒なんだけどタイミングが合わないのか会えてなくて」
「...そうですか」
その言葉に近くで話を聞いていた白鷹と剣城も話に加わった。
「参ったな。同業者ですら、お手上げとは。ここまで、印をつけてきた意味がないじゃないか」
「えっ!?貴方達、わざわざ印までつけてきたの?...成る程、元々そう言う魂胆だったのね。でも、私。そんなに権力がある訳じゃないの。元々、1人で活動しているし。上に顔が効くかと言われたらそうじゃない。後継人には向いて無いわ。他を当たって」
「...そこまで言えるなら、貴女は聡い女性だと思うけど。希輝、明日からはこの人に色々と教わろう。良いね?」
「えっ、こんな綺麗な人が先生になってくれるの?凄くテンション上がるんだけど。あの、これからどうぞよろしくお願いします!」
何故か念を押される形で浅間は彼女らの教育係をさせられる事になった。それは後日、他の運び屋も知る事になる。
「聞きましたよ。浅間先生!優秀な生徒さんが付いたようで。いやぁ、ウチの生徒と交換して欲しいですな」
「山岸さん、揶揄わないで下さい。あの子達は特殊な事例なんです。確かに3人は優秀ですし、仕事の飲み込みも早いです。でも、本来の目的は旭さんの行方を知る事。何か情報はありませんか?山岸さん」
「...いや。というより、可笑しいのはアイツら2人もだろう?全然、表に出て来ないし。俺だって、青葉が倒れた日は相当落ち込んだけどそれでも仲間の支えでここまで戻って来れた。旭は何を隠しているんだ?そんなにヤバイ案件なのか?」
「最近、人魚の動きも活発になって来て。特にベテラン勢の夜勤の方でさえも大怪我を負って引退に追い込まれています。皆も怖がって、次々活動停止や引退される方も多くなってますし。何か、比良坂町で異変が起こっているのかもしれません」
《おひとり様》
「颯先輩、小町知りませんか?」
「は?...あれ、おかしいな。さっきまで、お前の隣にいたよな?」
「そうなんですよ。小町、どこ行ったんだ?」
いつもの定例議会、隼の隣の席にはいつも小町がいるのだが今はいないようだ。
2人で彼女の行方を探そうとした時、山岸が口を開いた。
「小町なら浅間の所に行ったぞ、いつも1人で行動してるから心配なんだってさ」
「なんだそれ。あぁ、あれか。小町は隼にべったりだから浅間の考えが理解出来ないのか。ある意味、対極にいる存在だよな」
「遥ちゃん、今日は小町が心配だからついて行くの!」
「...?別に良いけど、小町ちゃんビタリ料理好きなの?」
ビタリというのは西洋の一国、温暖な気候に恵まれピッツァやパスタ料理が有名な所だ。
「ぐぬぬ、相変わらず優雅なの。どうせ、今日もワインを飲みながら舌鼓しようとしてたんでしょ!?小町、もう分かってるの」
「あらら、いつから小町ちゃんに目をつけられちゃったんだろう。私、変な事したかな?」
浅間と小町は手を繋いでその料理店へと足を運ぶ。
その姿はまるで微笑ましく、仲の良い姉妹のようだった。
食事中も小町は浅間へ色んな質問を投げかける。
「いつもの後輩ちゃん達はどうしたの?どうして、誘わないの?」
「別に常に1人って訳じゃないのよ。食べたい物が一致したら、勿論一緒に行くし。でも、今日は皆んなバラバラだったから一緒にいないだけ。小町ちゃんは隼君に合わせてもらうか?自身が合わせてるでしょ?そう言う考えも素敵だけど、私はしないだけ」
「遥ちゃんは変わってるの。でも、そんな貴女が小町は好き。だから、一緒に居たいし。こうしてお喋りしているの。もっと、遥ちゃんの魅力が皆んなに伝われば良いのになって思ってる」
その言葉に浅間は目を見開いたあと、静かに笑い出した。
「小町ちゃんも人の事言えないじゃない。1人でいる私が好きなんでしょう?矛盾してる。でも、ありがとう。いつも思うの、なんだかんだ言って小町ちゃんが私の事を1番理解してくれてるし、良く見てくれてるって」
「同期なんだから当たり前なの。小町は幼い頃から運び屋をやってるけど、最初も寿ちゃんにべったりだったし。颯や隼に守られるようにバディを組んでもらってる。でも、遥ちゃんはずっと1人で自分の範囲を管理して仕事も受けてた。それって凄く立派な事だと思うの。自分も貴女みたいになれたらなって思う時が沢山ある」
「私は偶然の産物だったのよ。元々、開業する予定だったけど色々協会で研修を受けてからにするつもりだったのに急に大きな仕事が入って、人手が足りないから手伝いに回されて気づいたら開業しててそのまま置き去りにされてた。希輝ちゃん達が来るまでずっと。仕方のない事だと思うけど、ちょっとだけ寂しい思いをしたのは事実。でも、Dr.黄泉が色々相談に乗ってくれて今の私があるって感じかしら?」
「へぇ、Dr.黄泉も割と良いやつなの。変人だと思ってたけど、遥ちゃんの気遣いが出来るなんて」
「小町ちゃん、そんな事言ったらダメだよ。でも、Dr.黄泉は私の気持ちを見透かしていたのかもしれない。彼も愛さんが来るまで、かなりの広範囲で担当を受け持っていたし。孤独なのは彼も一緒だったのかもね」
《迷子》
「ゆかりおにいさん、おはようございます!」
「おはよう、零央。じゃあ、児玉さん。後は俺達が預かって置きますから。帰る時にまた連絡します」
「良かったな零央、お兄さん達が一緒に遊園地で遊んでくれるってさ」
そう、朱鷺田達が待ち合わせをしたのは協会からも近い四季にある大規模な遊園地だった。
「凄いよね、ここの遊園地直属の運び屋さんがいるって。しかも初期からいる3人は谷川さん達とそんなに変わらないし、結構キャリア積んでるよね。もう1人が後から加わったって感じかな?」
「ここのオーナーが大の運び屋好きだからな。自宅に専属運び屋を呼んでたっていう話も聞くし、筋金入りだと思うぞ。ホーネットって運び屋の盛んな地域ではないと思うが尊敬するな。ここは彼にとっての理想郷なんだろう」
園内に入ると、真っ先にはしゃぎ出したのは零央ではなく旭と谷川だった。
「谷川さん、チュロスとポップコーンゲット!」
「トッキー、次はあれに乗ろうぜ!あれっ、俺の好きだったゴーカートがなくなってる!?何だあのデカい城は!?」
「おい、2人ともはしゃぎすぎだ。それと旭は時が止まりすぎだ、自重しろ。あくまでも、零央の意見を尊重してだな」
「れお、すごいたのしいよ。あのね、みんなとしゃしんがとりたいな。たからものにするの」
「ありがとう、零央。そうだな、近くにカメラマンもいるし城とオーナーの像の前で写真を...っていない!アイツらどこ行った!?」
膨大な敷地を2人で探すも、中々見つける事が出来ない。
「れお、うでわもってこればよかったね。そしたら、さがせたのに」
「良いや、零央のせいじゃない。迷子になるアイツらが悪いんだ」
そんな時だった、赤や緑の制服を着た3人の男女が朱鷺田の肩を叩いた。
それぞれ、担当のコードなのだろう「053」「028」「025」と腕輪に書かれていた。
彼らは警備員も兼ねており、園内の見回りをしているようだった。
先程言っていた、園内直属の運び屋だ。
「何か、お困り事ですか?宜しければキャストの私達にお申し付けください」
「同業者ながら頼もしいな。実は連れが迷子になってしまって。情けない話、デカい子供が2人居なくなってしまったんだ。協力して頂いてもいいだろうか?」
「勿論です。今、他の仲間にも連絡をとりますね」
その数分後、これまた青い制服の運び屋がこちらに来た。
先程の3人より若く、小柄に見える。腕輪には「020」とあった。
「先程、ゲストの方を見つけました。今お連れしますね」
朱鷺田は彼らの対応に頭が上がらず、何度もお礼の言葉を伝え旭や谷川と合流するがそのあとの結末は容易だろう。長時間説教となった。




