小話集 ②
《顔合わせ》
「寿彦さん、ちゃんと挨拶用のお菓子持った?場所もお借りしてるんだから失礼のないようにしないと」
「大丈夫だよ、旭達とは事前に氷川で会ったし。後は本家本元の人達だけだろう?児玉さんは壱区にいた経験もあるし、俺も運び屋としての技術を教えてもらった事があるから青葉も気を張らず楽しまないと」
「そうね、折角いい機会を頂いたんだもの。でも、緊張しちゃうわ。協会側からのご懇意とは言え、敷島邸で待ち合わせだなんて」
そう言いながら、2人は忍岡に到着後屋敷に向けて歩を進めていた。
今日は協会の勧めもあり、担当地域の異なる6人の顔合わせが行われていた。
当時旭や山岸達は協会まで範囲を拡大していなかった為、協会側も考慮し、児玉達2人を敷島邸まで送迎するという事で今回の集会を実現させた。
2人は少し緊張しながらも、屋敷に赴き家政婦の案内の元、客間へと案内されようとしたのだが、その客間の入り口付近でソファの上で項垂れる旭と朱鷺田の姿があった。
「...トッキー、俺。何か間違えたかな?」
「いや、旭は何も可笑しな事はしてないと思う。問題は俺の方かもしれない」
山岸達を案内していた家政婦でさえも驚き、2人に「大丈夫ですか!?」と声をかけている。
その様子に山岸達は怖気づいてしまった。
そのあとの事だった、児玉が慌てて客間の扉を開け旭達に謝罪した。
「2人共、本当に申し訳ない!光莉には良く言い聞かせておくから!」
青葉がチラリと扉の隙間から客間を見ると、ソファには1人のあどけない少女が座っていた。
しかしその顔は不機嫌で腕と足を組み、人形のような可愛らしい赤のワンピースと頭の後ろについた大きなリボンが台無しだった。
「青葉、どうした?」
「見て、あの服。異国で有名なブランドの子供服よ。彼女、凄いお嬢様なんじゃないかしら?」
青葉はファッションや裁縫に精通しており、運び屋だけでなく其方関連の仕事を請け負う程、その知識や腕を買われていた。
そんな青葉が言うのだから間違いないと、山岸も同様に覗き込もうとすると光莉がソファから離れ、此方へと近づいてきた。
「玉ちゃん、もう帰ろう。来て、損した。こんな事なら、依頼を進めてた方がマシだったよ」
その言葉に旭と朱鷺田は更に落ち込み、児玉は顔を真っ青にする。
そんな事もお構いなしに光莉は山岸と青葉をギロリと睨んだ。
その愛らしい容姿に似合わない行為をされ、2人は背筋を凍らせる。
「どうせ、コイツらも人魚に喰われてお仕舞いだよ。だったら最初から会う意味なんてないじゃん」
「光莉!!」
児玉が諌めようとするものの、光莉は涼しい顔をしている。
どう生きたら、こんな事になるのか?
児玉以外の4人は彼女について、疑問を抱えていた。
そんな中、青葉は光莉の事を知ろうと質問を投げかける。
「ねぇ、そのワンピースとても素敵ね。私も水玉模様が好きなの。貴女の?それともご両親の趣味かしら?」
「何、貴女。私に媚びでも売るつもり?言っとくけど、アンタ達はどうせ私達の紛い物なんだよ。二番煎じなの。偽物は大人しく、本物に従っておけばいいんだよ。私がアンタらのリーダーだから。勝手な事すんなよ。ただじゃおかねぇからな」
余りにも少女に似つかない言葉の羅列に4人は恐怖を覚えた。
ただ、その裏には誰かを守りたいという思いも感じられる。
その小さな体で、彼女の後方にいる児玉を隠しているように思えるのだ。
その事に最初に気づいたのは、旭と山岸だった。
「山岸、やっぱり本家っていうのは凄いな。逆に頼もしいよ、尊敬する児玉のおじさんがいて、その上にそれを従わせる存在がいるんだ。もし、今後俺達が居なくなるような事があったとしてもこの2人がいてくれれば俺達は戻ってこれる」
「そうだな。俺達が目指す存在としてこれ以上に相応しい物はない。最初は怖気づいたけど、そのぐらいが面白いのかもな」
「分かればいいんだよ、分かれば。玉ちゃん、私先に帰ってるから。もういいでしょ?参区で相撲の試合が始まっちゃうから、見に行かないと」
「...あ、ああ。もう、何でもいいよ」
光莉は近くの家政婦に声をかけ、送迎の手筈をしているようだった。
「4人共、今日は本当に済まなかった。光莉は弐区じゃ有名な悪ガキでな。大人達も手がつけられない程の問題児なんだ」
光莉が去った後、児玉は彼女について話を始める。
「光莉の家は弐区で百貨店を経営する程の有名な商家なんだが、1年前に両親が事故で亡くなってな。店の権利は親族に渡ったものの比良坂町の外にいるから直接光莉に会う事もなく、大きな家と遺産だけが光莉に残されたんだ」
「あぁ、もしかして夢野さんか。確か、親父と一緒に弐区の視察に行った時にお会いしたのを覚えてる。可愛い娘がいるって聞いてたが、彼女の事だったのか」
その朱鷺田の言葉に児玉は頷いた。
「じゃあ、ずっと児玉さんと会うまで彼女は1人で暮らしていたのね。だから、あんな攻撃的な性格に。寂しい思いを隠す為にずっと小さな体で頑張ってきたのね」
「これでもまだマシにはなったんだ。後は、同じ年頃の女の子が側にいてくれれば光莉の心も少しは穏やかになるんだがな。その前に光莉自身が学校に行こうとしないから友達なんか、夢のまた夢だな」
「大丈夫よ、児玉さん。希望はまだあるわ。きっとね」
その言葉に児玉は僅かながらも微笑んでいた。
《子供扱い》
「おっ、やってる。やってる」
山岸が任務から帰還しようとした時、偶然隼も同じ場所で依頼を受けている事に気づいた。
感謝の言葉を依頼人から言われているが、隼は愛想笑いというのを知らないのか、それともやらないのか?眉一つも動かさない。
運び屋において、依頼人との信頼関係は重要だ。
特に常連となれば、それ相当の対応が望まれる。
山岸はお節介だと思いながらも、隼のフォローに回る事にした。
「おっ、山ちゃん。コイツは凄いね、直ぐに着いちゃったよ。とんでもない新人が来たもんだ」
「そうでしょ?うちの息子は凄いんですよ。予約も直ぐに埋まっちゃって大人にも子供にも大人気なんですよ。次の予約も今のうちにしておいた方が賢明ですよ」
「おっと、これは一本取られたな。じゃあ、一か月後の予約もお願いしようかね」
依頼人と別れ帰路に着く途中、隼は山岸の横顔をチラリと見た。
「あの、山岸先輩。俺の事、息子って言うのやめてもらえます?俺、貴方の息子だった覚えないんですけど」
「隼もとうとう、反抗期に入っちゃったか。お父さん、悲しいな」
「あの、人の話聞いてます?子供扱いしないでくださいって言ってるんですけど」
「俺から言わせれば、隼はまだまだ子供だよ。それに、隼だって大人扱いされたいと言われたらそうじゃないだろう?チヤホヤされるのだって好きじゃないし。でも、気を許した人は凄く甘えたい。弟ポジションに埋まりたいだよ。本当は」
その言葉に、隼は思ってる以上に自分の事を理解して貰えてると嬉しくなった。
「あの、俺って冷静とかクールとかって周りから言われる事があるんですけど、根暗なんですよ。本当は。幼い頃に壱区に越してきて、周りに馴染めなくて音楽の世界に閉じこもって今まで生きてきた。そんな中、颯先輩に出会って自分のあんな風になれたら良いのにって凄く、羨ましかった」
「颯は極端な例だけど。確かに、男って言うのは「俺について来い!」って言えるような存在になりたいよな。俺も正直、颯が羨ましかった。まぁ、でも。今の自分も気に入ってるし、隼っていう可愛い息子にも出会えたから。俺は嬉しいよ」
「山岸先輩、俺はもうツッコまないんで。事後処理は自分でお願いします。本当に貴方って人は快楽主義者ですよね?楽しい事、面白い事、大好きですよね。貴方らしくて良いと思いますけど、二枚目が台無しですよ」
「快楽主義者と二枚目は共存するんで良いんです。ところで今日は隼君の大好きなザンギを作ろうと思ったんだけど、ザンギと唐揚げって何が違うの?ちょっと、お父さんに教えてくれない?」
「真顔で言うのやめてください。味の濃さと下味の有無ですよ。それ、もちろん俺の分もありますよね?俺に聞いてきたんだから」
「どうかな?隼はウチの息子じゃないらしいんで、用意するかはこれからの買い物次第かな。うちは大家族だからな、あーあ。何処かに、荷物持ちがいないかな。320kgを運んでくれる人いないかな」
「一体何を買うつもりですか、俺も心配なんでついていきますよ。最初からこう言う魂胆だったんでしょう。喰えない人ですね、父さんは」
《接触禁止令》
「圭太、誰に手紙を書かれているんですか?」
自宅の居間で圭太が何か物書きをしている事に気づいた望海は、側にあった封筒の宛先を見る。そこには「咲羅維新」の名があった。
「咲羅に手紙を書いてたんだよ。彼らって、参区と肆区しか行けないから情報交換を兼ねて文通をね。不思議だけど、彼とは気が合いそうな気がするんだ」
「へぇ、意外ですね。咲羅さんって結構社交的な方なんだ」
「彼、強面だから色々誤解される事があるらしくて、この前の会議で壱区の人と喧嘩になったって手紙に書いてあったよ」
「喧嘩!?それって、結構な大事ですよね?壱区?どなたなんでしょうか?皆さん、親切でそんな風には見えませんけど」
「那須野!俺の為に争うのはやめて!」
「山岸先輩、笑いが隠せてないですよ。瑞穂さん、これどうします?始まっちゃいましたけど」
「こればっかりは私達じゃどうする事も出来ないわ。2人の問題だもの。危なくなったら隼君、止めるの協力してくれる?本当に2人共、どうしちゃったのかしら?普段は大人しいのに」
肆区のメンバーを集めた定例会議、いつもとは異なるメンバーとなると人数も多くなるだけでなく、アクシデントも生じる。
特に皆の中で異変だと思われたのが那須野と咲羅の対立だった。
と言うよりも那須野の方が、咲羅に突っかかるという出来事が起こったのだ。
「山岸、隼。止めてくれるなよ。これは俺の、いや俺達の問題だ。そうだろう?咲羅?」
「問題かはさておき、売られた喧嘩をそのままにしておくのは俺も好きじゃねぇ。ここは1対1の真剣勝負でいこうか」
【コード:005 承認完了 白虎を起動します】
【コード:700 承認完了 鬼八を起動します】
「あぁ、もう!咲ちゃん、本気になっちゃって」
「山岸先輩も笑ってないで止めるの手伝ってください。本当にもう、何の因縁があってこんな事になったんだか」
《人気者》
節子に協会へと呼び出された望海と隼は彼女に連れられ、倉庫へと赴いていた。
「2人共きてくれてありがとう。協会の方に貴方達へファンレターが届いてるから見てもらおうと思って」
そう言いながら、節子はそれぞれに宛てたファンレターを交互に渡していく。
「隼さんはやっぱり人気者ですね。特に男の子から絶大な人気を誇りますし、弐区にもいるんですよ。隼さんに会いたいって言ってる子」
「そう言う望海だって、老若男女から愛されてるし顧客からの信頼も厚い。俺はまだまだだよ」
そんな言葉を嬉しそうに聞きながら、節子は他宛てのファンレターも確認している。
そんな中でダンボール1つ分ビッチリと手紙が詰められた物を発見した。
「節子さん、そのダンボール全部ファンレターですか?」
「そうなのよ。凄いでしょう?今日、彼が協会に来るから渡そうと思ったんだけど。何処から噂を聞きつけたのか、入り口で待ってるファンの方がいるのよ」
「そんな出待ちされる程の運び屋...いやいるな。と言うか、愛さんや初嶺も一緒に向かうと聞いているから今とんでもない事になってるんじゃないか?」
「黄泉先生!正面玄関はやめて裏口から行きましょう...って、何対応してるんですか?サインも禁止です!」
「まぁ、落ち着きたまえ愛君。さぁ、ファンの皆。慌てないで、僕はここにいるよ。この黄色の線から出ないように。押さない、出ない、走らない。マナーはキチンと守ろうね。僕からの約束だ」
「Dr.黄泉、彼方のファンから私達のスリーショットのお願いが。受諾されますか?」
「折角、3人揃ったんだ。こんな事、滅多にないしね。宝くじに当選する以上に価値あるものだと思っている人もいるだろう。順番に対応しなくては」
その様子を望海達3人は呆然と見ていた。
《バスケしようぜ》
定例会議の後、光莉は何故か山岸の元へ赴いていた。
「山ちゃん、ちょっと面貸せや」
「光莉さん、勘弁してくださいよ。俺、今日スーツなんですけど。あーあ、事前に言ってくれれば用意したのにな」
「そう言うと思って、用意しておいたっすよ山岸さん」
側にいた翼は運動着とシューズを取り出した。
「うわぁ、俺の愛人はめちゃくちゃ気がきくな。それで、野球とバスケどっちやるんですか?どっちも嫌なんですけど」
「バスケ」
「だから、どっちも嫌だって言ったじゃん!」
光莉に引き摺られるように近くのバスケコートに行くと、既に白鷹がいた。実は彼、凄腕のバスケプレイヤーである。
しかも、バスケだけでなく野球の経験もあるのだからまさに文武両道と言わざるを得なかった。
「...入った。ボールの角度も指の動きも完璧」
それはゴールに入った後ではなく、離れたスリーポイントの位置でボールから手を離した瞬間に発せられた言葉だった。
まるで未来予知でもするように、彼はゴールの真下へと移動した。
「くそっ、勉強も出来て運動神経も抜群とか完璧超人かよ。カッコいい!山ちゃん、私もやりたい!」
「元々、白鷹は希輝より期待されてたんだからこうなるのは目に見えてるだろう?野球だって、豪速球投げるし、打撃も優秀だし。あーあ、超羨ましい!現代っ子って何でハイスペックなんだろう」
2人は白鷹を褒めちぎるものの、彼に発せられたのは矛盾した言葉だった。
「...君達も懲りないね。また来たの?」
「勿論!白鷹から1点取るまで絶対に諦めないから!咲羅からは誘いを断られたけど、山ちゃんも一緒にいるし今日は絶対勝つ!」
そのあと、光莉達は白鷹に挑むものの1点どころかボールを奪う事も出来ず惨敗に終わった。
《おかえり》
「ただいま」
玄関を開ける音とその声に朱鷺田は反応し、其方に駆け寄ってきた。
「おかえり、旭」
「そんな焦らなくとも、またすぐどっか行く事はないから安心しろ」
「済まない、つい癖でな」
チラリと玄関に飾られた絵を見ると、朱鷺田が焦ったように口を開いた。
「この絵も今の季節に合わなくなってきたな。違うのに交換しないと」
「確か、蔵に何個かあったな。後で運んでくる。ところで鞠理は?相変わらず、昼寝中か?」
「今は庭の鯉に餌やってるよ。呑気だよな、谷川らしいっちゃらしいが」
旭と朱鷺田が庭の方へ向かうと、じっと泳ぐ鯉を眺める谷川がいた。
チラリと旭の方を見ると、笑顔で微笑んでいる。
「旭、おかえり。ねぇ、みどり君。猫飼おうよ、可愛いよ。谷川さんがちゃんとお世話するからさ」
「世話するのはいいが、谷川の場合は献身的過ぎるんだよ。小さい頃とかも捨て猫を拾ってきて全部世話してただろう?あの後、実家が野良猫の溜まり場になって親父さん達が困惑したの今でも覚えてるぞ」
そう言うと谷川は不服そうな顔な顔をする。
「いいもん。旭、今度みどり君に内緒で猫カフェに行こうよ。角筈で良い所見つけたんだ」
「鞠理、それじゃあ秘密にならないだろう?ほら、トッキーも拗ねてるぞ。仲間外れにされたって」
「別に、2人で何処に行くかなんて俺の知った事じゃないからな。その間、やけ酒してやる。谷川の焼酎も旭の漬けた梅酒も帰ってきたら全部なくなってるかもな」
その言葉に2人は顔を真っ青にした。
「ダメだよ、みどり君。ただでさえ、お酒に弱いんだから。そんな沢山飲んだら病気になっちゃうよ!」
「そうだぞ、早まるなトッキー。悪かった、3人で行こう。な?」
数分の説得の後、朱鷺田は機嫌を戻した。
玄関の絵も交換し、旭は先程話に出ていた梅酒を台所から見つけ確認している。
「本当に旭は梅酒然り、梅干しが好きだよな。餓鬼の頃からおにぎりも梅干しばかりだったし。良く飽きないよな」
「飽きないさ。現にお前たちともなんだかんだで一緒にいるわけだし、逆にこれがないと生きていけないって気づいたからな。これからも、変わらず続いていくさ」
その言葉に朱鷺田は目を細めながら静かに微笑んでいた。




