第陸拾弐話 血の池 ◆
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「良い刀ですね、手にしっくりくる。Dr.黄泉にお勧めして頂いただけの事はあります」
「おい、初嶺!大事に使えよ!それ、誰も使いこなせなくて結局返却した奴なんだからな」
「颯先輩、戦いに集中してください。本当にこれ、何人いるんだよ。倒しても、倒してもキリがない」
まだ3人で対応出来ているとは言え、そろそろ体力的にも精神的にも限界が近づいているのは隼も感じとっていた。
それ以上に久堂が姿を現さない。
隼は山岸に無線を繋ぎ、情報を得ようとする。
「隼、関所の近くに敵の本拠地を見つけた!そこから近いぞ、久堂もそこにいるはずだ」
「了解、直ぐに向かいます。2人共、急ぐぞ」
「...来たか。懐かしいな、この景色も」
本拠地のテントから久堂は姿を表し、3人を視界に捉えた。
間隔の離れた民家、聳える針葉樹林、それは久堂が幼い頃に見た物とそう変わらなかった。
彼はそこから動く事なく、結末を見守っていたが同じように動かない人物がいた。
「おい、初嶺どうした?」
「...あ、...あぁ」
初嶺は久堂を視界に捉えた瞬間、身体を震わせ倒れ込んだ。
呼吸も荒く、視点も安定しない。
異常を感じた2人は初嶺に駆け寄り、原因を探る。
「初嶺!?あの男と何かあったのか?」
「...ち」
「ち?」
隼は次の言葉を「違う」と勝手に連想していたが想像の斜め上の言葉を告げられた。
きっと、これは初嶺が最後に思い出した記憶なのだろう。
出来ればそのまま仕舞い込んで置きたいと思ったのだろうが、それは不可能だろう。
「血が....久堂の血が私に降りかかって。彼は死んで、生きかえって。他もそうだった、血の池が」
「おい朧、立て。お前はどっちの味方なんだ?」
初嶺の声に耳を傾けている間に久堂が目の前に来てしまった。
久堂は彼の無気力な腕を掴み、刀を自身の首へと翳す。
その光景に初嶺は珍しく怯え、震えながら涙を流していた。
最悪の状況に颯は隼に耳打ちをする。
「隼、このままじゃ攻略不可能だ。一回不来方まで下がるぞ」
「珍しく気が合いますね。山岸先輩と小町にも連絡しないと」
2人は初嶺を連れて、その場から撤退した。
不来方に戻った後も初嶺の様子は一向に良くならない。
「2人共、確認させてくれ。久堂を見た後、初嶺の様子がおかしくなったんだよな?」
「あぁ、血の池って言ってんだ。初嶺が恐怖するぐらいだ、相当な現場に遭遇したのかもしれない」
「だとしても情報が足りな過ぎる。初嶺は何か見た、でもその何かが俺達には分からない。くそっ、ここまで来たのに」
その隼の言葉を小町は青ざめる初嶺の手を握りながら聞いていた。
「とりあえず、このままにしておいたら病状が悪くなっていく一方なの。寿ちゃん、こう言う時こそ、愛ちゃんの出番なの」
「そうだな、正直これ以上戦線は下げたら状況が危うくなる。愛を呼び寄せよう」
そのあと、山岸は愛を呼び寄せた。
まさかの人物が倒れた事により、愛も動転しているようだった。
「本人から記憶は粗方戻ったと聞いていたんですが、まさかこのタイミングで倒れるなんて。いいえ、違いますね。記憶喪失は自己防衛の為に恐ろしい記憶を忘れる行為ですから。彼はずっと軍にいて、様々な惨劇を見て来たんでしょう。彼にとって思い出したくない記憶を深層心理の中から呼び起こせたのはある意味良かったのかもしれません」
そんな時だった、愛の無線に連絡が入る。
「923」その番号に愛は安堵し、通話しようとするが中々黄泉の声が聞こえない。
次第に音声が明白となり、通話が可能となった。
「済まないね、愛君。先程まで肆区にいたんだ。今、参区に移動した。君に伝えて置きたい事がある。ちゃんと聞くんだよ」
「黄泉先生!!本当に!本当に!安心しました!やっぱり、私には独り立ちは無理です。黄泉先生の弟子で本当に良かったです!」
愛は涙声になりながら、黄泉に対し日頃の感謝を伝えている。
黄泉は彼女を宥めた後、話を続けた。
「今、現在。参区と肆区でそれぞれ百地と音無を捉えた。その中で肆区で音無が身体を破裂させた後、新しい身体に再構築すると言う謎の現象を起こした」
その言葉に愛は初嶺の方を見やる。
彼の言葉が嘘では無い事を実感した。
「黄泉先生、実は朧君が今記憶を取り戻したショックで倒れてしまって。先生が言った事と同じ言葉を呟いているんです」
「...やはりか。愛君、少し朧君に代わってもらえるかい?」
愛は指示に従い、無線機を初嶺の耳に翳した。
初嶺もまた、黄泉の言葉を聞いて安心したのか呼吸が徐々に安定していく。
「Dr.黄泉、申し訳ありません。私は自分の使命を果たせなかった」
「そんな事はないよ、君は大切な僕達の仲間だ。無理に記憶を思い出させる事はしない、一つだけ質問をさせてくれ。軍人達は何か薬を持っていたかな?音無の制服のポケットから錠剤を見つけたんだ」
その言葉に初嶺は声ではなく、仕草で返答した。
コクリと二度頷き、周りを驚愕させた。
「久堂の錠剤を私が持っていたんです。発作を抑える為の抑制剤だと聞いていました。彼らは時々、苦しむ事があって鶴崎や全斎はその回数が多かった。私だけその現象が無いに違和感をもっていました」
「そうか、怖い思いをしたね。ありがとう、話を聞かせてくれて。愛君、僕はこれから研究所に戻って薬の成分を調べてみるよ。今、児玉君達が壱区へ戻ると言っている。人員もこれで確保出来るだろう」
「ありがとうございます。後は壱区だけなんですね、必ず久堂を捕らえますので」
初嶺はもう一度愛に会話させて欲しいと彼女に掌を翳す。
無線機を受け取った初嶺は、意識が明白になったのかしっかりとした口調でこう言った。
「彼らは身体が崩壊してから再構築するまでの時間を“魔の11分”と呼んでいるんです。その間、何も抵抗が出来ず無防備になる事から名付けたと言っていました。彼らにとって1番危険な状態だと。その間記憶も飛んでいるらしく私は勿論、他の軍人達に言われてやっと気づいた方もおられるようです。久堂もその内の1人でした」
「分かった。“魔の11分”その言葉を覚えておこう」




