第陸拾壱話 証拠 ▲
朱鷺田達3人は敷島会長に会う為、忍岡へと戻って来ていた。
雪の中にも関わらず、物憂じしない姿を見るにどれだけ3人が必死の状況かつ、この環境に慣れ親しんできたのかが分かるだろう。
しかし屋敷に近づいた時、朱鷺田は顰めた顔をする。
門前に人影があるのが見えたからだ。
この後に及んで軍人達が戻ってきたのかと2人を下がらせ、死角になりそうな別の路地へと誘導した。
「隠れろ、誰かいる」
「でもトッキー、軍人にしては小柄じゃなかったか?誰かが戻ってきたのかもしれない。それこそ、北部の奴らかもしれないじゃないか」
旭は屋敷の方をチラリと覗き見て侵入者の正体を探ろうとしている。
それを朱鷺田は慌てて制した。
「確かに山岸達かもしれないが、軍を相手にしてる状態でここまで来られないだろう?それに旭の言うように小柄だとしたらアイツらの中だと小町しかいない。小町だとしたら可笑しな点が幾つもある」
「小町ちゃんって、赤が大好きだからいつもその色の服しか着ないんだよね。雪でも目立つんだよ。それに小町ちゃんがいるなら隼君がいないと可笑しいしね。2人ともリア充だからさ、カップルみたいに離れないんだよ」
「リア充?今、流行ってる言葉か?」
「旭は俗世から離れちゃってるからね。仕方ないけどさ、折角復帰したんだし覚えて置いて損はないと思うよ。どうする、みどり君。もう中入っちゃってるみたいだし、慎重にでもいいから入った方がいいんじゃない?会長さんに何かあったら大変だし」
「そうだな。皆んな出払ってて動けるのは俺たちしかいないんだ。こう言う時こそ、動かないとな。よし、行こう」
屋敷の中へ入ると、上の階段へと駆け上がる音が聞こえ3人は背筋を凍らせる。
「不味いな!彼方には会長がいたはず!2人とも戦闘用意」
恐る恐る上へと向かうと、会長の啜り泣く声が聞こえる。
「節子!本当に良かった、無事で!貴女に何かあったら、あの人に顔向け出来ないわ」
「大丈夫よお母様、心配かけてごめんなさい。もう泣かないで。どうしましょう、望海さん達に助けてもらった時よりお母様を泣かせてしまったわ。私は悪い娘ね」
まるで親子関係が逆転した様に節子は母親を抱きしめ、落ち着かせようと背中を摩る。それを朱鷺田達はジッと見ていた。
やがて、節子と目が合うとお互い驚いていた。
「あら、3人揃ってここに来て頂けるなんてとても嬉しいわ。案外、初めての事じゃないかしら?そうよね?」
「節子お嬢さん、久しぶりだな。訳あって復帰したんだ、今日だけ特別にな。俺達で探し出そうと思ったが、自分で抜け出して来るとは思わなかった。父上が世界を跨にかける冒険家なだけはあるな」
「そんな事言わずにまた協会で昼寝をしにきても良いのよ?私達はいつでも貴方を歓迎するわ。貴方がいないとお2人も寂しがるもの。そう言えば、ここに来たのはお母様に用事があったと言う事でいいかしら?」
その言葉に旭は朱鷺田に目配せをし、調査資料を渡すように伝えた。
朱鷺田は動揺しながらも、彼女に資料を渡した。
「旭が独自に調べた情報と、角筈の行政施設や近くの図書館まで行って調べた物をまとめた資料です。俺達なりに比良坂町を復興させる手段を考えました」
「わざわざ角筈まで。そうよね、協会の側に役場があるもの。確かに近づくのは危険だわ、この状況で臨機応変に対応出来るのは素晴らしい事よ。上から目線で申し訳ないけど、貴方達には期待しているわ。ここに来て新たな可能性を示してくれたんだもの」
「谷川さん、凄い頑張ったんだよ!角筈ってダンジョンみたいに道が入り組んでるんだもん。凄い迷うし、外に出られないし。でもね、地下に謎の空間を見つけたんだ」
「まぁ!比良坂町にそんな素敵な場所があるのね。そうね、お母様にも休んで頂きたいし。休憩がてら資料も見させて頂こうかしら?お話も聞きたいし。コーヒーも淹れられるかしら?お茶菓子も残ってると良いけど」
そのあと、節子はテキパキと行動を始める。
母親を寝室で寝かせ、薙ぎ倒された椅子やテーブルを元の位置に直すのを朱鷺田達も手伝い4人は席につく。
節子は資料を噛み締めるように読んでいる。
その様子を3人は見守っていた。
「...あの、やっぱり情報不足ですよね?俺達も山岸達の援護に向かってた方が正解だったかもしれないな。そうじゃなくても協会方面に戻っていた方が」
などと、朱鷺田は自信無さげに独り言を呟いている。
その様子を見た旭は彼の背中を軽く叩いた。
「トッキー、大丈夫だ自信持て。あれだけ3人で調べたんだから」
朱鷺田は確かに面倒見も良く、しっかり者の為リーダーに向いていそうだがこう言う時、理性が働き自信を無くしてしまう事がある。
そんな性格を旭は惜しいなと思っていた。
その為、旭は朱鷺田を参謀役に置き機が熟すのを待っていたのだがまだまだ旭の力が必要のようだ。
「...これを数時間で調べ上げたの?」
「そうだよ、谷川さん嘘付かないもん。皆んな、軍人達の対応に追われてるのは知ってるし、みどり君の様に手伝いに行った方がいいのは分かるけど谷川さん達はそもそも、自分達のいる比良坂町の事すら全然分かっていないでしょ?だからマイペースにやらせてもらったんだ」
「マイペースって言い方はどうかと思うが、俺達らしいかもな。今まで周囲とも連携を取ろうともしなかったし。ただ、旭とも合流して見えてきた物も沢山ある。この戦いは比良坂町と秋津基地だけの問題じゃない。もっと視野を広げて考える必要がある。今、戦ってる連中はそんな事を考えるのは難しいだろう。俺達は違う視点から協力させてもらった」
「そうね、朱鷺田さんの言う通りだわ。もし、この資料通り「琉球」という存在があり海上に人魚がいるのだとしたら周囲との共存は必要不可欠。私達運び屋だけで解決出来る問題ではないわ」
そのあと、節子は熟考を開始する。
自分の立場から何が出来るのか思考を巡らせていた。
「今、瑞稀さんや亘さんもそれぞれ参区と肆区に戻っていて。他にも鶴崎少将に協力して貰って全斎准将の元へ向かっている途中なの。もし、他の区の戦況が私達に有利なら攻撃をストップする可能性はないかしら?」
その言葉に旭は反論意見を出した。
「いや、それは難しいだろうな。全斎の本来の目的は軍隊を消耗させる事だ。本当に攻撃をやめさせたいなら、此方に戦意がない事を示さなければならない。その為にはまず、此方が全斎の企みを知っている事。全区で戦闘をストップさせる事、その上で比良坂町が外の世界に通じている事の証明と比良坂町、秋津基地、琉球がお互い協力関係になれる策を講じてこそ、この戦いはやっと止められる」
「講和条件が必要という事ね。確かに、私達は今の状態では全斎准将を説得させるというのは難しいでしょう。鶴崎少将ですら手を焼いているんだもの。どうしたら良いのかしら?そもそも、私達は比良坂町から出た事もないし外の事を知ってる人はいても、その証拠を持ってる人なんて本当にいるのかしら?」
「...証拠品か」
朱鷺田の呟きに谷川は何か思い出したのか、続けてこう言った。
「ねぇ、確かに証拠品は持ってないかもしれないけど逆の事をした人はいるんじゃないかな?」
「...逆?比良坂町から外に何かを持ち出したって事か?そんなもの幾らでもあるだろ、人材もそうだし工芸品だって色々。今から輸出ルートでも調べるつもりか?」
「いや、鞠理の言いたい事はわかるぞ。あの壁だろ?いつも間にか撤去されて、今は何処に行ったのかも分からないあのクソデカい壁。あれを運んだ奴は絶対に比良坂町の外に出てないと可笑しいんだ」
その言葉に節子と朱鷺田は目を見開いた。
「壁を撤去する為に比良坂町の外に出て、海の方へ持って行ったのかしら?そのあと、どうしたのかは分からないけど外に持ち出したのは確実よね」
「ずっと、引っかかってたんだ。あんな壁を動かせる程の強大な力を持っているのに今も表に出てこない。この混乱にも関わらず、表に出て力を貸そうともしない。まるで力を隠したいようにも思えるような行動をしている。どうしてなんだ?今、そいつは何処にいるんだ?」
「いや、トッキー。人口の少ない比良坂町でそんな事を出来る奴はいない。大体、異能力をもっていれば協会や他の運び屋団体からスカウトが来る筈だ。ましてや壁を取り除いた奴だぞ?絶対に引くて数多だ。逃げられるとは思えない」
「...そうだよね。じゃあ、どうして私達は気づかなかったんだろう?ムキムキの男性だったら絶対気づくのに。ほら、肆区にもいたじゃん。そんな人」
「あっ!?」
そのあと、節子は普段のお淑やかな雰囲気とは似つかない大声を上げる。他3人は首を傾げるが、節子は慌てて口を開いた。
「そうよ、いるじゃない。外見に似つかない能力を持った人物が。確かにこの場面なら咲羅さんのような屈強な殿方を連想するわよね。でも、戦果を見れば初嶺を倒したのは彼だわ。どうして今まで気づかなかったのかしら」
節子は1人で頭を抱え、テーブル下に轢かれた美しい絨毯に倒れ込んだ。その異常事態に朱鷺田は全部気づいたのだ。
「そうか、零央だ!浅間が言ってたじゃないか!零央が初嶺を倒したって。確かに、能力と外見が釣り合わなければ周囲から違和感も持たれない。それに児玉さんの倅なら、父親の名前の方が先に出る」
「ねぇ、みどり君。ほら、零央君言ってたよね?宝箱に見た事ない花が入ってるって」
「なんだ?児玉のおやじさんの倅ってそんなにヤバイ奴なのか?」
「俺が養子縁組を考えるぐらいには賢くて良い子だぞ。だからだろうな、そんな強大な能力を持っていたら児玉さんが心配するのは目に見えてる。だから、ずっと隠し通す事しか出来なかったんだろうな。そうか、全部合点がいった。零央は外で何か花を見つけたか、誰かに貰ったのかもな。まずは零央にあって話を聞かない事にはどうにもならないな」
「そうね。彼なら水行川まで来られるし、その時宝箱を見せてもらいましょう。まずは各区の戦況を調べない事には事は動かないわ。3人も協力していただける?」
その言葉に同意するように朱鷺田達は頷いた。
一言:角筈というのは新宿の昔の呼び名ですね。
上越新幹線開業時、起点を大宮駅ではなく新宿駅にしようと言う案があったそうですが、予算の関係上実現出来なかったそうです。ですが、その名残で今でも地下には乗り入れる為のスペースが残されています。
今回上越組には調べ物をしてもらう為、東京都庁のある新宿に誘導しました。
朱鷺田の父親は新潟県に縁のある政治家、田中角栄元総理大臣をモデルにしています。
新幹線や高速道路の建設は勿論、ロッキード事件にて航空会社とも繋がりのある影響力の強い人物です。
日本地図をモデルに作りあげた比良坂町の長として申し分ない方ですね。




