第伍話 異端の地
一言:新幹線の車内チャイムはどれも素晴らしいですが、特に九州新幹線は他のものと雰囲気も違って爽やかな感じが好きです。
「望海さん、いよいよね!」
「はい。正直言って不安しかありませんが、今は手がかりを掴まないと」
節子を救助してから数日後、手紙の真実を探る為、第肆区へ向かう事になった。
とは言え望海は肆区の全範囲を移動するような事は出来ない。
まずは人の多い中心街まで行く事にした。
「まぁ!凄い、とても賑わっているのね。望海さんはいつもここに来ているの?羨ましいわ」
「えぇ、時々。ここは商人の町ですから、夜になれば屋台も出ますよ。ここなら人も多いでしょうし、何か話が聞けるかもしれません」
通りを暫く歩いている時の事だった、魚屋の方から何かの話声が聞こえた。
「本当だって、七星の坊ちゃんが夜中に歩いてる所を見たっちゃん!」
「すらごと言え、坊ちゃんがそげん事するわけんちゃろ」
その会話を聞いて望海はふらつき始める。
「な、訛りが。でも、言いたい事はなんとなく分かりますね。あの、坊ちゃんというのは?」
魚屋の主人に声をかけると先程の訛りは嘘の様に2人に分かりやすく教えてくれる。
「この近くに、七星っていう金持ちの家があんだよ。そこの坊ちゃんが強そうな男を連れて夜な夜な動き回ってるって話だ。きな臭いだろ?」
「...成る程、それはきな臭い話ですね」
「他にも見た人がいて、その連れてた男が咲羅じゃないかって言ってる人もいる。咲羅はバリ、カッコよかよ!男の中の男たい!」
その咲羅という名前に望海は反応した。
七星の坊ちゃんと咲羅が一緒にいる。
望海は以前、咲羅に会った事がある。
しかし、彼の迫力に圧倒されまともに話した事はない。
しかし、節子の前でそんな事も言っていられない。
七星の家の位置を教えてもらい恐る恐る其方に向かう事にした。
「あれが咲羅さん?確かに屈強な殿方ね。壱区にはいないタイプだわ」
屋敷の両扉も咲羅の前では小さく見えるほどだ。
番犬の様にそこから微塵も動こうとしない。
望海は、普段から親しい瑞穂も同じく水色の制服を着用しているのを見た事がある。
しかし、彼女の場合は性格や容姿から言って穏やかであり爽やかで、愛らしく見えるので良いのだが。
彼の場合は厳つく、威殺すような眼光鋭い瞳を持っているのだからまた印象が異なってくるというか正反対だ。
「あ、あの。さ、咲羅さん...」
その刹那、咲羅は眉を動かし抜刀し始めた。
その刀は勢いよく頭上に降りかかる。
「「きゃあああああああ!!」」
望海と節子はお互いを守るように涙目になりながらしゃがみ込む。
「咲羅、大丈夫だ。この2人は人魚じゃない。刀を下ろせ、花紋鏡で確認済みだ」
「...は!?ごめんなせ」
刀をしまう音が聞こえると、2人は顔を上げた。
目の前にいたのは屈強な咲羅と対照的な小柄な少年だった。
光沢のある布で作られているのだろうか?しかし、彼には大きいようでブラウンのシャツにコードバンをしている。
赤いベストの襟元には五芒星のバッチがつけられている。四角を模した、節子の髪飾りとはまた違う印象を持つだろう。
「済まない。咲羅は今、人に化けた人魚に敏感なんだ。君達の特徴が彼女らに類似しているものだから刀を向けてしまった。主人としてお詫びする」
「人魚というのはあの水路にいる?」
「そうだ。先日、人間に化け損ねた人魚を見つけた。足の鱗が完全に消えず、歩行もぎこちなかった。それに反して彼女の容姿は見目麗しいかった。だからこそ奇妙だと僕に住民が教えてくれたんだ」
「...それって人魚が地上にいるという事?」
「目撃者は夜の繁華街でその姿を見ている。「青い血」と呻き散らしていたらしい。だから...」
そのあと、彼は口を噤んでしまった。
これ以上は話を聞く事は出来なさそうだ。
「坊ちゃん、例をアレを...」
「例のアレってなんですか?」
「望海、君に頼みたい事がある。説明は屋敷の中でさせてくれ」
そう言われ、屋敷の中に入るとアンティーク調の重厚感のある内装が目に入る。どう見ても少年の趣味には見えない。美しい高級な食器棚には工芸品なのだろうか?コレクションの食器類が仕舞われている。
そばにはカウンターバーもあり、やはり値が張りそうなお酒の類が置かれている。
「まぁ、とても素敵なお屋敷ね!茶室もあるなんて羨ましいわ!」
「節子さん、そんな呑気な事を言っている場合ですか?」
「じっちゃんの趣味だ。2人には僕の部屋に来てもらう。大事な物なんだ。それをある人に届けて欲しい」
そう言われ、部屋に入ると彼は真っ先に机の上にあるトランクケースに向かった。それを持ってきて2人の目の前に開けて見せる。
中に入っていたのは一本の栓をした試験管と中に入っている黄色い液体だった。
それを見た2人は以前聞いた手紙の内容と咲羅の刀、目の前にある黄色い液体を見て全て合点が言ってしまった。
目の前の彼が節子の文通相手である事も、人を斬り殺したのが咲羅だという事も、そしてこの黄色い液体が人魚の血液だという事も。
望海はこの光景に思わず後退りしようとしたが、それとは反対に節子はその場に止まり立ち尽くしていた。
「...これは貴方にとって、とても大切な物なのね?」
「勿論。これをDr.黄泉に届けて貰いたい。とても聡明な科学者だと聞いている。彼なら、詳しい鑑定も出来るかもしれない。でも、僕は君達の様にここからは出られない。彼に直接会う事は叶わないんだ。以前咲羅に参区まで彼の捜索をお願いしたが手がかりも何も掴めなかった。だから望海、君に頼みたい」
「Dr.黄泉は神出鬼没な方です。児玉さんは彼にお会いしたそうですが私はまだ会った事がありません。他の方とも協力してみますが今後会えるかどうかも分かりません。それでもよろしいですか?」
望海にしては意地悪な返答をした。
しかし、望海もこの状況に対して危機感を抱いている。
不完全ではあるものの人魚達が陸に上がって来ている。
もし、人と見間違う程になってしまえば人々は疑心暗鬼に陥る。
それが人魚達の狙いなのだろう。
「それならそれで仕方がない。僕は君に頼んでいる身だ、優秀な運び屋である君が出来ないというなら誰も出来ないだろう。だが、覚えておいて欲しい。この比良坂町は何かを隠している。今の僕にはまだ分からないが、この町住民全てが実験台にされているそんな気がするんだ」
そのあと、望海は彼からトランクを受け取った。
「それには同意します。今まで私はこの比良坂町にいる事に何の不満もありませんでしたし恐怖もしていませんでした。児玉さんや光莉と一緒にいる事に安堵していた程です。でもその生活が今、脅かされようとしている。それは放って置けません」
「ありがとう、望海。Dr.黄泉には七星亘からだと伝えておいてくれ。よろしく頼むよ」