第肆拾肆話 手助け ◆&▲
「聞いたか、朱鷺田?」
「まさか、雪が奴らの弱点とはな。本当に頼もしい先輩だよ。だが、これを考えるにまだ弱点がありそうな気もするな」
児玉からの情報を受け取った山岸と朱鷺田は、仲間達にそれぞれ指示を出す。
「隼、颯。北部に大量の軍が集まっている。お前達は初嶺を連れて其方に向かってくれ。小町と俺は不来方で待機、前線を下げなきゃいけなくなったら補助に回る」
「了解なの!隼、颯。ピンチになったらこの小町の胸にドンっと飛び込んできてもらって良いの!」
「隼、絶対に戦線を維持するぞ。意地でもちんちくりんな小町の胸に飛び込むのは御免だからな」
「颯先輩、そんな事を言うからバディ解消されるんですよ。頼りにしてるよ、小町」
「なんか、露骨に宥められた気がして小町の乙女心には響かなかったの。今日は50点」
その言葉に隼と颯は乙女心は難しいなと思いつつ、直ぐ様北部に向かった。
山岸は小町の言葉を聞いて、茶化すように翼に同じ事を言う。
「翼、ばっちこい!!お前を受け止める準備は出来てるぞ!」
「いや、何でそうなるんすか!?と言うか、那須野さん俺達はどうします?不来方には行けないし...あっそうだ!愛さんは?この状況で一番狙われるの愛さんでしょ?」
「そうだな、俺達はそこまで遠くに行けないし愛の護衛に着くか。治療や武器の修理が出来る愛に何かあったら戦う所じゃないしな。御三方もそれでいいか?」
朱鷺田達3人もそれに頷いた後、浅間が付け加えるようにこう言った。
「愛さんは私達の中継地点である氷川に居てもらうようお願い出来ますか?そこなら、臨機応変に対応出来ると思いますし」
北部担当者のある程度の振り分けが終わった所で山岸が翼に指示を出した。
「今でも薄らと雪が降っているとは言え、相手に脅威を与えるには翼の【雪女】の力が必要だ。全員配置についた後、それを合図に行動を開始する。いいな?」
「戦の狼煙ってやつっすね。了解っす。では、3人もお気をつけて」
残った3人は、目を合わせ誰か1番に発言するのか探りあっていた。
次第に朱鷺田が冷や汗を掻きながら、顔を真っ青にする。
「...もしかして、男って俺だけか?」
「ひゅー。トッキー良かったね、美人に囲まれて。ハーレムだ」
「谷川!!俺が女性が苦手なのは良く知ってるだろ。茶化すな。...いや、あの。決して浅間の事が嫌いとか苦手とかそう言う意味ではないから、気を落とさないでくれ。これでも大事な後輩だと思ってるんだ」
「分かっていますよ。私の事ならご心配なさらないでください。希輝ちゃん達が来る前は1人で自分の担当場所を切り盛りしていましたから。単独行動には慣れているつもりです」
しかし、谷川は首を横に振り浅間を引き留めた。
「この状況で単独行動は危険過ぎるよ。それに、谷川さん。余り頭を使いたくないからさ、インテリなまーちゃんの力が欲しいんだよね」
「谷川、また人に変なあだ名をつけるんじゃない。餓鬼の頃から、俺のことみどり君、みどり君って言ってるのと変わらないだろ?」
「だって、旭と浅間って一文字違いだから言ってると混乱するんだもん。それに旭だって、みどり君の事トッキー、トッキーって言ってたから一緒だよ」
「なんか、ごめんなさい。名前、紛らわしくて」
浅間が苦笑いしながら謝ると、気を取り直して今後の行動を話し合う事にした。
「児玉さんからの情報を聞いた感じだとそれぞれの区の関所、そして鶴崎と全斎の門から人の出入りが行われています。それを鑑みるに最終的には運び屋達を内側の部隊と外側の部隊から押し込めて包囲する。それが彼らの戦法なのでしょうね」
「だとしたら、比良坂町の壁が壊れたのは相手にとってかなり有利な戦況に傾ける為の布石だったのかもしれないな。もし、今までのように区同士で人の行き来ができなければ一個ずつ区を征服する必要がある。それだと手間暇がかかるし、この町もそこまで広くない。情報が他の区に漏れれば対策される可能性がある」
「ねぇ、みどり君。あの、初嶺って運び屋。軍から来たんだよね...もしかしてスパイだったりしない?こっちの情報を漏らしたりしないよね?」
朱鷺田と谷川が青ざめた顔でいると、少し考えたあと浅間が口を開いた。
「それはあり得ないと思います。現に初嶺は零央君が記憶喪失に成る程の障害を負わせている。零央君は運び屋にとって重要な抑止力なんです。彼の目から逃げる事は絶対に出来ません」
朱鷺田は口をあんぐりさせ、この前会った少年がそんな存在だとは知らずに過ごしていた自分を後悔していた。
「ねぇ、みどり君。絶対、旭より零央君を加入させた方がいいよ。谷川さんの負担も減るし」
「お前は仕事をしたくないだけだろ!!だとしてもだ、ピンチになったら零央の力を貸して貰えるのは心強いな。周囲とは仲良くしておくもんだな。では、浅間。これからどうする?」
「はい、私はこれから協会へ向かいたいと思います。言ってしまえば、人が出る蛇口を閉めておきたいのです。出入り口の封鎖、及び退路の封鎖。そうしないと、やがて山岸さん達が協会側と北部の部隊に包囲されてしまいます。ですが、根本的な原因である鶴崎と全斎の門は互いに水行川付近に点在しています。そこは、私達の行ける距離ではありません。児玉さん達も参区方面に出払っています。誰か水行川に行ければいいのですが」
「...浅間、零央のコードは?」
「児玉さんや光莉ちゃんが以前使っていた「000」ですが。まさか!?」
朱鷺田はすぐさま無線機を準備し、数字を入力する。
「そのまさかだ。頼む、出てくれよ零央」
砂嵐の音の後、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「こんにちは、こだまれおです!」
「零央、お兄さんの事覚えてるか?」
「えっとね。ゆかりおにいさん!」
「おい、谷川。お前より何倍も賢いぞ。本当に養子縁組するか迷うぐらいだ」
「だって「縁」と「緑」ってややこしいんだもん。間違えるに決まってるでしょ?ほら、みどり君。本題に入って」
気を取り直して、零央に水行川まで来てもらえるかお願いした。
「うん。れお、すぐにいくね!れおパンチであかいのをこわせばいいの?」
「そう、君は本当に賢いな。ありがとう、また遊ぼうな」
無線を切ると、谷川は今までにない朱鷺田の優しい顔にドン引きし、浅間もやはりそんな表情を見た事が無かったのか呆然としていた。
「朱鷺田さんってあんなに優しい表情するんですね。初めて見ました」
「みどり君、本当に犯罪者にならないでよ。町長の息子が子供を誘拐とか洒落にならないんだから」
「あのな!俺はさっきのが素に近いんだよ。子供と一緒にいる時間しか、自由に振る舞えないんだ。親父は時間にも厳しいし、人の悪口なんて言語道断。大人達は俺に媚び諂ってくるし、色々と抑圧されて生きてきたんだ。近所の子供達はそんな事知りもしないだろう?だから、一緒に遊ぶ事ぐらいバチは当たらないだろう。ほら、協会に行くんだろう?行くぞ、2人とも」
2人は朱鷺田に促される様に協会へと向かった。
一言:谷川が朱鷺田の事を「みどり君」と呼ぶのは実際の鳥のトキが由来しています。
1980年代、国産トキは絶滅寸前であり全羽管理されそれぞれ名前が与えられていました。
終盤になると色を模した名がつけられるようになり、その中で唯一のオスのトキが「ミドリ」と言う名前でした。
折角なので、採用したいなと考えたのですがあからさまなのも嫌だったので和風で字体が似ている「縁」を採用しました。
もう一つ、「あさひ」と「あさま」が一文字違いで混乱する。
これは実際に起こった事でこれが原因となって「あさひ」は引退する事になったと言われています。
どちらも共通して高崎まで向かいますが、それ以降は新潟、長野方面へと分岐します。
名前を勘違いして乗車された方が目的地とは違う方向に行ってしまいそれが相次いで起こりました。
しかも、切符を販売する駅員ですら混乱する事態となったので新幹線では珍しく「朝日」「浅間」と漢字表記がされる程でした。
今作は「あさひ」を連載初期登場させる予定がなく、「サンライズ」を朝日奈と表記してしまったので別の漢字で同じ意味の「旭」を採用しています。「あさひ」は名峰「朝日岳」が由来ですね。
ただ、リアルで「朝日」表記でも対策出来ず結果引退してしまったので逆張りという事でお許しください。




