第肆話 新鋭
「希輝、敷島の令嬢が見つかったそうだ。場所は第弐区の方らしい、俺達の担当からは外れているな。検討違いだった様だ」
「第弐区って節子嬢、相当無理したよね。まぁでも、無事なら良かった。剣城、白鷹と浅間先輩は何処?」
「2人はもう壱区の方に戻ってる。俺達も戻ろう」
「そうだね。第弐区って事はベテラン勢の所って事だし、何よりDr.黄泉の研究所がある所でもある。心配は無用かな。あぁ、もう!アタシもDr.黄泉に会いたい!幸運パワー分けて欲しい!浅間先輩だけ狡い!」
同時刻、定例会議の日の深夜、第壱区と第参区を担当する面々もまた節子の行方を探していた。
希輝を含め、剣城、白鷹は運び屋になって間もない新鋭でありながらも壁を乗り越え、今も行動範囲を広げている。
彼女の容姿は光莉が雑誌で覗いていたように、輝く金髪のツインテールである。
ネイルもバッチリこなし、爪先から足元まで完璧に容姿を保っている。
しかし、彼女の魅力は容姿だけではない。計算高い頭脳と、誰でも受け入れる懐の深さだ。
この重そうな爪で普段から軽やかかつ、素早く算盤を弾くのだから面白い。
外見に似合わず古風で普段は祖父母の営む和菓子店で、店番をしている事が多い。
何でも、尊敬する運び屋が店に来てくれるからだとか?
しかし、この状況を見るに店番だけをしている訳にはいかなくなったのだろう。
希輝は名残惜しそうに屋根の上から第参区の中心街を見ていた。
「いつかあの中心街まで移動できたらいいのにな。今は頑張っても眼鏡屋の所までしか行けてないし」
「眼鏡は大事だ」
そう言いながら剣城はクイッと自身の眼鏡を上げる仕草をする。
彼は希輝とは正反対で控えめな黒髪の短髪と青いフレームのメガネが印象的だ。
というのも、彼の中には実力主義という考えがあり。比良坂町の中で一番有効的に時間を活用していると自負している。その証拠に元々の体質なのか?夜も活発に移動し、望海達メンバーの中で一番遅くギリギリまで業務を行なっているのが彼だ。彼の目標は児玉であり、メンバー内の縁の下の力持ちとして活動している。
「それは剣城だけでしょ!?...決めた!我慢出来ない、自力で彼処まで行ってやる!」
「おい、希輝!」
剣城の言葉を無視し、希輝は屋根伝いに移動してしまった。
中心街の眩しい灯りも間近に迫った所でアクシデントが起きた。
「!?」
一部低い建物が密集する地帯に足を踏み入れた希輝は、上手く着地出来ず屋根から転げ落ちてしまった。
「(マズイ、受け身も取れない。このままじゃ!)」
地面に転落する、そう思った希輝は目を閉じ自分の運命に身を任せていた。しかし、そうはならなかった。
「大丈夫?ここら辺じゃ見かけない子だね、どこから来たのかな?」
「...へっ?」
目を開けると自身が横抱きにされているのが分かり思わず赤面する。
輝希は慌てて相手から離れた。
少し触れただけでも、希輝には良くわかる。オーダーメイドなのだろう、深緑の上品なスーツを着こなしている。
黒いシャツの胸元にはループタイがあり、イニシャルなのだろうか?「M」の文字が刻まれている。
「黄昏れるには遅い時間だ。申し訳ないが私はこの地区から出られない。気をつけてお帰り」
「は、はい!助けていただいてありがとうございました!あ、あのお名前だけでも...」
そんな古典恋愛のような文言を言おうとした直後、1人の男性が慌てて駆け寄って来た。確か彼も運び屋だった事を希輝は覚えている。夜間で協会で見かけた事があるが、その時は妹らしき人物と一緒にいたのと彼女は記憶していた。だが、クリーム色のシャツに赤いサスペンダーは間違いなく彼の物だろう。
「風間様!良かった、ここにいたんですね。散々探しましたよ」
「朝日奈、どうかしたのかい?」
「実はお屋敷の方にメチャクチャ怖い人が来ていて!体もゴツくて顔も怖いし!皆、怖がっているんですよ!話を聞いたら人を探してるって行ってるんですけど俺にはさっぱりで」
「成る程、それは咲羅の事かな。彼は思ったより怖くないよ。勘違いされているだけだ。それでは私は行かなくては。そうだ、お嬢さんの質問に答えていなかったね。私の名は風間瑞稀、君とまた会える日を楽しみにしているよ」
そんな出来事の後、希輝と剣城は壱区へと戻り他のメンバーと合流した。
「ねぇ、希輝ちゃんさっきからずっと心、此処に在らず見たいな状態なんだけど大丈夫なの?剣城君何か知ってる?」
「俺で言う所の推しが見つかったという奴らしい」
「...一目惚れ...したんだ」
「ちょっと、白鷹!余計な事言わないでよ!でも、浅間先輩!本当に素敵な人だったんですよ!夜なのに存在感があるというか、気品漂う貴公子って感じの人だったんです!」
「へぇ、そんなに?でも、希輝ちゃんが言うほどだからよっぽどの事なんだろうね。希輝ちゃん、お洒落で派手好きだし、印だって金箔で作っちゃうんだもん、私びっくりしちゃった」
「...金箔のバーゲンセール」
運び屋というのは自分で印を作り、自分の念を込める事で空間転移を可能にしている。
だからこそ、それが弱点になる時もあるのだ。
念を込めるにしても力の上限がある。つまり回数制限があるという事だ。
念力の量は個人によって変わってくる。
特に希輝と同行していた剣城は体質からなのか?上手く、印に念力を込める事が出来ず行動範囲が限られてしまっている。
土地との相性もあるらしく、児玉のように近い感覚かつ広範囲で複数印をつけられるのが理想なのだが望海や光莉でさえも場所が限られているというのが現状だ。
だからこそ、数人で役割分担をする必要があるのだ。特に依頼の多い、主要地域というのも存在している。
各区に存在する中心街、そこは人口が集まる場所だ。色んな運び屋がそこを目指して集まってくる。
しかし、新参者である彼女達は歯がゆい思いをしているのが現状だ。
希輝としては参区の中心街まで繋げて望海達と合流出来ればいいなと考えていた。
先輩である浅間は3人の考えを尊重し自分の仕事もきちんとこなす傍ら、見守っているようだった。
何故、世話を焼かないのかというと彼女は彼らの実力を評価しているし信じているからだ。
それが彼らなりの信頼関係なのだろう。
「夜に目立つと言えば、Dr.黄泉あの人もそうだったなー」
浅間が何かを思い出しているのを希輝は見逃さず話を掘り下げた。
「Dr.黄泉!幸運を運んでくれる神出鬼没の運び屋ですよね?どんな人なんですか?」
「あの人は運び屋というより、運び屋をサポートしてくれる人なのよね。発明家、医者、どう言い表したらいいのか分からないけれど一つ言えるのは彼がマッドサイエンティストって事かしらね」
その言葉に話を聞いていた3人はその場で凍りついた。
一言:作者はこれまで一目惚れというものに縁がなく過ごしてきました。ですが最近になって目を奪われたのが四季島でした。
丁度駅で通過する四季島を見たんですよね。
これが本当の一目惚れなのだと学びました。