第参拾伍話 理解
「姉貴、どうしたの?食べないから、僕貰ってもいい?」
「...少し、考え事をしていまして。姉を売られた弟の気持ちというのはどう言う物なのでしょうね」
「...」
数ヶ月前より姉弟2人で食事する事が増え、圭太は喜んでいたが暗い顔をする望海を見るとぎこちない空気が漂うのは相変わらずだった。
「ちょっと圭太。黙るのはやめてください。なんだか私が悪い事をしたような気分になるのですが」
「考え事をしてただけだよ。僕の壮大な計画聞く?」
「やめておきます。嫌な予感がするので」
夕食を終え、自室に戻り調べ物をするように本棚から何冊か取り出すが数ページめくっただけで望海は直ぐ元の位置に戻してしまった。
「...明日、肆区の方に行ってみようかな」
その言葉に望海は自分でも驚いていたが、自分の状況を考えると動かすじっとしているよりも他の人に自分の悩みを聞いて貰いたいという気持ちの方が強かったのかもしれない。
それは身近にいる圭太や児玉、光莉ではなく物理的に距離の遠い人達に自分にはない答えを欲しているからなのだろう。
「ごめんください」
数日後、七星家の屋敷の扉をノックすると亘が対応してくれた。
「ご機嫌様、望海。君と会うのは久しぶりだな、任務の帰りかな」
「はい、近くに寄った物ですから挨拶をしておきたくて。あの、他の皆さんはいらっしゃいますか?」
「申し訳ない、生憎任務で出払っているんだ。でも、丁度良かった。君に紹介しておきたい人がいてね。今、茶会を開いている所だったんだ。なに、足を崩して貰っても構わないし菓子も僕の方で用意してある。生憎、君の好きなアイスはないけどね」
「亘さんも私の事を揶揄わないでください。ですが、紹介したい人と言うのは気になります。是非、ご一緒させてください」
亘に案内され、廊下の奥にある茶室に通されると確かに望海と面識のない青年がいた。
「七星様、迷える子羊を私の元へ連れてきて下さったのですね。いいえ、違いますね。望海様が自らここを選び、私達の元へ来てくださったのでしょう。これは運命でしょうね」
中々、望海には聞きなれない言葉の数々に困惑していたが穏やかな笑みを浮かべるに彼は悪い人ではないのだろう。
「自己紹介が遅れました。私の名は海鴎紫紋、しがない運び屋をしております」
「シモンさん?変わった響きのお名前ですね?ご両親が名前をお考えに?」
「海鴎は異国の宗教を信仰しているんだ。母親の影響でね」
「はい。私の母は異邦人として医学をここ比良坂町に教授しようと考えていました。それと同じく信仰していた宗教も同様にです。そのあと、若き日の父と出会いここで神に永遠の愛を誓い私が生まれました」
「海鴎とは母君の診療所を通じて知り合ったんだ。こちらではDr.黄泉の治療を受ける事が出来ないからね。運び屋の治療も受け入れてくれる大切な場所だ。本当に感謝しているよ」
「母も喜んでいます。診療所の休憩室に簡易的な礼拝所を設けたら任務の前に神に祈りを捧げる方が多いそうで、同士が生まれるのは誠に喜ばしい事です」
「何と言うか、独特な世界観をお持ちの方なのですね。私が今まで出会って来た方々とも違うような。不思議な感覚です。海鴎さんは今日はどうしてこちらに?」
亘がお茶を立ててくれると言うので、望海は海鴎の隣に座り彼と話を始めた。
「私は以前、人と会う事を拒んでいました。信じる物が違う事は私も周知しております。周りから反感を買うことも覚悟の上で神に支えて参りました。ですが、少しだけ寂しくもあったのです」
「それは理解してくれる方がいなかったからですか?」
その言葉に海鴎は首を傾げる。
自分にその気持ちがあるのか彼自身も疑問に思ったのだろう。
次の言葉を望海も同じく首を傾げながら待っていた。
「どうなのでしょうか?確かに理解者はいた方が良いと言うのですが、私の全てを理解出来る人はいないでしょう。きっと、そうではないのです。例え分からなくとも、理解しようと努めてくれる姿に私は心撃たれるのかもしれません。七星様や他の皆様のように私を知りたいと思ってくださる方がいる事に安堵しているのです」
「確かに無関心ほど残酷な物はありませんね。...あの、性別も、年齢も、生き方違う方に対してどう向き合えば良いのか分からないのです。分からなかったとしても、理解しようとする姿勢を見せる事が大事なのでしょうか?」
そんな会話をしていると亘の立てたお茶が2人の前に差し出される。
海鴎は場慣れしていないのか、次の一手を考えているようだ。
「こう言う時は「結構なお手前で」と言うのでしょうか?」
「私は昔、茶道を習っていた事があるのですが「美味しく頂きました」と言うようにと先生から教えられた事があります。いずれにしても飲み終えた後の話ですけどね」
「望海はこう言う物に詳しいな。君の家は確か歌舞伎を生業としている所だったか。こう言った事を昔から叩き込まれてきたのか?」
「亘さん程ではありませんよ。貴方のように優雅に手際良く出来ませんし、ならっていたのもほんの数年ですから殆ど忘れてしまいました。でも、その時間が無駄だったとは思っていません。今はやめてしまいましたけど、複数の習い事を通じて学んだ事は沢山ありますから。今でも先生とは町内で会話する事もありますし」
そのあと、亘は海鴎と望海を交互に見やる。
「どうしたのですか?七星様?」
「いいや、そういえば2人には”海“という文字が使われているなと思って。僕は肆区から出た事がないんだが、他の場所からは海は見えるのかなと思って。写真越しでしか見たことがないから気になって」
「いいえ、他の区も同じように海なんて見えませんよ。でも、おかしいですね。確かに池や川はありますけど、比良坂町に海はありませんからね。昔両親から名前の由来みたいな物を教えてもらったような気がするのですが忘れてしまいました」
お茶会が終わった後も、時間が許す限り望海は七星邸で過ごした。
そんな中、亘がある資料を持って来てくれたので3人で閲覧した。
「以前、望海達が緊急会議で瑞穂達を壱区へ連れて行ってくれただろう?その内容から秋津基地に関する手がかりを僕なりに調べてみたんだ」
「何か分かったんすか?」
「望海様は音無様をご存知ですか?彼は元々肆区の出身だったそうなのです。それと共に母親は人魚で、所謂人魚と人間の混血児だったと残っていた僅かな資料から知る事が出来ました。混血児というのは比良坂町では珍しく、避難を浴びる事もあったでしょう。音無様だけではなく、他の混血児も同様無戸籍の状態だったと」
「比良坂町の生まれなのに、居場所もなく町を追い出され軍が彼らの居場所になった。だからなのでしょうか?ここだけの話、鶴崎真紅郎が壱区に顔を出したのです。自分はここで生まれたとそう言っておりました」
その言葉に亘は悲しげな表情を浮かべた。
「皆、故郷を思い。帰りたいと願っているのにそれが出来ない。そうなった時、彼らの立場を考えたら二つに行動が絞られるだろう」
「私達と共に、ここで暮らす。所謂、調和を目指す。...それか、私達を殺してまでここの居場所を奪う。まさか、鶴崎が前者で全斎が後者の行動をしていると言う事ですか!?」
「有り得ない話ではありません。彼らもまた、考え方の違いで対立しているのでしょう。音無様が今、どういう立場におられるのかは検討が尽きませんがもし、後者の考えを持ち比良坂町に来るのなら」
「あぁ、間違いなく。彼は肆区へ戻ってくるだろうな」
一言:海鴎のキャラ付けは「かもめ」の通る長崎県の印象がやはり強いですね。
長崎は大浦天主堂や中華街、出島など異国の文化の玄関口でもあるのでキリスト教=異国の宗教を信仰し、幹線的にも接続しておらず孤立しているので独特の言葉遣いだったり考え方を持っています。
母親が異国生まれの医師なのはシーボルト、海鴎はその娘の楠本イネを参考にさせて頂きました。
今回は博多延伸の証明する為、東京〜博多間を走行する「のぞみ」との現実ではあり得ない対面を行いました。




