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第参話 願い

「本当に便利な物ですよね。これじゃあ医者の仕事がなくなってしまいます」


喫茶店に戻った後、節子を着替えさせ身近にあったソファーに寝かせた。

節子は苦しそうに苦虫を噛み潰したような表情で顔を左右に振り、何処かもがいているようにも見えた。

その様子を望海は心配そうに見つめていた。


「服乾いたよ〜。でも、色が付いちゃって真っ白にはならないね」


光莉がドライヤーと乾いたワンピースを両手に抱えているが、レースの先端やドレスの裾が紫に変色してしまっているようだ。

同じく、彼女が身につけていたコルセットやブーツは黒の為変色はしていないように見えるが乾くのには時間がかかりそうだ。


「心拍数も戻って来てるな。呼吸も安定してる。これなら数時間後に目を覚ますだろう」


児玉は心電図を確認しながら機械の説明書を確認している。

それを望海は一緒に眺めていた。


「あの、いつも疑問に思っていたのですが。先程の猿の手もそうですしこの心電図、誰が作ったものなんでしょうか?私と光莉が運び屋として活動する前からありますよね?いつも助けていただいているのに調べても顔と名前出てこないなんて事ありますか?」


その言葉に児玉は思い出すようにポツリポツリと話を始めた。


「俺がお前達と出会う前、俺は1人で運び屋の活動をしていたんだ。当然、1人で活動していたら危険が付き纏う。誰かの助けを得る事も出来ない。そんな時、いつもピンチになると助けてくれる奴がいたんだ。この道具達はアイツの発明品らしい」


その言葉に光莉は目を見開き、近くのテーブルにダンッ!と両手を乗せた後。訴えるように児玉に投げかける。


「科学者って事!?でも、比良坂町に有名な科学者っていたかな?」


「確か協会からの支給品にも似たような物が沢山ありますよね?じゃあ、同じ人が作っているという事なんでしょうか?児玉さん、その方のお名前は?ご存知ないんですか?」


彼自身も知りたい気持ちはあるだろうが、首を垂れ目が泳いでいるのを見るに知らないようだった。

しかし、相手には決まり文句のような物があったのだろう。

そのあと、しっかりとした口調で話を続けた。


「いや、神出鬼没で姿形も分からない。でもいつもこう言うんだ。「僕と出会えた事は何よりの幸運」だとな」


「...ドクター」


か細い声が3人の鼓膜を刺激する。その声の先には敷島節子がいた。

望海と光莉は慌てて、彼女へと駆け寄った。


「節子さん、目を覚まされたんですね。良かった!」


「...望海さん?...ここは?」


虚ろな目をしながら起き上がろうとする節子を光莉は慌てて止めた。


「大丈夫、ここは安全な場所だから今はゆっくり休んで」


「覚えてるか?夕方頃、水路に落ちた所を俺達が救助したんだ」


その言葉に節子は顔を青ざめ肩を震わせた。

自分の立場を考えても、これだけの騒動になってしまったのだから内心では罪悪感で一杯だったのだろう。

それでも尚、やりたい事があったのかもしれない。

いつも、秘書として自分の責務を全うする彼女を望海達だけではない。他の仲間も見ているのだ。

だからこそ、言って欲しかったし。相談して欲しかったと思っている事だろう。


「わ、私。なんて事を...」


真夜中になり、節子の体調が良好となった所を見計らい自分達の状況と彼女の状況の擦り合わせを行った。


「今日の夕方、定例会議に行った時、節子さんが来なかったのを皆心配していました。会長自身も探しているようでしたし、話せる範囲でいいので教えていただけませんか?」


対面のテーブル席で節子だけを向こう側へ行かせ、3人は窮屈に思いだからも反対側の席に一緒に座った。

病院着にも似た、予備の着物の肩を節子は自分自身で指すっている。

それほどまでに恐怖しているし、それだけ落ちつきたいのだろう。

話さなければならない状態なのは彼女も周知していた。


「...そうね。心配させてその上に助けて貰ったのに何も言わないなんて可笑しな話だわ。結論から言うと、壁の向こう側に行きたかったの。でも失敗してしまったわ。私も運び屋だけど壱区から出た事もなかったし、足場を形成しようとして仕事道具を使って印を壁に天辺に付けようとしたの。以前、兄貴肌の彼に鳥の作り方を教えてもらって実戦してみたくて。好奇心だけじゃないわ。ちゃんとした理由もあるのよ。でも、瞬間移動したらあの有様よ。水路に落ちてしまった。本当に情けないわ、だから周囲に箱入り娘と言われるのよ」


節子の言う“兄貴肌の彼”と言うのは今日の会議で時折、咳混んでいた彼の事を言っているのだろう。

彼は小町の元相方だったが病弱なのが災いし、今は少量の仕事しか受けられずにいる。

ただ、責任感は強く。“選ばれたからには皆の期待に応える”と以前から口癖のように言っていた。

実力は確かなので、グループにアクシデントが起こると助け船を出してくれる。

面倒見が良く、後輩や子供にも優しい。節子も彼が体調が良い時は仕事の相談にも乗ってもらっていた。


しかし、敷島家は協会の会長職を代々担っている一方で3人のように本格的に壁を越えるような事はしない。

常に壱区の安全を守る事が彼らの使命だからである。

壁を越える為には周囲の連携は勿論の事、魔物との戦闘にも対処出来るかが問われる。

そのような危険な事をする意味も理由もない筈なのだ。


「ねぇ、節子お嬢様は壁の向こう側に行って何がしたかったの?何か見たい物があった?それとも欲しい物があった?...それとも誰かに会いたかったとか?」


最後に光莉が呟いたその言葉を聞いた途端、節子はギクリと肩を震わせた。図星だったようだ。


「おっ、おじさんの予想もしかして当たっちゃった!?節子嬢も隅に置けないなぁ」


温かい視線を送る3人を否定するように節子は慌てて自身の着ていたワンピースのポケットから何かを手に取ろうとする。しかし、出て来たのはクシャクシャになった紙屑だけだった。

節子は仕方ないと思っていたものの、切なそうな表情をする。

単純な手がかりだけでなく、彼女にとって思い入れのある物という事だろう。


「文通相手を探していたの。その手紙の中に意味深な事が書いてあって。私、いてもたってもいられなくてお母様が会議でいないのを見計らって壁の向こう側に行こうとしたの」


「意味深な事ですか?」


節子は頷き、その文通相手について説明を続ける。

しかも、慎重に。かなりの前置きを添えてだ。


「ねぇ、私。時々、望海さんにお手紙を届けるのを願いしてるわよね?」


「はい、確か第参区と第肆区に仲介役も挟みながらですがお渡ししています」


節子はその言葉にしっかりと頷く。そのあと、安心したように頬を緩めているのを見るに彼女にとって心の拠り所なのが理解出来るだろう。


「彼らはね、私の大切なお友達なの。直接会った事もないのにとても親近感を感じて、趣味も合って、2人とも私に親切にしてくれるわ。子供の頃、夜間勤務の運び屋さんに皆に内緒で届けてもらったのが始まりよ。宛名もない素性も知らない私に返事をくれたの。でも...」


「何か節子さんが危機感を感じような事が最近の手紙に書かれていたと言う事ですね」


先程、ポケットから取り出した手紙を一回クシャリと握っているのを見るに敷島家の次期当主。

次期会長候補として何かしなければならないと使命感に駆られたのかもしれない。


「これは警告文と取っても良いと思うわ。“人を斬り殺した時、体内から黄色い血が出てきた。君も十分に注意してくれ”と」


「はぁ!?」


「節子お嬢様、もしかして殺人鬼と文通してたって事!?」


対面のテーブル席から児玉と光莉が立ち上がり身を乗り出そうとするのを望海は制した。


「2人とも落ち着いてください。...人殺しは勿論ですが“黄色い血”と言うのも気になります。普通、私達は赤い血が流れている筈です」


確かに、望海達を含め運び屋達は皆。赤い血が流れている。

しかし、それに待ったをかけたのが児玉だった。


「なぁ、2人とも俺の奥さんに会った事あるだろ?」


「...?えぇ、時々。喫茶店のお手伝いに来てくださいますよね?ピアノも料理もお上手で、私も教えてもらった事ありますし。亡くなった父を思い出すんですよね、病弱な所を重ねてしまって」


「何?玉ちゃん、ここにきて惚気話?学生結婚だかなんだか知らないけど、自慢話しないでよね!」


光莉は強い口調で言っているのを見るに、普段から惚気話を聞かされているのかもしれない。

彼女にとっては、もう勘弁してくれという事だろうか?

しかし、節子は首を傾げながらも冷静に質問した。


「児玉さん、どう言う事なのかしら?黄色い血と貴方の奥様になにか関係が?」


そのあと、児玉は目を泳がせながらも口を開いた。


「うちの奥さんは青い血を持っているんだ。でも、その事を周囲が気に掛けた事は一度もない。むしろ、俺の赤い血を異常だと毛嫌いされた事があるぐらいだ。息子の零央は紫の血だと周囲から言われている」


「成る程、青と赤が混じり合うから紫。混血児という事でしょうか?」


「知らなかったそんな事、じゃあ水路の紫の水。あれは」


「その青い血を持つ方と赤い血を持つ方が襲われた時に滴り落ちた物によって、できた物という事でしょうね。犠牲者によってできた血の海と見て間違いないでしょう。どうやらこの比良坂町、一筋縄ではいかないようね」


今までの話を聞き、望海は熟考する。そのあと、自分の意見を述べた。


「赤い血、青い血、そして新たに出た黄色い血。人を斬り殺したという文面から見て私達とそこまで容姿の変わらない生物がいるという事ですよね。とにかく、真相を知る為にもその文通相手に話を聞かなければ。節子さん、そのお相手の居場所はわかりますか?」


「えぇ、第肆区の方よ」


その言葉に望海は滝の様な冷や汗を掻いた。

第肆区は望海の移動範囲ではあるが壱区と同様全てが管轄内ではない。全範囲を回るには仲介役が必要となる。

その仲介役が問題なのだ。


「(第肆区はおっかない人達ばかりだからな。咲羅(さくら)さんは言わずもがな瑞穂(みずほ)さんと(つばめ)ちゃんがいればなんとか)」


そのあと、後日望海と節子は第肆区へと足を踏み入れる事になった。



最後まで読んで頂きありがとうございます。

次は「第肆話 新鋭」をお送りします。

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