第弐拾伍話 緊急会議
「谷川!!起きろ!!」
「うーん、何?トッキー、谷川さんの営業はもう終了しているよ?」
朱鷺田に声をかけられたのと同時に彼女を覆っていた謎の幕が解除される。
布団から顔を出したのは見目麗しい白銀の長髪を持つ女性、谷川だった。
「トッキー言うな。お前に言われると何か変な感じがする。今日が何の日か知らない訳じゃないだろう?ただでさえ、周りの運び屋から孤立してるんだ。顔出しぐらいしないと、組織で生きていけないぞ」
「そんな事ないと思うけどな。案外、人って周りの事見てないと思うけど」
再び寝ようとする谷川を朱鷺田は布団から引きずり出し、居間に連れて行こうとする。
大きな長屋、広い庭に暮らす2人は幼馴染の腐れ縁だ。
以前は他にも同じ幼馴染の旭も一緒に暮らしていたが、今では別々に暮らしており今は家の主である朱鷺田と居候の谷川だけだ。
旭とは仲が悪いと言う事ではなく、時々顔を出してくれる仲でもある。
ただ、運び屋として活動する前から町長の息子として知名度があり。
眉目秀麗と言われ、実際に赤い髪に色白の肌、琥珀色の瞳を持つ朱鷺田の目の下が真っ赤に腫れているのだ。
その家主の心境を表すように、玄関に飾られた絵画は今の季節に相応しくない物となっている。
夏なのに、冬を連想させる絵なのだ。
庭にも手入れされず放置されてしまった椿とチューリップの花壇。なんとか池にいる錦鯉は優雅に泳いでいるのを見るに谷川が餌やりをしているのだろう。相当、複雑な事情を抱えているのがわかる。
おそらく、ごく最近まで朱鷺田は無気力で家の事も疎かになっていたのだろう。
旭が出て行った時のままになっているのかもしれない。
しかし着物に割烹着姿の彼を見るに空元気という事でもなく、ようやく決心がついたのか?
朝から掃除をし、朝食の準備もしているようである。
テキパキと動いているのを見るに以前からそつなくこなしてたのだろう。
本当に町長の息子なのか?と疑問に思う程だった。
「朝飯、白米とパン...いや、白米だな白米にしよう」
「お酒は?枝豆は?今日、なんか暑いなスイカ食べようよトッキー」
「朝飯だって言ってんだろ!!あっ、間違えて3人分用意してしまった」
「トッキー、また?それ、結局食べるの谷川さんなんだからね。いつになったら、旭との約束守れるの?「俺がいなくても大丈夫だと思えるまで運び屋復帰しない」って言われたでしょ?」
「...分かってる。分かってるよ、でも俺にとって旭は大事な相棒なんだ」
「ほれ、スイカだ」
「やった!姉貴、後で零央とスイカ割りしていい?」
「この前は本当にありがとうね。咲ちゃんがお礼するならスイカが良いって言うから沢山持って来ちゃった」
「いいえ、当然の事をしたまでですから。にしても結構な人数が集まりましたね。瑞穂さん達も来ていただきましたし」
あの晩餐会の件の後、望海達は肆区のメンバーと共に消火活動を行った。
お互いの状況を把握する為、普段は来られないメンバーにも壱区の協会へ集まってもらっていた。
「あっ、圭太!まさかひと玉丸ごと使うつもりですか!?」
そんな望海の叫びも虚しく、圭太と零央は勝手に進めてしまっている。
「あの子、望海ちゃんの弟さん?燕より、子供みたい」
「圭太は精神年齢5歳ですから、同じ5歳の零央君と気が合うんでしょうね」
「けいた、なにしてるの?」
「先に切れ目を入れておくんだ。そしたら綺麗に割れるんだよ。...あっ、マッドサイエンティストだ」
案の定、にこやかな笑みを浮かべながら黄泉が近づいてくる。
今日は弟子も一緒のようだ。
「こんにちは、黄泉先生の弟子の東出愛です。おやおや、見慣れない顔だねボク?お名前は?」
「東圭太、17歳の現役高校生兼歌舞伎役者です」
「はははっ、異国の運び屋は一味違うな。君の後ろに隠れてる、その少年の事も教えて欲しいな」
「しらないひとには、なまえをおしえちゃダメってパパにいわれてるから」
「まぁ、偉いね君。パパと一緒に来たの?パパも会議に出るのかな?」
黄泉と東出は興味深々に零央の事を見ている。
零央は付き纏われ、困惑しているようだ。
「黄泉先生、この子はもしかして!」
「あぁ、児玉君と同じ念力を感じる。いや、それ以上の逸材だ。児玉君も隅に置けないね。こんな隠し子がいたとは」
「別に隠した覚えはないんだけどな。黄泉、うちの息子に何かようか?話ならアッチで聞いてやるよ」
その指差す向こうには、軽蔑の眼差しを向ける望海と光莉がいた。
「...いや、遠慮しておこうかな。そうだ、圭太君。今度、零央君と一緒に僕の研究所へ来たまえ。インスピレーションが沸いてきたんだ、今度面白い物を見せてあげるよ」
「けんきゅうじょ!?れお、いってみたい!」
「辞めろ、黄泉!零央は秘密基地とか研究所っていう言葉に弱いんだ。ほら、会議が始まる。行くぞ!」
いつもより、広い会議室を使いそれぞれの議題を提示する。
まず、望海から今回の放火に関する犯人の手がかりを提示した。
「今回の火災、とてもじゃありませんか単独犯で行えるとは思えません。今回、さまざまな目撃者の証言から秋津基地所属の百地玄四郎と言う人物が今回の放火に関わっていると推測します」
「...秋津基地」
節子は会議の様子を壁際で見ながらそう呟いた。
「弟の圭太によれば秋津基地はここからそう遠くない場所にあるとのこと」
会議の資料を見ながら希輝はボソリと独り言を発した。
「何でこんなにも近くにあるのに基地の存在に気づかなかったんだろう。やっぱり比良坂町が壁に囲まれた場所だから?」
「秋津基地は私達にとって未知の場所です。まずは情報を集めるのが最善かと考えます」
「それと並行して、私からお話させていただいてもよろしいかしら?」
「節子さん?」
騒めいた会場が一旦静まり返る。
いつもそうだ、皆彼女の話に耳を澄ませ聞き漏らす事はない。
やはり、敷島家の力は絶大だと望海は思った。
「以前、隼さんと壱区の北部へ行った時、同じく秋津基地の全斎秀一准将からとある資料をいただいたの」
その言葉に翼は隼を問い詰めた。
「本当なんすか!?隼!?」
「頂いたというか、押し付けられたと言った方が正しい。しかも、ご丁寧に秋津基地の見取り図と「初嶺朧」という男の詳細を事細かに記した資料を渡された」
「初嶺朧、元々軍が育成した運び屋との戦闘を想定しシュミレーションする為の存在。彼を利用する軍人達も多いそうよ。全斎さんは彼と戦い、自分達の所に引き入れて欲しいと考えているみたいね」
「そんな無茶苦茶な。完全に俺たちは軍の手のひらの上じゃないか」
「でもさ、玉ちゃん。軍人が育成した運び屋がいるって事は、近々私達との戦闘を企んでるって事だと思うよ。逆に全斎って人は良心的じゃない?初嶺って人は基地のデータベースそのもの。それを私達に渡してくれるって言ってるんだから」
光莉のその言葉に望海は恐怖を覚えた。
逆に言うと初嶺と互角以上に渡り合えない場合、一方的に比良坂町に進行されるという事だ。
初嶺が今後の基準になってくる事は間違いないだろう。
「圭太!零央君!会議終わりました、帰りますよ!」
「ちょっと待ってよ姉貴、今いい所なんだ。零央、僕の手届いた?トンネル崩れないように慎重にね」
砂場でトンネルの開通工事をしているようだった。
「圭太、貴方ね...」
しかし、全力で遊んでくれるからこそ零央は圭太に懐いているのだとそう思った。




