第弐拾弐話 忍び
西棟の屋上へ向かう為、螺旋階段を駆け上がる圭太と瑞稀は警戒心を募らせていた。
上階へ向かえば向かうほど照明が遠のき、薄暗くなっていくその事も合わさり余計に恐怖を煽られる。
【コード:087 承認完了 鬼火を起動します】
「灯りをつけよう。暗闇は人を不安にさせるからね」
「確か、向こうにも似たような存在がいるんだ。ジャック・オー・ランタン。僕も準備しないと、戦闘になるかもしれないしね」
【コード:800 承認完了 騎士王の剣を起動します】
西棟の天辺、最後の階段を駆け上がった2人は恐る恐る屋上に繋がる扉を開けた。
「人の気配はするかい?」
「いや、全然...」
2人は数歩前へ進めた。
その刹那、異変を感じた。
気づいた圭太は言葉を発するより先に命の危険を感じ、瑞稀の腕を引っ張り自身の背後まで来るように促す。
「圭太、ありがとう。しかし、これは苦無の類いのようだ。何処にいる、敵か?」
『コード:087 承認 神隠しを起動します』
「遅い、お主ら本当に運び屋か?初嶺殿の方がもっと機敏であったぞ」
神隠しで居場所を隠蔽したにも関わらず、声の主は圭太を拘束し、首に苦無を突き刺そうとする。
その様子に瑞稀は目を見開き、解放を促す。
「何が目的だ。彼を放せ」
「其方は風間の後継者か、この青年は音無が担当した歌舞伎俳優であったか。異国の運び屋と聞いている。面白い組み合わせだ」
「音無さんを知っているの?」
「勿論、同じ基地所属の同士よ。拙者の名は百地玄四郎、軍の隠密班に所属しておる」
あまりにも悠長な自己紹介に圭太は疑問を持つ。
こんなにも手慣れた相手なら、自分は今頃殺されている筈だ。
なのに何もしない。
情報が欲しいが為に脅しているというというわけでもない。
それどころか、自分の話を聞いてくれと言われているような気がしないでもなかった。
「瑞稀さん、今のままじゃ僕達には勝てっこないよ。ここは冷静に相手の話を聞こう。百地さん、貴方の目的は何?話を聞いてあげても良いけど」
「それで良い。拙者の今夜の目的は其方らと何ら変わらぬ、この夜会で人魚を食す奴ら下賤な集まりがあると軍の諜報部が耳にした。拙者の目的はただ一つ、下賤な奴らの殲滅」
しかし、瑞稀はその言葉に疑問を持った。
人魚の肉を食う人達は何十年も前から存在している、瑞稀はその存在を自分とは相入れない存在だと俯瞰していた。
それなのに何故今更、こう言った事態に至ったのか経緯を知りたかった。
「それは本当の話かい?何故今更、軍の人間が比良坂町の治安に関わろうとする?警察が信用出来ないから、自分達の手で比良坂町を支配しようと考えているのかな?」
「考察をするのは大変結構。話はこれで終わりだ。貴殿を解放しよう」
圭太は解放され、瑞稀も安堵する。
しかし、次の瞬間百地が姿を消した。
何処かから窓ガラスの割れる音がする。
「おい!放せ!私をどうするつもりだ!!」
「「!?」」
何度か視線が右往左往したが、標準が定まった後、百地が花菱を拘束しているのを見つけた。敷地内の中庭にいるのがわかる。
下の階の突き抜けた角部屋、おそらく瑞稀の言っていたVIPルームから阿鼻叫喚が聞こえてくる。
「あれは花菱!彼をどうするつもりだ」
「不味いな、思ったより状況が悪い。姉貴、早く来てくれ!」
「お父様!お願い、お父様を離して!」
「姫乃、何故ここに!?いや、この際何でもいい。姫乃、私を助けなさい。お前が代わりに人質になったって良いんだ!」
その言葉に姫乃と側にいた光莉も嫌悪感を表した。
百地に至っては呆れた表情をしている。
「望海、どうする?私が2人をまとめて撃っても良いんだけど」
「もう少し様子を見ましょう。上に圭太と風間様がいます、2人を巻き込まないのが最優先です」
本来、監禁されている娘に花菱が動揺するかを試す為に変装した望海だったが手遅れだった。
しかし、今は情報が足りない。望海は交渉を続けた。
「お父様をどうする気?」
「花菱姫乃だな。健気な娘だ、本当はこの男を恨んでいるのではないか?この男、何百人の人魚を殺してきた極悪人だ。拙者は知っている其方が人魚の末裔な事も、姉が食用として殺された事も」
望海は自身の口を覆い、驚いた仕草をするのとは裏腹にほくそ笑んでいた。
変装がバレていない。それだけで状況は優勢だった。
しかし、どうしたものか?
望海としては姫乃の今後の生活の平穏を願うなら、花菱に酷い目に遭って貰うのが1番だ。
この状況で恩を売るような真似をしたとしても、姫乃を冷遇するのは目に見えている。
「ごめんなさいお父様。私、思い出してしまったの。幼い頃、火事があったでしょう?ずっと考えてた。どうしてなんだろうって」
「姫乃!!それ以上話してみろ!!お前も姉と同じ目に遭うぞ!!命が欲しかったら私に従え!!」
「お父様、どうして?私は悲しくて仕方がないの。どうしてこうなってしまったの?全部嘘だったの?ねぇ、もう一度やり直しましょう。...それがダメなら私は貴方と共に死ぬわ。だって、血の繋がりはなくとも親子だもの。一緒に罪を償いましょう?」
「死にたいならお前だけ勝手に死ね!私は人魚の肉を食い永遠に生き続ける!こんな所で死ぬわけにはいかないんだ」
「姉貴?間違いない、姿は彼女だけど仕草も歩調も姉貴そのまんまだ。...なんだ、なんか焦げ臭い匂いがする」
「圭太!火事だ、しかも大規模の!壁の方だ!」
瑞稀が慌てて壁の方を指差す。
屋上にいる2人は壁から炎が上がっているのが分かる。
「存じていないのか?花菱殿、人魚はもういない。全部拙者達で処理した。人魚が何故水中にいるのか分かるか?火を怖がり、彼女達の弱点だからだ。もう若返る事も寿命を伸ばす事も叶わぬ。もう諦めろ。
全斎殿の言う通りだった、最初からこうすれば良かったのだ」
「嘘だ!!私の商売道具だぞ!!お前、何様のつもりだ!!放せ!自分で確かめにいく!」
半狂乱になりながら、花菱は拘束を解こうとする。
百地は思った以上に抵抗せず、花菱を野晒しにした。
この状況を見て、圭太と瑞稀は察した。
百地は放火の計画を実行する為にこれまで時間稼ぎをしていた事に。
そのあと、百地は姿を眩ました。
望海達4人はそのあと合流、花菱の行方を追った。
「嘘だ!私の商売道具が!全部、亡くなってる。まだまだ、納品が終わっていないんだ。私の今まで築き上げた人脈も...そうだ、私には姫乃がいる。姫乃、出てきなさい。私の為に金持ちと結婚してくれ。何処だ?何処だ姫乃?」
いつ攀じ登ったのだろう、いつの間にか花菱は壁の天辺の足場まで来ていた。
貿易商は彼の仮の姿で今まで多くの人魚を富裕層に売り捌いてきたのだろう。
もしかしたら、町の外にも人魚の肉を食う輩がいるのかもしれない。
「望海、不味いよ。あんなにフラフラしてたらいつか火の中に落ちちゃうよ」
「もう、彼は手遅れです。聞いたでしょう?光莉。自分の事ばかりで娘の命などどうでも良いのです。後は見届けて、姫乃さんに報告しましょう」
そのあと、花菱はあっという間に足を滑らせたのか火の中へと消えていった。




