第壱拾肆話 依頼
一言:新幹線での移動に慣れてしまうと大宮とか横浜方面に在来線で向かうのがメチャクチャ面倒くさいなと感じてしまう事があります。
協会での話が終わり帰路に着く中、望海は途方に暮れていた。
「申し訳ありません、圭太。いつもの印の場所から通りすぎてしまいましたね」
「いいよ、僕も丁度夕方の散歩がしたかったし次の印まで歩こう」
今のところ改善する為の手がかりがない事に望海は焦りを通り越して落ち込んでいた。
一介の運び屋がこんなにも無力なのかと自分に落胆していたのだ。
しかし、そうも言ってはいられない。
パンッと自分の頬を叩き喝を入れる。
「圭太、少し寄り道をしていいですか?私の、いいえ。皆さんが好きな場所があるんです。きっと、圭太も好きになってくれると思います」
そのあと2人は桜並みの景色へとたどり着く。
しかし、今は葉桜になっているようだった。
「ここは昔いた運び屋の皆さんが初めて印をつけた場所と言われているんです。ここから協会の近くまで繋げていたんですよ」
圭太は葉桜を見上げた後、口を開いた。
「ここが、姉貴の初心に帰る場所って事なんだね」
「えぇ、私は児玉さんや光莉より後に運び屋になりました。最初は全然上手く出来なくて、行動範囲も広げられないし、上手く仕事を捌けないし何度も自分は本当にダメだなと思った事もあります。でもそんな時、ここに来て最初はこんな所から始まったんだなと考えれば自ずと元気が湧いてくるんです」
「僕も異国で運び屋をしていた時に連れて行かれたよ。全部ここから始まったんだって。でも、大事だ。人は直ぐに大きな事を成し遂げる事は出来ないから、一歩一歩の積み重ねでしか人は成長出来ないんだよ」
望海はその言葉に頷き、圭太と共に喫茶店のある弐区の中心街へと移動した。
「ねぇ!貴女、運び屋でしょう?私を壱区まで連れて行って頂戴」
「ですから、私は弐区から参区までしか行けないんですって!あっ、望海さん!助けてください!」
夕方でも分かりやすい真っ赤な着物、彼女の名は火神千鳥。
望海達とは違い協会に属せずフリーランスで活躍する運び屋の1人だ。
「あれ?もしかして姫乃さん?」
「明後日、お父様の別邸で食事をする予定があるの。その場所が壱区だから運び屋に頼もうと思ったのだけど検討違いだったかしら」
「運び屋は担当者によって行動範囲が変わるんだよ。彼女は弐と参区。姉貴だったら弐と参区の全域と壱と肆の一部地域なら運べるよ」
いつのまにか自分の売り込みをされ、望海は戸惑ってしまう。
しかし、圭太の事なら姫乃は容易に聞いてしまうだろう。
「私でなくても、光莉や児玉さんもいますし仕事を受けられないという事はないと思います。詳しい話がしたいなら喫茶店で話を聞きますし」
「あらそう?じゃあ、日程の打ち合わせもしたいし案内をお願いしようかしら?」
千鳥と別れ、3人で喫茶店に向かう。
その間、望海の冷や汗が止まらなかったが何とか堪えた。
「あ、あの。姫乃さんのお父様って貿易商の方でしたっけ?」
「そうよ、比良坂町の生まれだけど仕事の関係で中々戻って来れないのよ。だからいつも一緒に食事という訳にもいかないし、挨拶しておかなくちゃ。学費を払って貰ってる身だしね」
「君はお父さんの事好きなの?」
その圭太の質問に姫乃は目を伏せながらこう言った。
「さぁ、どうかしらね?自分でも良く分からないわ。ここよね、開けても大丈夫かしら?」
から元気になる姫乃に思わず2人は心配になるがまずは店内に入り依頼内容を聞く事にした。
「この場所でしたら、私の移動範囲ですし依頼を受ける事が可能です。時刻は夕方頃でよろしいですか?」
「えぇ、思ったよりテキパキと受けてくださるのね。手続きもスムーズで助かったわ。というよりも貴女、何でこんな危険な仕事をしているの?女学院の先生もそうだし、うちの父も言ってるわ。女は家庭に入って男を建てるべきだって」
「そうですね、それを考えると私も光莉も道を踏み外しているのかもしれません」
その言葉に姫乃はバツが悪そうな顔をした。
「ごめんなさい。貴女が決めた事だもの、私がどうこう言う権利はないわ。でも、気になるじゃない?学校にも行って、危険な仕事でお金を貰って辛いとは思わない?私も無知な訳じゃない。東屋は歌舞伎の名門。資産だってそれなりにあるでしょう?なのにどうして?」
「家のお金は私の為だけにあるものではありません。圭太も舞台でお金を貰っていますし、私が何もしないのは圭太に依存しているのと一緒です。母親も精神病院にいて治療費も必要ですし、弟の負担を増やしたくないんです。大切な人を守る為に自分が表に出て働くそれはおかしな事ではないと思います。少なくとも自分の中では」
「凄いでしょ?僕の姉貴。めちゃくちゃ変わり者だよね。でも僕はそんな姉貴が大好きなんだ」
「ちょっと、圭太!褒めてるのか貶して分かりませんよ」
「ふふっ。貴方達、本当に面白い姉弟ね」
喫茶店に2人の騒がしい声と小さな笑い声が木霊していた。




