第壱拾弐話 異変
瑞穂と共に部屋に戻り、近くのソファに腰掛けると亘が話を始める。
「それでは始めよう。まず、第肆区は危機的状況にある。瑞穂、燕、分かっていると思うが人魚が街中に潜入した」
「分かってるわ。咲ちゃん、凄い落ち込んでいたもの。「坊ちゃんが襲われそうになった所を斬り殺してしまった」って。「正当防衛とは言え、人殺しと変わらない」でも、そうは言っていられないのが肆区の状況よね」
「やはり、Dr.黄泉の支援が有るのと無いのでは天と地程の差があるという事でしょうか?こちらでは武器を安易に調達する事が出来ます。対人魚用の麻酔銃や照明弾、殺さない方法は幾らでもあります。ですが、肆区の方々に器用な立ち回りを要求するのは難しいのかもしれません」
肆区というのは比良坂町の中でまだまだ未開発の地域だ。
望海達も中心街までしか移動が出来ない。
Dr.黄泉の支援も難しい中でどう立ち回るのかが議題に上がった。
「最悪、肆区が危険に晒されたとしても咲羅達3人は参区に避難する事も可能だ」
「でも、そんな事したら亘くんや海鴎くんが此処に取り残されちゃうよ!それに燕だって瑞穂や咲羅がいないと移動出来ないのは一緒だもん!」
燕は不安がっている。
これから起こる事に対して怯え、涙目になっていた。
「何か、私の力になれる事はありませんか?私が仲介役となって人員の派遣やDr.黄泉との橋渡しも出来ると思います」
「ありがとう、望海。だが、この比良坂町全体で見た時。人材が豊富な壱区はまだしも、他の区はそうはいかない。特に弐区と参区。ここは君達3人が中心となって動いている地域だ。君達が肆区に手間取っている間に他の区に何かあったらそれこそ本末転倒だ」
「...それはそうですが」
「でも、亘君。望海ちゃんの言う通りだわ。肆区だけで抱え込むんじゃなくて他の人に助けを求める事も大切だと思うの。特に肆区は地理的にも人の流れ的にも閉鎖的な所もあるし、こんな所にいたら狭い考えしか出てこないわ」
「確かに瑞穂の言う通りだな。それに交渉が上手くいけば人魚達と戦わずにこの場を去ってもらうという事も可能かも知れない。戦闘はあくまでも最終手段だ。今は彼女達に納得してもらえるようなカードを揃える事が鍵になりそうだな」
何とか方針をまとめる事が出来たが、状況は依然として悪い方向に傾きつつある。
望海は他のメンバーに意見をもらう為、第弐区に帰還した。
「ただいま帰りました」
「あぁ、望海か。おかえり」
児玉に出迎えられ、カウンターに腰をかけようとした時一つの名刺が目に入った。
「来客の方がいらしてたんですか?ジャーナリスト、日向葵」
「何か、運び屋の仕事を取材したいって来たんだよ。断ったがな。茶化すような態度ではなかったから協会の連絡先を渡しておいた。広報か何かが対応するだろ」
「ウチは運び屋の中でも多忙で取材を受けるような余裕ないですもんね」
それと同時刻、日向葵は協会に訪れ応接室に通されていた。
しかし、彼女の目は泳いでいる。
「コーヒー、お好きかしら?ごめんなさい、今広報の方が手が離せないみたいで」
「い、いえ!お構いなく!まさか、会長のご息女が対応してくださるとは思っていなかったものですから。改めてまして、蝦夷出版から参りました。日向葵です」
「まぁ!あの大手の出版社の方?私、美術館や博物館巡りが大好きでそう言った関連情報雑誌を拝読させて頂いているの」
「まさか、ご息女に認知して頂いているとは思いませんでした。私は部署は別でしてジャーナリストとして“とあるテーマ”を題材とした特集を組みたいと考えているんです。ですが、情報が足らず。こちらにご協力頂ければと思いまして」
「あるテーマと言うのは何かしら?」
そのあと、葵は意を決し口を開いた。
「私の、いいえ。この比良坂町に関わる全ての人物のルーツです。信じて頂けるか分かりませんが私は人魚の末裔として生まれました。しかし、人間の姿をしています。この矛盾と共にもう一つ、調べたい事があります」
節子は会話を聞いて、冷静を保とうとしたがカップを持つ手が震えている。
しかし、彼女から危害を加えられた訳ではないまずは話を聞く事にした。
「私の祖母から聞いた話です。私の祖先の人魚は悪い意味で出来が良く、人魚の血を持ちながら人間の姿をしていたそうです。遊廓に売られる前、彼女には「鶴崎真紅郎」という弟が居たそうです。しかし、彼も軍に売り飛ばされました。それからというものの消息は掴めていません」
「...単なる人探し、という事では無いのよね?」
その言葉に葵はしっかりと頷いた。
「数日前の事です。第弐区から人の出入りがありました。一人はこの比良坂町でも有名な歌舞伎役者の東圭太。彼は異国での公演を終え、この町に帰ってきました。問題はもう1人、彼の側に付き添っていた男です。彼の名は「音無拳悟」この人物も約100年前に少年兵として軍に売り飛ばされました。しかしです、目撃者からは20代後半の若い男性だったと言われています」
「どういう事?100年以上前に生きていた人物が今もなお生き続けているというの?」
その言葉に葵は首を横に振った。
「いいえ、単なる他人の空似なのかもしれません。そうあって欲しいと願うばかりです。ですが、記録と現在の状況が矛盾している以上ジャーナリストとして全ての真実を明らかにしたいというのが本音です。お願いします。どうか、協力しては頂けないでしょうか?」
立ち上がり、深々と頭を下げる葵に節子は何も言えずにいた。




