第壱拾壱話 蘇る過去
数日後、望海は調査結果を報告する為七星邸に訪れていた。
「任務完了、お疲れ様。ありがとう、望海。君に頼んでよかった。君達、姉弟とDr.黄泉の話も実に興味深い。成る程、150年前から続く血の因果という物がこの事件に関連していると良い事か」
七星亘は自身の机の上に置いてある花紋鏡を見ながら会話を続ける。
「あの、以前その鏡を見て私と節子さんが人魚ではないと分かっていましたよね?その鏡には何か不思議な力が秘められているという事でしょうか?」
「花紋鏡は七星家に伝わる家宝の一つなんだ。真実を映し出し、相手の素性を教えてくれる。君の好物も分かるよ。アイスクリームだろう?」
「な!何故それを!」
「別に君だけではない、先日君と一緒にいた令嬢はキーマカレー、咲羅は大学芋、瑞穂は辛子蓮根、燕は豚骨ラーメン、新入りの海鴎はカステラだ」
望海が慌てる姿を見て、亘は年頃に相応しく静かに笑っていた。
それと同じ頃、屋敷のチャイムが鳴る。
亘が席を外し、玄関へ向かおうとするのを望海は慌てて止めた。
「このご時世です。侵入者かも知れません。もしかしたら、人に化けた人魚かも」
「心配してくれるのか、ありがとう。大丈夫、元々来客を呼ぶ予定だったんだ。報告書の内容を共有しておきたくてね」
しかし、心配に思った望海は亘と共に玄関に向かう。
亘が扉を開けるとそのまま彼は手を引っ張られてしまう。
「やっぱり!亘さん...あれ?」
亘は抱き寄せられた先で呆れたように溜息を吐いていた。
「瑞穂、僕の事を子供扱いするのは辞めてくれないか」
「えー?亘君はまだ子供でしょう?ふふっ、背伸びしちゃって可愛い」
「瑞穂、燕の頭も撫でて撫でてー」
「はーい、燕ちゃんもナデナデしようねー。あら、望海ちゃんもいたの?久しぶり、瑞穂お姉さんが良い子の望海ちゃんを甘やかしちゃおうかな?」
「...くっ」
正直な事を言うとこのまま瑞穂の豊かな胸に飛び込んで甘えさせて欲しい。
母親の愛情に飢えている望海にとって瑞穂は理想の母親像に近い所がある。
とは言え、自分のプライドが邪魔をして素直になれないのだ。
「け、結構です!」
「あら、本当にいいの?そうだ、2人とも先に行っててくれる?私、望海ちゃんに用事があるの」
「はーい!亘君、燕と一緒に行きましょう」
2人が部屋に行くのを見届けた後、望海は質問を投げかける。
「あの、私に用事というのは?」
その言葉を言い終わる前に瑞穂は望海を抱き寄せて頭を撫でる。
「望海ちゃんはとっても良い子ね。貴女が私は大好きよ」
「...」
「生まれて来てくれてありがとう。貴女はいるだけで愛されるべき存在よ」
実の母親からも貰えなかった言葉を瑞穂はくれる。
望海と圭太の母親は条件付きの愛しか与えなかった。
舞台や習い事で上手く行った時しか褒めてもらえない。
いや、子供達を褒めるのも結局は自分の為。
自分の、母親としての居場所と地位を守る為に子供を利用しているだけなのだ。
子供が優秀ならそれを産んだ自分も優秀だとそう思い込んでいたのだろう。
圭太はそれを幼い頃から気づいており、冷ややかな視線を向けていたが望海は割り切る事が出来なかった。
自分とってたった一人の母親。
変わりがいない存在から愛情が欲しい、しかしそれは幻想だったのだと望海は数年前に気づいたのだ。
母親は元々、無力な人だった。
赤い血を持っているのも関わらず異能者でもなかったのだ。
望海が習い事を辞めた頃から彼女は精神病院にいる。
生きる価値を探し求め、彷徨った結果がこれだ。
母親は何も与えてはくれない。
もう、望海は母親と対面する事はないだろう。
「ありがとうございます。瑞穂さん」
「ふふっ、素直な望海ちゃんも大好きよ。じゃあ、私の用事は終わり。2人の所に行きましょうか?」




