第壱拾話 最終結論
「人魚が人間と大差ない容姿になってしまう。町内に人に化けた人魚がいるという事ですか!もし、それが本当なら」
「望海君、落ち着きたまえ。だとしてもだ、彼女達は加害者ではない。むしろ、被害者だ」
「どう言う事?」
そのあと黄泉は様々な資料を表に出し机に広げる。
書体的に古い物の様だが圭太は手に取りそれを眺めている。
望海は何を書いてあるのか分からず、絵から判断するしか無かった。
「歴史というのは便利な物だと思わないかい?単純に過去だけではないこれからの未来を教えてくれる。順を追って説明しよう。人魚が現れる前の比良坂町には青い血を持つ人間しかいなかった」
「幼い頃、父から聞いた事があります。ここら辺一帯は芸能や芸術関係の家系が集まっていたそうです。東屋もその一つでした。だからこそ閉鎖的で後継者問題発生しないよう近親婚を繰り返していったそうです」
「父さんは昔から病弱で常時寝たきりだから中々外に出る事も出来なかったんだ。いつも顔が青白くて、子供の僕たちが心配になる程だったよ」
「君達のお父さんは近親婚の成れの果てと言ってしまってもいいのかもしれないね。しかしだ、昔の人はそれを悪どころか高貴な血を守る事への美徳の方が強かった。実は今もそうなんだ。でも、弊害を取り除ける物があったとしたら?君達はどっちを選ぶ?」
望海と圭太は顔を合わせ、同じように首を傾げる。
「選ぶ事が出来るのですか?」
「...自身の肉体強化を行うか、新しい血を招き入れるか。大体、その二つに絞られるんじゃない。父さんは後者を選んだって事でしょ?」
「ご名答、集団の中では3つに分かれたんだ。一つは今のまま青い血を守る保守派。二つ目は人魚の力を借りて自身の肉体強化を行う者。三つ目は将来の子孫の為に赤い血を受け入れる者」
「赤い血、私達運び屋の事ですよね。でも、何故です?他にも民族は沢山いますし、わざわざ瞬間移動能力者という特殊な民族を招き入れる必要ありますか?」
「だからじゃない?そんな民族、何処に行っても怖がられるだけだよ。青い血は新しい血が欲しい。赤い血は定住場所が欲しい。お互い訳ありの状態で利害関係が一致するならこれ以上に喜ばしい事はないだろうしね。多少、周囲の反感はあるだろうけど」
「ほら、運び屋の中にも名家と呼ばれる人達がいるだろう?敷島家、風間家、そして七星家。彼らは初期から比良坂町に移住して地域とのの交流を図る為に運び屋業を始めた。元々は青い血への信用を稼ぐ為の慈善事業として発足したが今は周囲に認められるようになってそれをビジネス化していったんだ」
そんな運び屋のルーツを知る事が出来たものの、肝心の青い血と人魚との繋がりが見えてこない。
「Dr.黄泉。何故青い血の人々は人魚を受け入れたのですか?新しい血なら赤い血だけで十分では?」
その言葉に黄泉は神妙な面持ちで望海達に向き合う。
今まで見た事もない顔に2人は不安に駆られていた。
「済まない、君達を不安にさせる意図はなかったんだ。でも、正直言って僕にも理解しがたい事でね。オカルトというか、迷信めいた事が関係しているんだ」
そう言いながら黄泉は一つの大きな絵巻を開く。
そこには望海達と同じ年頃の美しい女性が1人描かれていた。
「人魚の肉を食べた者は不老長寿になれる。君たちはその噂を見聞きした事はあるかな?」
「...まさか、そんな」
「もしかして、比良坂町の人魚って全部食用ってこと?あの水路って養殖場なの?」
圭太の言葉に黄泉は首を横に振った。
「恐ろしい話、昔はそうだったんだ。病弱な自分達の命欲しさに1匹の人魚をあの水路に放した。そこから生まれた幼い人魚を食べていた集団がいたんだ。でも、そんな事をしたら人魚の反感を買うのは間違いないだろう?人魚は人に憎悪を抱くようになり人を襲うようになったんだ。昔も壁は5m程だったが、人魚が陸に上がってくるのを防ぐ為、次第に高くなり今は15m程に到達している」
「もしかして人魚って一般人と運び屋の区別が出来ていないから見境なく人を襲うのでしょうか?もし、それが本当なら赤い血の人々は人魚とは無縁の筈。もっというなら青い血の人々に私達は利用されているように感じてしまいます」
「確かに、定住民の都合の良い状態になるのは仕方ないけど青い血→黄色い血→赤い血の順番で比良坂町に住み着いてるのを考えると運び屋達がどれだけ周囲に翻弄されているのかがわかるね。でも、Dr.黄泉はその状況が一変してるって言いたいんでしょ?人魚達が被害者だって」
「そうさ、きっかけは人間に似た人魚達が発見されて来たっていうのが一番大きい。何代も血を重ねて人間の血が濃くなればそう大差もなくなる。もしかしたら、自身が人魚である自覚すら無い者も出て来るのかもしれない。そしたら彼女達はもう魔物とも言えなくなる。一部からも食用としての価値もなくなり野晒しにされる」
「青い血の我儘で増やされて来たのに用がないから捨てられる。この町での立場もない。確かにあまりにも残酷すぎます」
「身寄りのない、美しい女性ってだけで嫌な予感しかしないよ。人身売買や玩具として売り飛ばされる可能性が見えてきた。彼女達は保護対象として見なければならないね。今までリスクを背負って頑張ってくれた運び屋の人たちからしたら怒り奮闘してもおかしくない事態だけど」
Dr.黄泉との会話も終わり、帰路に着く為歩いていると1人の女性が駆け寄ってきた。望海の女学院の同級生である花菱姫乃その人だった。
「圭太さん、こちらにいらっしゃったのね。探しましたわ!...あら、望海さん貴女もいらしてたのね。何?その封筒」
「えっ!?」
姫乃は望海達が運び屋である事を知らない。
調査結果の資料をどう誤魔化そうかと冷や汗を掻いていると圭太が咄嗟にフォローを入れてくれた。
「書店に入ってたんだよ。僕が行った異国の事を姉貴がもっと知りたいと言い出してね。文学作品で有名な所だから良い本がないかって探し回ってたんだ」
「え、えぇ!圭太、一緒に行ってくれてありがとう。助かりました。探偵物は勿論の事、ファンタジーも豊富で選ぶのに苦労しました。無事に買えて良かったです」
「ふーん、仲の良い御姉弟で羨ましいわ」
その姫乃の言葉に望海は少し悲壮感のような物を感じとった。
彼女の言葉に陰りがあるように思えたのだ。
しかし、そんな事も杞憂だったようで圭太をみるとパッと顔が明るくなる。
「圭太さん。異国での舞台公演、お疲れ様でした。こちらでの舞台の予定は?演目はもう決めていらっしゃるの?」
「まだ帰って来たばかりだし、しばらくは休演かな。でも演出家さんが新しい物に挑戦したいって言っているし、裏方も異国での公演で自信がついたし張り切っているから次も良い物を見せられるように頑張るよ」
その言葉に姫乃は嬉しそうに何度も頷いている。
そのあと、照れくさそうに何かを渡そうとしている。
隠していた手は絆創膏で一杯になっていた。
「私からの細やかな贈り物です。父からハンカチを異国から仕入れていただきましたの。あちらではチェック柄が有名だと聞いた物ですから、それに合わせて刺繍を」
「それでそんなに手が傷だらけだったんだ。ありがとう、僕の為に頑張ってくれて」
そういう事をサラッと言えるのが圭太がスターである理由なのだろうと望海は関心するのと同時に究極の天然たらしだなと内心冷ややかな視線を向けていた。
「大丈夫、絆創膏が取れかかってるけど?」
「大丈夫です!これ以上、圭太さんの手を煩わせる訳にはいきませんもの」
その言葉を聞いた望海は懐から予備の絆創膏を取り出し、圭太に渡した。
「圭太、傷口に黴菌が入っては大変です。これに張り替えて差し上げて下さい」
「ありがとう姉貴。やっぱり姉貴は理想の女性だよ。優しいし、気も使える。思いやりもあるしね」
何故それを好意を寄せる女性の前で軽々しく言えるのか?望海には圭太の気持ちが良く分からなくなっていた。
だから姫乃のいつも睨まれるのだといつも思う。
圭太は彼女に直接絆創膏を貼ってあげようと手のひらを向けるように指示をする。
しかし、そのあと少し固まり何かを躊躇しているようにも見える。
「圭太?どうかしましたか?」
「...いや、なんでもない。はい、これで大丈夫だよ。早く傷が治ると良いね」
2人で手を振り姫乃を見送るのと同時に圭太が口を開いた。
「ねえ、姉貴。あの人、誰か知ってる?僕、全然知らない人なんだけど」
「貴方、知らない人に対してそんな対応してたんですか?花菱姫乃さんです。私と同じ女学院の同級生で圭太、貴方の舞台を何度か見に来ているんですよ...って、ちょっと圭太!何処に連れていくつもりですか!?」
望海が圭太に引っ張られて来たのは人気のない路地裏だった。
彼は静かにするように人差し指を向ける。
その状況に望海は首を傾げていた。
「ちょっと、圭太。何がしたいんですか?」
「姉貴、静かにして周りに聞こえるから。さっき、手の傷口を見て分かったんだ。花菱姫乃は人魚だ。いや、人魚じゃなくともその子孫である可能性は高い」
「...え?」
身近な人物の衝撃の事実に望海は頭が真っ白になった。
一言:最近暑い日が続きますね。皆様も体には気をつけてお過ごしください。
こう言う時は、黛チャイムを聞くのがオススメですよ!(ゲス顔)
あの不協和音を聞くと心と体がゾワゾワします。




