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孤独を知らないシレネオス











 ある惑星(ほし)に突然、隕石が落ちて。



 元々、とても小さくて、土地も痩せていた惑星(ほし)は、とうとう誰も住めなくなってしまいました。

 


 仕方がないので、惑星(ほし)に住んでいたひとたちは、




 ……だんだん




 …………だんだん




 ………………だんだん



 とほかの惑星(ほし)へ移っていきました。








 そうしてとうとう、ただふたり、シレネオスという少年とカレンデュラという少女だけになってしまうのです。

 



「ねぇシレネ」

「なんだいカレン」



 人がいなくなった惑星(ほし)はとっても暗くて、代わりに星空がキラキラと、よく見えました。



 シレネオスはふたりきりの今が大好きでした。

 大好きな星空と、大好きなカレンデュラだけの世界に満足していたのです。


 カレンデュラはふたりだけの今がとても不安でした。

 ふたりだけということは、孤独に何よりも近かったからです。




「もうこの惑星(ほし)には何もないわ」


「君と星空があるじゃないか」


「ひとりぼっちはとても怖いものよシレネ」


「君と星がいれば僕はひとりぼっちじゃないんだよカレン」



 シレネオスはにっこり笑ってそう言いました。

 それを聞いたカレンデュラは悲しそうに(うつむ)いて、そっと呟くのです。



「星はおはなしができないわ」


「君はできるじゃないか」


「じゃあ……私が星になったらどうするの?」



 するとシレネオスはきょとん、としてしまいました。

 快晴予報だったのに、急に雨になったときのような顔でした。


 ずっと無言が続きました。



 どれだけの時がたったのでしょう。


 数少なくなった鳥が、朝を告げる頃、シレネオスは顔を洗ってからこういいました。




「きっと君は星になっても、朝焼けみたいな色をしているのだろうね」


「僕は君をすぐに見つけるよ」


「心で繋がっていれば、ひとりぼっちなんてものは、どこにもないんだ」







 まだ惑星(ほし)に人がいた頃、カレンデュラは鉱石ラジオを聞くのが毎日のことでした。


 人々の嬉しい話や、おもしろい話を、ゆったりと聞くのが大好きだったのです。



 カレンデュラは海辺に行くのも大好きでした。


 小さな海から流れてくるボトルメールは、いろんな感情に溢れていて。

 名前もしらない、誰かの、誰かに伝えたかった感情を拾うのです。

 




 けれど、もう、ラジオは何も流さないし、海からも何もかも流れてこないのでした。




「ねえシレネ、この惑星(ほし)を出ましょう」


「どうしてだい、カレン」


「……この惑星(ほし)はもう、眠りたがってるのよ」



 夕焼けは、シレネオスとカレンデュラを真っ赤に染めました。

 シレネオスは言います。



「そんなこと僕らにはわからないじゃないか」


「いいえ、わかるはずよ」


「いいや、わからないね。大図書館にもそんなことを書いた本はなかったよ」

 

「その大図書館も、もう砂になりかけているわ」


「じゃあ古本屋さんに行けばいいんだ」


「わかっているでしょう? この惑星(ほし)には、もう、なにもないのよ」


「……でも僕たちは生きていける、そうだろう?」



 あたりはたちまち暗くなってきて、シレネオスはカレンデュラの顔が見えなくなりました。

 足元の花についている水滴が、きらりと光ったことくらいしか、わかりません。



 カレンデュラはもう、何も言いませんでした。



 そうしてまた星が空一面に散らばって、惑星(ほし)は回って、朝焼けに包まれて、空色を抱きしめて。


 雨が降って、小さな花が咲いて、シーツを洗う日がやってきて。


 二人は、花を摘み、ラムネの美味しい日差しを浴びて、色づいた葉を拾い、ぼうっと白い雪の中を歩いていくのでした。



「ねえシレネ」


「なんだいカレン」


「この惑星(ほし)を、あなたは捨てられないのね」


「当たり前じゃないか。ここには思い出が詰まってるのだから」


「思い出とは、助け合えないわ」


「けれど、決して蔑ろにしていいものじゃぁないんだよ」


 

 この頃からでした。

 カレンデュラは日に日に顔色が悪くなっていきました。







 外が真っ白になったとき、とうとう、カレンデュラはベッドから動けなくなりました。

 なんの病なのか、治るのか、死に絶えるのか、なにもわかりませんでした。

 何も誰もなくて、調べようにも何かしようにも何もできないのです。



「シレネ、きっと、また逢いましょう」



 そう言い遺して、カレンデュラは星となりました。

 





 シレネオスは水の入った棺桶に星を映して、そっとカレンデュラだったものを寝かせます。

 そうして、母なる小さな海に、そっと沈め、祈りを捧げました。




 次の日、起きて、シレネオスはおかしいことに気づきました。


 なにも変わっていないのです。



 そう、なんにも変わっていなかったのです。




 朝が来て、数少ない鳥の声を聞いて、窓を開けて、雪解けで春を知って。





 なにも変わっていないのでした。




「ねえカレン、もうすぐ春だね」




 ただ、そこにカレンデュラがいないだけで。


 

 ただ、返事をしてくれる人がいない。


 ただ、それだけのことだったのです。




「ねえ、カレン。今日はシーツを干す日だね。ねえ、カレ……。そうか、そういえばいないんだった」




「ねえ、カレン。夕焼けが少し遠く……ああ、もういないんだった」




「ねえ、カレン。朝焼けだ。まるで君の髪の……いないんだったや」




 毎日、惑星(ほし)を散歩しました。



 空と、小さな海と、他に何もありませんでした。


 そうしてしばらくたった頃、




 ……たくさん




 …………たくさんたくさん




 ………………たくさんたくさんたくさんの



 星が落ちてきました。


 シレネオスは思わず家の外に出て、星を拾いに行きました。



 けれどもそれはまったく光っていない、ただの茶色い石ころでした。



 あちこちを探しても、朝焼け色の、カレンデュラの星は見当たりません。




「ねえ、カレン。久々に、久々に星が降ったよ。けどおかしいな。僕の思い出の中では光っていたのに、全然光っていないんだ」



 シレネオスは、やっと気がつきました。


 もう誰とも、思い出を話すことはできないのです。


 

 カレンデュラはシレネオスの中でしか生きていなくて、シレネオスは誰の中にも生きていない。


 シレネオスは寂しくて、寂しくて、寂しくてたまらなくなって、星を映す小さな海に飛び込みました。








 泡となったシレネオスが、星となれたのかは、誰も知らないのでした。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 煌めく色使いがとにかく没入感を支えます。 情景の描写も繊細で嫋やか。少しの黒を混ぜ込む事でこんなにも世界の輪郭が浮かんでくるとは。 素晴らしい。その一言に尽きます。 [一言] 素晴ら…
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