気付いたら最悪の方向に転がり落ちていた。
私の好きな人には、好きな人がいる。
「今日、空いてますか?うちに来てくれませんか?」
「うん」
彼からのお誘い。彼の家に行き、二人でベッドに潜る。
「今日も気持ち良かったですよ」
「私も」
「僕達、相性最高ですよね」
にっこり笑って思わせぶりなことを言う。
「…うん」
「そろそろ結婚しようかと思うんですが、どう思います?」
思いもよらない言葉に、固まる。ああ、だけどこれでやっと踏ん切りがつく。彼は愛する幼馴染と結婚するのだ。私はこれでなにもかも諦めて楽になる。
「いいと思うけど」
「…!よ、良かった」
嬉しそうに微笑む彼。幸せそうな様子に、これでもう呼ばれることも無くなると寂しいようなホッとしたような。
「それで、結婚式のドレスはどれがいいと思います?」
何故か、あれから数週間経った今も彼に呼び出されベッドに二人で潜る日が続く。というか何故か、呼び出される頻度が増えた。
「私に聞かれても…」
あの子に選ばせてあげたらいいのに。
「ダメですよ、一生に一度のことですから真剣に選ばないと」
いや、それを私に言われても。
「…あの子に選ばせてあげたら?」
「いくら僕の幼馴染が君を気に入っているとはいえ、こればかりは二人で選びたいです」
「だから、あの子と選べば?」
本当に、何故私なのか。
「僕は、君との結婚式を楽しみにしているのに。つれない人だ」
むすっとした彼。普段ならそんな表情も可愛いと見惚れるところだけど。彼は今、なんて言った?
「え、なんて?」
「君との結婚式を楽しみにしているのにと」
「私との結婚式?なんの話?」
「…え?」
彼は目を丸くする。
「この間、プロポーズしたでしょう?」
「???」
「『そろそろ結婚しようかと思うんですが、どう思います?』って聞いたでしょう?」
「うん」
「貴女もいいと思うと言ってくれたでしょう?」
それはそう。
「だから、私達の関係はもう終わりだと思っていたんだけど」
「…は?」
「あの子と結婚するんでしょう?」
私が首を傾げれば、彼は固まる。
「な…?」
「結婚するんだから、いい加減セフレなんてやめなよ。私もう帰るから、これからは普通に友達になろう?」
彼は私の言葉に青ざめた。
「…待ちなさい。セフレってどういうことですか?友達に戻るってなんです?僕達はこれから、結婚するんですよ?そうでしょう?」
「え」
「貴女は、好きでもない相手とするんですか?僕は貴女が好きだから抱いたんだ。何故そんな誤解をしたのか知りませんけど、僕は貴女と付き合っているつもりでした。セフレなんかじゃない」
「は?」
え、嘘。
「でも、貴方が好きなのはあの子でしょう?」
「僕が好きなのは貴女です」
「…資産目当て?」
「そう思われるなら、家を捨てて駆け落ちしても構いません」
「…じゃあ、なんでちゃんと告白してくれなかったの?」
私は信じられない想いで彼に尋ねる。
「しましたよ。さりげなく好きですよって言ったら、私もって言うからその時から付き合っているつもりでした」
「え?友達としてじゃなくて?」
「…ええ」
「でも、あの子のことはどうするの?」
「どうするもなにも、ただの幼馴染ですから。どうもしませんよ」
心底興味なさそうな彼に驚いた。
「でも私、あの子に言われたけど」
「…なんて?」
「私達は両思いだから、身を引けって」
「そんなことを?…なら、彼女とは縁を切ります。貴女を誤解させた原因の一つが彼女なら、僕はもう彼女とは関わらない」
「そこまでしなくても」
どこから見ても相思相愛だったのに。
「彼女は幼馴染であると同時に、従妹でしたから。大切な妹のように思っていただけです。貴女との恋路を邪魔するなら、要らない」
「でもほら、結婚って家同士のものだし。私達で勝手に決められないというか」
「もう貴女の家と僕の家、両家ともに納得してもらいました」
「え?」
「ご両親から聞いていませんか?」
そんな話したっけ?
「…とにかく。僕の言葉が足らずに貴女を誤解させたのは謝ります。すみませんでした」
「いえ…こちらこそ?」
「なので、これからはもう少し積極的に行きますね」
彼が私の唇に触れるだけのキスをする。
「僕と結婚してください」
「…私は」
「返事は、はいかYESしか聞きません」
「…」
不安しかないけれど。
「…わかった」
「よ、よかった」
彼は安堵の表情を見せる。私は今、どんな表情をしているだろう。
彼は結局、本当にあの子と縁を切った。あの子には相当に恨まれたけど、あの子が私や彼に近づかないように手配されている。あの子も彼の手によって早々に金持ちのお爺さんの後妻になるという結婚が決まって、今は泣き暮らしているという。
「…さすがにやり過ぎじゃないの?」
「貴女との恋路を邪魔するなら要りませんから」
彼は時々冷酷な顔を見せる時があるけれど、まさか幼馴染まで捨てるなんて。
「それだけ貴女に本気なんです。愛していますよ」
彼はあれ以来、愛を私に囁くようになった。私はどう受け止めていいのか未だにわからない。
「本当に私でいいの?」
「貴女以外と結婚するくらいなら死にます」
「それはやめて」
「ふふ。愛してますよ」
正直言って今の彼はなんだか怖い。でも、逃げたくなっても逃げられない。気付いた時には外堀は完全に埋まっていた。
「僕が大人しくしているうちに、僕の好意を受け取っておけば良かったのにね?」
「え?」
「今更逃がしませんよ」
ギラギラと、まるで獲物を見つけた猛禽類のような瞳。ああ、私は失敗したんだとようやく自覚した。