せんせいのこゆび
せんせいが生物学室で一人だ。お仕事中だから邪魔はできない。
あたしはカラリとわざとらしく扉を少し開けると、気づかれないわけないぐらいの隠れ方をして、そこから片目だけ覗かせた。
「どうした? 小池」
せんせいが気づいてくれた。
それだけじゃない。嬉しそうに、笑ってくれた。
あたしはギリギリの隙間をすり抜けると、後ろ手に扉を閉め、この部屋を密室にする。
「……せんせい」
「だから、どうした?」
「秘密を打ち明けに来ました」
「秘密って?」
「笑わないでくださいね」
「もう笑っちゃってるけど、ああいいよ」
ドックン、ドックン、心臓が飛び出て転げ落ちそう。
口を開けたら本当に飛び出て転げ落ちそう。
「あたし好きなひとがいるんです」
言っちゃった。
句読点もつけずに一気に言っちゃった。
「へぇ? 同級生?」
「違います」
「先輩かな?」
「そうじゃなくて」
「青春羨ましいな」
「せっ、せんせいが羨ましがるのは変です!」
「そうなの? なんで?」
「とっ、とりあえずっ! これ、2人だけの秘密にしてください!」
「よくわかんないけど、OK」
「じゃ、指切りげんまん」
せんせいがわけわからなそうな顔をして、こゆびを出して来る。
意外と太いこゆび。動物みたいな毛も生えてる。
あたしは雌カマキリみたいに、それを自分の小指で捕まえた。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます」
そこまでで止めた。
指、切らなかった。
せんせいのこゆびが温かい。
やわらかい。
ずっと、繋がってたい……。
「よし、指切った」
そう言って意地悪に離れたせんせいの笑顔が眩しすぎて、気づいたら扉がガラガラピッシャンと音を立てて、いつの間にかあたしは廊下を駆けていた。




