第四話 ドン
お待たせしました!
前話の後書きに、余裕を見て「今月中には必ず……!」とか書いてたら本当に月末までかかってしまいました。
……これが言霊の力……!
今回は私が子どもの頃、家族や親戚とよく遊んだゲームです。
その分ちょっと力が入ってしまい、長めになってしまいました。
お時間のある時にお読み頂けましたら幸いです。
「……ただいま……」
明かりのない家の中に、返事を期待しない言葉が落ちる。
「ふぅ……」
華澄はこの家が嫌いだった。
両親の離婚で小学校六年の夏に引っ越しを余儀なくされた。
母に引き取られた華澄は、朝早くから夜遅くまで働く母に、不満を言うこともできず、一人部屋で静かに過ごしていた。
そして夏休み明け、引っ越した先での自己紹介で、
『……あの、山城華澄言います。よろしゅうお願いします』
『変な言葉ー!』
『!』
小学生男子にありがちな無邪気で何気無い言葉は、両親の離婚でナイーブになっていた華澄の心を深く傷付けた。
それ以来華澄は、言葉を発する事に怯え、人との関係性を避けるようになった。
そのため、華澄にはこの街に来てから二年半、何も楽しいことがなかった。
一昨日までは。
「どないしよ……」
知らない人に触れ合うのは怖い。
しかし徹との時間を失いたくはない。
「はぁ……」
誰にも相談できないまま、華澄は煩悶の渦の中を延々と回り続けるのであった。
「よっ」
「……どうも」
翌日の放課後、華澄は席を立てないまま、徹を迎えることになった。
「俺の友達も今来よるからな。ちょっとだけ待ったってな」
「……あ、ぁの……」
徹だけの今なら、と華澄が断りを言おうと思ったその時、
「徹、いるか?」
「お、任太郎。ここやここや」
新たな男子が入って来てしまった。
「こいつは武蔵任太郎。俺と同じクラスや」
「武蔵任太郎です。よろしく」
整った顔立ち。爽やかな笑顔。
年頃の女の子なら、誰もが出会えた事を喜びそうな風貌。
しかし華澄には恐怖でしかない。
「……ょ、ょろしゅぅ……」
挨拶を絞り出すので精一杯だ。
「何やビビられとんな任太郎! 大丈夫やで山城! 一見女と見れば誰でも口説きそうな顔やけど、えぇ奴やから!」
「どんな顔だ! イタリア人か僕は!」
「泣かせた女は玉ねぎの数ほど……」
「どんなプレイボーイでも玉ねぎに勝てるか! って言うか普通そこは『星の数ほど』じゃないのかよ!」
「山城、やっぱこいつあかんわ。星の数ほど女泣かしとるらしいで」
「いや泣かせてないけどね! 信じて!」
「ふふっ……」
流れるようなやり取りに、華澄の頬が緩む。
「まーた任太郎さんを変な事に付き合わせて……」
「!」
呆れたような声に華澄が振り返ると、反対側の入口から女子生徒が入って来るのが見えた。
「お、寧香。お前がドベやな」
「一年の教室から来るんだから当たり前でしょ」
寧香と呼ばれた少女は、徹の言葉を軽く切り捨てると、華澄の前に立った。
「初めまして。難波徹の妹で寧香と申します。一年です。よろしくお願いします」
「……あ、あの、こちらこそよろしゅうお願いします……」
華澄の言葉に寧香は目を輝かせる。
「うわー! 京言葉だ! 素敵! 何か上品な感じがするー!」
「え、あ、あの……」
がらっと変わった態度に、戸惑う華澄。
「私京都大好きなんですよー! 入りは幕末新撰組でしたけど、今の京都も大好きで!」
「あ、はぁ……」
「落ち着けや寧香。山城困っとるやないか」
「お兄ちゃんにはこの京言葉の美しさが分からないのよ」
京言葉の美しさ。
自分の言葉にコンプレックスを抱いていた華澄にとって、それは新鮮な驚きだった。
「……おおきに……」
はにかむように微笑んだ華澄に、場を包む空気が和んだ。
「よっしゃ、そしたら早速遊ぼか!」
いつも通り、徹がトランプを取り出す。
「徹、今日は何で遊ぶんだ?」
「四人おるんや。ここは『ドン』で決まりやろ!」
・トランプラフ・ 第四話
〜ドン〜
「ドン?」
「山城、UNOは知っとるか?」
「あ、うん……」
「あれのトランプ版みたいなもんや」
そう言いながら、徹はカードをいくつか抜き出す。
「UNOで言うスキップはA、ドローツーは2、リバースが9、ワイルドカードが8。8だけはマークに関係なく出せて、好きなマークに変えられるんや」
「う、うん」
「ほんで、最初に配られた五枚のカードから、数字かマークが一緒のもんを出してって、手札が無うなったら上がりや。最後の一枚になったらUNOみたいに『ラストワン』言うの忘れんでな」
「わ、分かった……」
「出せるもんが無い時や、出したくない時は、山から一枚取る。取ったら次や」
「……取ったのが出せるカードでも?」
「せや。出されへん。ほんでもう一つ、このゲームには特殊ルールがあってな。それが名前にもなってる『ドン』や」
言いながら、徹はKのカードと4、9のカードを机に置く。
「手札がこんな風に合わせて13の時に、誰かがKを出したら、他の人が出す前に『ドン』って言うてカードを見せる。そうしたらK出した相手に自分のカードを押し付けて上がりにできる」
「そ、それが『ドン』?」
「せや」
「じゃあ、8と2と3、とかでも?」
「そういう事や。飲み込み早いな」
「お、おおきに……」
照れて少し俯く華澄に、徹は説明を続ける。
「ただその時には威力が跳ね上がる」
「威力?」
「このゲームは何回かプレイして、合計点数が少ない方が勝ちや。上がりは勿論ゼロ。他は残ったカードを計算するんやが、役札は点数が高い」
「役札って、2とか8とか?」
「せや。Aは十五点。8は二十点。2は二点足した上で、合計点を二倍にする。9は役札やけど、そのまま九点や」
「え、じゃあこれだと……、十三点と四点と九点で、二十六点?」
「せや。でもさっき山城が言うたカードやと……」
しばしの間。
「……徹、8が二十点で、Kの13、2、3を足して、三十八点。それの倍で七十六点だ」
「さすが任太郎! 計算早いな!」
任太郎の呆れたような答えに、我が意を得たりと言わんばかりに頷く徹。
「……せやったら『ドン』をした方がええの?」
「勿論や。でも抱えてるうちに誰かが上がってしもたら、えーっと……」
「8と2と3だから二十五の倍で五十点よ」
「寧香、やるやないか!」
「お兄ちゃんが遅いのよ」
寧香に冷たく言い放たれて、頭を掻く徹。
「ま、まぁそんな訳で、例えば誰かが上がりそうなのを見越して、役札捨ててダメージ減らす手もあるし、ギリギリまで抱えてドンを決めるのもえぇし、手札で全然戦略が変わるからおもろいで!」
「う、うん、面白そう!」
乗り気になって来た華澄に、徹はもう一つ、と指を立てる。
「後もう一つ、『逆ドン』言うのがあってな。さっきのみたいに、K出して、ドンを食らったとして、もし手札が合計13やったら、更に相手に返せるんや。点数二倍のおまけ付きでな」
「え、じゃあさっきのだと、K、2、3、4、8、9全部引き取って二倍……。五十一の倍、の倍で二百四点?」
「早っ……! え、合うとる?」
「……うん、合ってる」
「華澄さん、すごい!」
「……あ、あの、おおきに……」
三人に見つめられ、顔を赤らめる華澄。
「あ、お兄ちゃん。ジョーカー入れないの?」
「あー、入れるか」
「ジョーカーはどんな効果なん?」
「ジョーカーは透明カード。自分の番ならいつでも捨てられるし、ドンの時の数もゼロとして数えるんだ」
華澄の疑問に任太郎が答え、徹がそれに続く。
「ただしや! 得点計算の時には五十点として数える、言わばドン専用カードやな!」
「これの使い方で性格出るよね。お兄ちゃんジョーカー来たら意地でもドンに持ち込もうとするよね」
「ジョーカーと2持って三桁確定ドンはロマンやからな!」
「出しても場のカードは変わらない。大ダメージが嫌なら序盤に捨てちゃうのも手だよ」
「お、おおきに……」
「よっしゃ、早速遊ぼか!」
徹はカードを切ると、五枚ずつ配り始めた。
「よーし、じゃんけんで順番決めよ! さーいしょーはグー! じゃんけんぽん!」
「あ、勝った……」
「お、珍しいな。せやったら山城から時計回りや!」
「う、うん……」
華澄が場に出ているスペードの5にスペードの7を出して、ゲームは始まった。
「そのQドンや!」
「! 徹、お前Aに7に2を二枚とか……! 四倍かよ……!」
「はい上がり」
「げぇ! お前、こっちジョーカーと2持っとるんやぞ!?」
「知らない。とっとと捨てないお兄ちゃんが悪い」
「あ、上がり、です……」
「地味ぃ! みんな一枚二枚やから、ダメージ無いやろ!」
「僕は3と7で十点」
「私六点」
「ラストワン」
「任太郎、上がりそうやな。ここは2を捨てて……」
「それドン」
「ぐわぁ! 2の一枚待ちやと!?」
「さっきのお返しだ」
「……俺、もう一枚2があるんやけど……」
「あっはは! お兄ちゃん八倍だー!」
「えっと、うち、十七点……」
「えっ」
「あっ」
「すごっ」
「え、何?」
「……滅多に出ぇへんから出たら言おう思ってたんやけど、合計得点の下二桁がゼロゼロになったら、点数半分になんねん……」
「えっじゃあ……」
「華澄さん、二百点でダントツトップになっちゃった!」
「すごいな……」
「山城はやっぱり運がえぇな!」
「……えへへ、おおきに……」
「よっしゃこれで終わりや! 合計は……」
「計算するまでもないだろ」
「華澄さんの大勝利!」
「お、おおきに……!」
最終得点の横に大きく花丸を書く徹。
「どないやった? この『ドン』は」
「……すごく、楽しかった……!」
「せやったらまたやろか。この四人で」
「うん、できたら、嬉しいな……」
華澄の言葉に、任太郎と寧香が頷く。
「こちらこそよろしく」
「また華澄さんと遊べるの、嬉しい!」
「……おおきに……」
昨日までの煩悶が嘘のようだった。
(帰らんで、良かった……)
今日の楽しかった思い出を噛み締めるように、華澄は胸の前でぎゅっと手を握った。
「せや、この四人でグループ作ろか」
「グループ? あぁ、SENで?」
「予定合わせるのにえぇやろ。山城はSENやっとる?」
SENとは無料で使える携帯電話向けコミュニケーションツールだ。
「あ、うん。お母はんとの連絡用に……」
「あ、そう、なんや……。せ、せやったら、えっと、これで友達登録して……」
徹の手引きで、華澄は無事登録を完了した。
「グループ名『トランプラフ』……?」
「えぇやろ? トランプと俺の特技『プラフ』を混ぜた名前や。いつか使お思うてたんや。えぇやろ?」
得意げに胸を張る徹。そこに任太郎が水を差す。
「徹。ハッタリとかこけおどしって意味なら、『プラフ』じゃなくて『ブラフ』だぞ?」
「え」
固まる徹。寧香が自分の携帯を操作して、
「任太郎さんの言う通りみたい。ほら」
『ブラフ』について書かれたサイトを見せて、更に追い討ちをかける。
「え、嘘ぉ!? 俺ずっと間違えて覚えてたのかよ!」
「ちなみに『プラフ』だとインドネシアのジャワ島の火山の名前になる」
「マジかぁ……」
顔を真っ赤にして頭を抱える徹。
「まぁこれはこれで良いんじゃないか? トランプと笑うって意味のlaughを合わせた事にすればさ」
「任太郎!」
的確なフォローに、任太郎の手を握り締める徹。
「いやー、持つべきものは友達やな! と言う訳で、トランプで笑うトランプラフ、今後ともよろしゅうな!」
「よろしく」
「よ、よろしゅう……」
「この名前を見るたびに、お兄ちゃんの勘違いを思い出すんだねー」
「寧香、お前な……」
和やかな笑い声が響く中、最終下校のチャイムが鳴る。
「ほな帰ろか」
「う、うん。あの、難波君、今日は、おおきに……」
「おう! ほな行くで」
「あ、私華澄さんにちょっと話があるから、先に行ってて」
「ん? 何や話って」
「女の子同士の話よ。男が首突っ込まないの」
寧香は追い払うように手を振る。
「さよか。ほな行くで任太郎」
「うん。じゃあさよなら山城さん」
「う、うん。さよなら難波君、武蔵君……」
二人が教室を出て、華澄は寧香と二人きりになった。
寧香が残った理由が分からず、緊張がぶり返す華澄。
「あの、華澄さん」
「は、はい」
「お兄ちゃんの事、どう思ってます?」
「え? えっと、その……」
質問の意図が分からず、あれこれ考える。
話すようになって三日目。
ちょっと強引で、明るくて、優しい。
知らない人と会う恐怖に耐えて今日残ったのは、徹との時間を失わないためだった。
それは、つまり……。
「……ん、何となく分かりました」
「え、あの、その……」
「でも気を付けてくださいね。お兄ちゃん、嘘つきですから」
「え……」
そう言った寧香は、先程までの明るく快活な姿とはまるで別人のように見えた……。
読了ありがとうございます。
これと似たゲームに『ドボン』と言うのがあります。
と言うかネットではそっちばかりが見つかります。
マイナーチェンジしながら伝わって来たんだろうなと思うと、面白くするための工夫と研鑽の結晶という気がしてとても好きです。
大富豪の、ローカルルール確認しないと遊べない感じとかも好きです(笑)。
タイトル回収、そしてブラフの勘違い回収、これにて完了です!
教えてくださった方々、ありがとうございます!
まったく徹君、親切な皆様に感謝したまえよ(責任回避)。
次回、寧香の言葉で話は大きく動きます。
第五話『ダウト』、お楽しみに!