第二話 二人用インディアンポーカー
突然申し込まれたババ残し勝負!
二勝一敗で辛くも勝ちを収めた華澄。
しかし更なる勝負が華澄を襲う!
なんて大層なことは何もない第二話、お楽しみください。
「よっ、おまっとさん」
「ど、どうも……」
日の傾き始めた教室で、華澄と男子は再び顔を合わせた。
「逃げへんかったのはえぇ度胸やな」
「う、うん」
「今日の勝負はこれやで!」
トランプを取り出した男子が高らかに宣言する。
「インディアンポーカーや!」
・トランプラフ・ 第二話
〜二人用インディアンポーカー〜
「インディアン、ポーカー?」
首をかしげる華澄に、男子は知らなくて当然、といった顔で説明をする。
「ルールは簡単や。お互いに一枚カードを持って、自分で見ないように、こうおでこの上に掲げる。んで、相手のカードを見て、勝てると思たら勝負、勝てないと思たら降りる」
「自分のカードを見ぃへんで決めるん?」
「せや。それがこのゲームの面白さや。相手の賭け方を見て自分のカードを想像するんや」
「な、なるほ、ど?」
わかったようなわからないような表情で、とりあえずは頷く華澄。
「んで強さは、2が一番弱くて、Aが一番強い。ただしAは2にだけは負ける。覚えといてな。同じ数やったら、スペード、ハート、クローバー、ダイヤの順に強い」
「は、はぁ……」
戸惑う華澄をよそに、男子はカードの中からスペードのカードだけをより抜く。
「あれ? 他のカードは使わへんの?」
「今説明したのは普通のルールや。三人以上おると、読み合いの余地があるんやけど、二人やとカードの引き次第のゲームになるやろ? せやから二人用のルールでやってみよか」
「今のとルール変わるん?」
「いや、基本のルールは同じや。ただ、使うカードが限られることと、使うたカードを場に出しとくことで、読み合いの面白さが増える」
「使ったカードを場に出す、ゆうことは、段々残りのカードが分かるようになるん?」
「そういうことや」
スペードのカード十三枚をより抜いた男子は、カードのシャッフルを始める。
「そんでこのカードをよく切って、一枚だけ先に伏せる、と」
「それは使わへんの?」
「せや。このカードは終わるまで伏せたままや。この一枚が分からんことで、よりスリリングに楽しめるんや」
にっと笑った男子がカードを置き、荷物から袋を取り出した。
「それ、何?」
「このゲームにはチップが必要や。相手のカードを見て、勝負するか降りるかの駆け引きが肝になるからな」
「チップ? 駆け引き?」
不穏な響きに、華澄の表情が曇る。
「相手のカードを見て、勝てそうと思うたらチップを出して勝負をする。負けたら全部相手のもんや。逆に勝てへんと思うたら、相手の賭けた分の半分を払うて降りる」
「で、でも自分のカードは見られへんのやろ?」
「せや。だから最初は運次第やで。でも何回かやってカードが場に出てくると、相手のカードに勝てるかどうかが見えてくる」
「わ、分かった。けど、そのチップって……」
華澄の視線は、男子の持つ袋にくぎ付けになっている。
「阿甘亭の『宝石どろっぷ』や。チップ代わりにええやろ?」
言うと男子は袋を開けて机の上に広げた。個包装の中でも、宝石のような輝きが分かる。
「綺麗……」
「味もえぇで。ほなこれ、俺に勝った分だけ自分にやるわ」
「え、貰ってえぇの?」
「何や、もう勝った気か? 俺、これ強いで?」
男子はお互いの前に同数のどろっぷを置いていく。
「ほなカードを配るで」
カードを一枚ずつ受け取り、それぞれ額の上に掲げる。
「ほー成程なー。そう来たかー」
「え、え?」
「んじゃ俺はとりあえず二個賭けるで」
そう言って男子はどろっぷを二つ真ん中に置く。
「んで、自分、同じ数を賭けたってや」
「は、はい」
華澄も真ん中に飴を置く。
「んで、自分の番で、降りるか、勝負するか、新しく追加で賭けるかを決める」
「えっと……」
「降りる時は、今賭けてるものの半分を相手に渡す。勝負したら勝った方が場にある飴を全部もらう。追加で賭けるなら、今度は相手が同じ数を賭ける。ま、そんな感じや」
「せやったら、えっと、勝負、してみます……」
「よっしゃ、じゃあカードを出してみ! せーの!」
「……!」
出されたカードは、
「俺が7、自分が4。ちゅーことで」
男子の勝ちを示していた。
「よっし、これでルールは分かったな」
「う、うん……」
「じゃあまずはこの場にある四つ、俺のもんや」
「え? 今のは練習じゃ……」
「練習なんて言うてへんやろ? 勝負の世界は厳しいんやで?」
「ず、ずるい……」
「さ、次や次や」
恨めしそうな華澄の視線から逃げるように、男子はカードを配る。
「え! ちょ……」
「え?」
華澄の掲げたカードを見た男子が目を見開く。
「な、何?」
「な、何でもない。さ、今度はそっちが賭ける番やで?」
「……?」
難波のカードは8。先ほどの説明からすればほぼ真ん中の強さだ。だが、先程4と7は出ているので、残りのカードの中では弱い部類に入る。
(……もしかして、ウチのカード、強いん? せやったら……)
「じゃあ四つ賭ける」
「う……!」
華澄の攻めに男子が言葉を失う、と思いきや不敵ににやりと笑った。
「オーケーオーケー。せやったら四つを出して、さらに俺は四つ賭けるで」
「えぇ?」
「俺の顔見て自分のカード強いと思うたんやろ。さてそれはどうやろな?」
「そ、そんな……」
追加の四つを出し、場には十六個のどろっぷが並んだ。
「さ、どないする? 勝負か? 負けたら八個マイナスや。さっきのと合わせて十二。さてどないする?」
「う……、お、降りる……」
華澄はカードを降ろした。そこにはQの文字。
「え? 12……?」
「俺は8やったか。勝負しとったら自分の勝ちやったな」
「だ、騙された……」
「相手のカードが強うても、プレッシャーかけて降ろしたりできるのがインディアンポーカーや」
「……じゃあさっきはわざと驚いた顔して……」
「言うたやろ? 俺、インディアンポーカー強いってな」
(そんな強いんやったら、最初のズルなんていらなかったんちゃうの?)
「ほな自分の賭けた内の半分、四つもらうで」
「うぅ……」
憮然としながらも、残ったどろっぷ四つを手元に戻す華澄。
「これで俺の勝ち分は八個やな。あと四回で取り返せるかいな?」
意地悪く笑いながらカードを配る男子。
「えっと……」
場には4、7、8、Qのカード。そして男子の掲げたカードには、
「!」
3の数字。華澄の心臓が軽く跳ねる。
(これはいけるんとちゃう……?)
「じゃあ次は俺からやな。……っと、一個払って降りるわ」
「えぇ!?」
男子の予想外の言葉に、思わず叫ぶ華澄。
「な、何で、そんなんありなん?」
「言うてもルールとしては、『自分の番で、降りるか、勝負するか、新しく追加で賭けるかを決める』って言うたやろ? 最低限のチップさえ払えば、初っ端で降りても別に構わんのや」
「そんな……」
「俺かてそんなカードと勝負はようせんわ」
「え?」
言われて華澄がカードを見ると、
「K……」
「それに勝てるのはAだけやからな。そんな豪運期待でけへんわ」
がっくり肩を落とす華澄に、男子が軽口を叩く。
「……って俺3? 持ってないにも程があるやろ!」
「うぅ、せっかく勝てそうだったのに……」
「せやろな。めっちゃ嬉しそうやったもんな」
「え?」
「それもあっての即降りや。自分、思てたより表情豊かやな」
「うぅ……」
自分の表情で気付かれたことに思い至り、顔を赤らめる華澄。
「俺はその点プラフの申し子と呼ばれたい男やからな。そうそう見破られへんで?」
「プラフ?」
「『呼ばれたい』にはツッコんでくれへんのやな……」
男子は大きく息を吐く。
「『プラフ』っちゅーのは、ハッタリのことや。自分がホンマに思とることは隠して、相手をひっかける。さっき俺がやったやろ?」
「……ウチそんなのでけへん……」
「せやろな。自分、ウソ下手そうやしな」
「……う……」
これまで数年間、人と関わらないことに全力を尽くしてきた華澄には、人間関係の経験値が少ないことは確かだった。
「悪いことやないで? 正直なんは。ひっかけるのが無理やったら、正直なまんまカードだけ見て勝負したらえぇねん」
「正直な、まま……」
「降りた分の一個は持ってってや。さて続けるで」
「うん……」
カードが配られる。
「次のカードは何やろなっと……。げ」
(表情は気にしない。相手のカードだけを見て……)
男子のカードは6。
(残ってるカードはA、J、10、9、5、2……。勝てるカードは六枚のうち四枚……。なら!)
「ウチの番……。どろっぷをはち、うぅん、十賭ける」
「え、ちょ、マジで?」
たじろいだ表情の男子。だが華澄は気にせず続ける。
「そや。どないする?」
「……そないに賭けたってえぇの?」
「……言うてもろたから。正直なままでええって」
「……降りや」
男子は五個のどろっぷを華澄に渡す。
「!」
「え!」
カードを見て二人は同時に息を呑んだ。男子6、華澄5。
「嘘やろ? あれだけ自信満々やから、俺が2やと思っとったのに!」
「あ、危なかった……」
「これで差は二個かぁ。えぇ勝負になって来たで!」
カードが配られお互いが額に乗せる。
「俺の番か。……四つと行こか。自分どないする?」
「……そのまま」
「よっしゃ! いくつや?」
カードは男子9、華澄は、
「くぅ~! 負けたか!」
10のカードで勝利。
「まさか逆転されるとはな。おもろうなってきたな!」
残るカードはA、J、2。
「こらおもろい残り方やな」
「? 何が面白いん?」
「じゃんけんとおんなし三すくみや。AはJに勝って、Jは2に勝って、2はAに勝つ」
「ああ、せやね」
「一枚は伏せててわからんカードやから、運任せの勝負や。インディアンポーカーの醍醐味とはちょっと違うたけど、これはこれでえぇな!」
配られるカード。最後の勝負が始まる。
(A……。ウチが2なら勝ち、Jやったら負け……)
「さ、賭けたってや。言うても自分、今二個勝ちやから、降りて一個払っても勝ちやけどな」
「うん、でも勝負する」
そう言って華澄は二個どろっぷを机に置く。
「勝ち分全部か。自分思い切りえぇな。よし、勝負や!」
四つのどろっぷの前にカードが出される。
男の子のカードはA。華澄のカードは……。
「2……」
「かー! やられたわ! 自分、ウソは苦手でも運と度胸は大したもんやな!」
「お、おおきに……」
大絶賛にはにかむ華澄。
「でも何で最後勝負したんや?」
「えっと、それは……」
華澄は勝ち分の四個のどろっぷから、二つを男の子に押し渡す。
「……へ?」
「……お礼に半分こ」
「……俺にくれるため、やったんか……」
「……ん」
こくんと小さく頷く華澄。
「おおきに! ありがとさん! ほんなら遠慮なくいただくで!」
にかっと笑みを浮かべて包みを開け、どろっぷを口に放り込むのを見て、華澄も勝利の味を味わう。
「美味しい……」
「せやろ? 俺、飴は噛む派なんやけど、こいつだけは噛まれんのや」
「分かる……」
甘く暖かな時間は、程なくチャイムで終わりを告げた。
「お、そろそろ帰らなあかんな。明日は負けへんで!」
「明日……。うん、また明日」
「ほなな」
「あ、あの! 待って!」
立ち上がる男子を華澄は慌てて呼び止める。
「何や?」
「な、名前……!」
「ん? あ、自己紹介まだやったな。俺は難波徹や。気軽に『とーちゃん』って呼んでえぇで」
「ウチ、山城華澄……」
「山城、華澄。ほんなら『かーちゃん』やな」
「え……」
「俺がとーちゃんで自分かーちゃん、おもろいな。お笑いでもやろか?」
「え……、嫌や……」
本気で嫌そうな顔をする華澄に、徹はひらひらと手を振る。
「冗談や。ほなまたな」
「うん、また……」
早足で出て行く徹を見送り、華澄はもう一度口の中に残っているどろっぷを転がす。
その柔らかな甘さは、傷にぬる軟膏のように、華澄の心に染み渡っていた。
読了ありがとうございます。
インディアンポーカーは、ハッタリと度胸!
五、六人でやると、カオスで楽しいですよ。
現金を賭けたら法に触れますので、飴玉とかでやりましょう。
次回は神経衰弱をモチーフにしたゲームをやります。お楽しみに!
4/6追記
誤字報告ありがとうございます!
ご指摘の通り、ハッタリや虚仮威し、虚勢と言った言葉はブラフです!
プラフはジャワ島の山の名前だそうで……。
本気で間違えて覚えていました……!
しかし! タイトルでお察しの通り、重要なキーワードとなっておりますので、ここはこのままとさせて頂きます!
四話、遅くとも五話までには徹の勘違いという形で修正しますので(ひどい)、よろしくお願いいたします!




