夏休みの話② ~音痴なアイドルと未来を変える占い師~ その4
行列に並んでいる間に、ソフィーは『アンブロシアの出張占い小屋』から出てくるお客さんたちを、なんとはなしにながめていました。ですが、そのうちに不思議なことに気がついたのです。
――どうしてでしょうか? なんだかすごいニコニコしながら出てくる人と、泣き顔になってる人しかいない気がするんですが――
自分の番が近づいてくるにつれて、ソフィーはだんだんと不安になってきました。占ってもらって、出てくるお客さんたちを、より注意深く観察していきます。
――未来さんのことだから、お客さんにひどいこというなんてことはないと思いますが、どうして泣いてる人もいるんでしょうか。……でも、泣いてる人たちも、なんだかすごいすっきりした感じなんですよね。わたし、占いなんて初めてだから、すごい不思議です――
「さ、それじゃあ次のかた、どうぞ」
ついに未来から呼ばれたので、ソフィーはフーッと深呼吸して、ゆっくりとドアを開きました。
「わぁ……」
中に入ったソフィーは、占い部屋のド派手さに言葉を失ってしまいました。紫と金を基調にした、レースのカーテンが壁に幾重にもかけられています。床には真っ赤な色で、複雑な魔法陣が描かれていて、今にもなにか魔法をかけられそうです。
「これって、タロット……?」
天井からは、何枚ものタロットカードが、透明なスリーブに入れられて吊り下げられています。ですが、なぜか未来お気に入りのカードゲーム、『ラグナロク・ソーサラーズ』のカードも何枚か吊り下げられています。
「いらっしゃい。ここはあなたの望む真実を移す、魔法の館……。あたしの水晶玉に、あなたの願いを投影ください……。なーんちゃって、ソフィーちゃん、いらっしゃい」
奥のカーテンが開かれました。なにごとかと身構えるソフィーでしたが、すぐにほっと胸をなでおろしました。薄い紫のヴェールで顔をおおった未来が、いたずらっ子のように笑って手をふっていたのです。いつもかわいらしい未来でしたが、今日はずいぶんと雰囲気が違います。かわいらしさよりも、ミステリアスな魅力が全身からただよってきています。
「どうしたの、そんなとこでつっ立ってたら、占えないわよ。知りたいんでしょ、まりあちゃんとの仲を」
「それは、その……」
もじもじと口ごもるソフィーを、未来は楽しげに笑って見ていました。やがて前のいすを引いて、ソフィーの手を取りほほえみかけました。
「大丈夫よ、占い師の鉄則通り、占った内容は他言しないから。ほら、すわったすわった」
未来に手を引かれたので、ソフィーも覚悟を決めたのでしょうか、ドキドキする胸を押さえて、そっといすにすわります。未来も席に戻って、いつも持っているあの、デコレーションされた水晶玉を取り出しました。
「最初にいっておくけど、あたしの占いの力は百発百中よ。そういう意味では愛瑠と近い能力なんだけど、愛瑠と違うのは、いつ起こるかわからない未来じゃなくて、それがだいたいいつごろ起こるか、なんとなくわかるってところかしら。ま、その代わりといっちゃなんだけど、あたしは自分の未来は占えないの。そして、ここからが大事なんだけど」
未来はちらりと水晶玉に目をやり、すぐに顔をあげてソフィーに視線を戻しました。
「今いったように、あたしの占いは絶対よ。だから、いいことが起きるならもちろんそれでハッピーエンドなんでしょうけど、残念ながら悪い未来が見えることもある。絶対に悪い未来が起こるってわかってるのに、努力するのは大変だしナンセンスでしょう」
「えっ、それは……」
考えこむソフィーをよそに、未来は話を続けました。
「だからあたしは、占いをするときいつもお客さんに聞いてるの。悪い未来が見えたときに、あなたはそれを受け入れて、自分の気持ちに向き合うことができますかって。悪い未来を受け入れ、自分の気持ちをあきらめることができますかって」
ぎくりとあとずさりするソフィーでしたが、未来はミステリアスなほほえみをうかべて、ゆっくりと水晶玉を持ち上げました。水晶玉にソフィーの顔が映り、そして未来の顔がガラスを通して見えました。未来の目が、わずかにゆらめいて見えましたが、ガラスの屈折によるものだったのでしょうか。ソフィーはごくりとつばを飲みこみました。
「さ、どうするの? もちろんソフィーちゃんが望めば、悪い未来は話さないし、いいことだけを伝えるけれど」
未来の目が、ちょっぴりからかうような、挑戦的な光を帯びました。ソフィーはムッと口をとがらせて、そして首をふりました。
「未来さんのお気遣いはうれしいですけど、わたしはいい未来も、悪い未来もちゃんと受け入れます。……でも、仮に悪い未来が見えたとしても、わたしはきっと努力すると思います。……もうお人形のままじゃいたくないから、未来が変わらないとしても、きっともがいて、あがいて、努力すると思います」
未来はふふっと笑い声をあげました。ですがそれは、さっきまでの面白がっているような調子ではなく、いとおしむような笑い顔でした。
「やっぱりあたしが見たとおりね。ソフィーちゃんならそういうと思った。……わかったわ。それじゃああたしは、見えた未来をそのまま話すわ。……準備はいいかしら?」
未来にたずねられて、ソフィーは緊張したおももちでうなずきました。未来もうなずき、ゆっくりと水晶玉をなでつけながら、眉間にしわをよせてガラスの中を凝視したのです。ソフィーのほうからも、じわじわと水晶玉のガラスの中が、もやもやとくもってゆらめくのが見て取れました。
――きれい。少しずつうずを巻いて、ゆっくりと混ざっていく。あれがわたしの未来なのかしら――
しかし、それがなにを意味しているのかは分かりませんでした。きっと未来にしか見えないのでしょう。未来は難しい顔でその水晶玉をのぞきこんでいましたが、やがてふぅっと大きくため息をついて、水晶玉から目を離しました。
「ずいぶん大変な未来だったわね。それになんというか……。あたしもたくさんの人の未来を書き換えてきたけど、これほど大変な未来は見たことがないわ。致命傷をさけるのでせいいっぱいだったわよ」
「えっ、書き換える……?」
けげんそうな顔をするソフィーに、未来はあわてて首をふりました。
「ううん、なんでもないわ。こっちの話。さ、それより見えた未来を話すけど、もう一度聞くわ。本当に準備はいいかしら?」
「……はい」
ソフィーの言葉に、未来はもう一度大きくため息をつきました。




