夏休みの話① ~レストラン『アンブロシア』へおいでませ~ その14
「愛子ちゃんの、もう一人の人格? えっ、どういうことよ? だって愛子ちゃんは愛子ちゃんで、え、でも、今あなた、優子って」
「まさか、多重人格、いいえ、二重人格者だというの?」
日美子先生の言葉に、愛子、いいえ、優子は優雅に首をこくりとしました。
「ええ、そうよ。わたしは愛子とは別の、もう一人の人格。そして真の人格よ」
プラチナのひとみで日美子先生を、そしてポン子たちを観察するようにながめて、優子は謎めいたほほえみをうかべました。
「なるほどね。土グモ一族の式神に、化けだぬきにもとゆうれい、そして『贄の女神』か。本当に創作意欲をかきたててくれる題材ぞろいね。面白いわ」
優子の言葉に、一番ショックを受けていたのは日美子先生でした。顔をくしゃくしゃにして、まさにやまんばのような怒りの表情で優子をどなりつけます。
「なぜだ、なぜ貴様のような小娘が、我が式神であると見破ることができるのだ! 貴様はいったい」
いつものほんわかした声ではなく、完全に男のどすのきいた声でした。しかし優子は少しもひるまず、むしろ楽しむような表情をうかべました。
「別になんでもいいでしょ。それに土グモ一族とはいえ、式神には正直そそられないの。あなたよりも……」
怒り狂って、今にも飛びかからんばかりの日美子先生でしたが、優子がフッと手をあげただけで、一歩も動くことができなくなってしまいました。特になにか力を使った様子はありませんでしたが、それでも日美子先生は冷や汗をかいて、優子を穴が開かんばかりににらみつけています。
「まさか、我がこんな小娘に、気おされているというのか? くっ……」
「そうよ、とりあえずあなたはそこでおとなしくしてなさい。わたしにとって、一番興味深いのは、なんといっても『贄の女神』ね。力は封印されているみたいだけど、ま、それはそうよね」
優子になめるような視線を送られて、クシナはびくっとからだを硬くしました。おそるおそる優子に声をかけます。
「いったい、どうしちゃったんですぅ? 愛子ちゃん、なんだかおかしいですよぉ。それにクシナは天女ですぅ。ニメガミとかいうのじゃないですよぉ」
「ニメガミじゃなくて『贄の女神』よ。かわいそうに、くしのおかげで記憶はおろか、頭まで封印されてポンコツになっているようね。まぁそれはそれでかわいいけど。……ああ、おしゃべりはこれくらいにしないと、本当に愛子が目覚めちゃうわね」
優子のプラチナの目が、まるで太陽のように強い光を放ち始めました。それに同調するように、密たちの目までもプラチナに変わっていきます。
「やはりお前が操っているのか! だが、この力、ただ他人を操るだけではないな、いったいどのような術を使っているのだ?」
顔だけでなく声までもしわくちゃになって、日美子先生がさらに問いただします。優子は燃え盛るプラチナの目を日美子先生に向けて、歌うように答えました。
「もちろん、他人を操るなどといった陳腐な術じゃないわ。だいたいこの子たちは、他人ではないわよ。わたしが創造した主人公たちだもの。いわばわたしの分身よ。だからこそわたしの思った通りに動くし、成長もする。そしてわたしが思った通りに力を開放することもできる。……わたしは呂樹のように、創造するだけの半端な創造者ではないのだから」
「創造者だと? まさか貴様も、呂樹様と同じ創造者であるというのか?」
日美子先生の言葉に、優子はわずかにまゆをひそめました。少しすねたような口調で否定します。
「呂樹とは違うわ。わたしの力は、呂樹よりもはるか先をいっているもの。残念ながら、愛子が起きている間は、わたしは表に出ることができないけどね」
優子のプラチナのひとみが、わずかにゆらめきました。小さくため息をつくと、優子は残念そうに首をふりました。
「そろそろ愛子も目覚めそうだし、さすがにもうおしゃべりするひまはないわね。それじゃあ密、この場にいる全員の記憶を消しなさい。特別にわたしにも力を使えるようにしてあげるから、わたし……正確には愛子の記憶も消すのよ」
優子にいわれて、日美子先生を包んでいた水の泡が一瞬で消えました。地面に投げ出される日美子先生に、目にも止まらぬ速さで密が切りかかります。記憶殺しが日美子先生に突き刺さる……その直前に、クシナのくしがとんでもない光を放ったのです。その光と記憶殺しの光が一気に入りまじり、そして八本松神社全体を照らすほどに拡散したのです。光に当てられ、優子をのぞくその場にいた全員が、ぐったりと倒れてしまいました。優子のプラチナのひとみが、消えかかったろうそくの炎のようにゆらめきました。
「あーあ、もう時間のようね。それにしても、さすがは『贄の女神』ね。力を解放した密の記憶殺しを防ぐなんて。まあいいわ。結局その反動で、みんなの記憶が消し飛んだみたいだし。クシナちゃんの記憶は消せなかったみたいだけど、どうせポンコツのいうことは、誰も信じないでしょう。でも、しばらくは表に出てこれないわね。まぁ、いいわ。愛子の目を通してわたしも外の様子を見ることはできるし」
ふうっと疲れたように息をはき、それから優子は空を見あげました。不気味なまでに白い月が、優子のひとみと同じプラチナの光をたたえて輝いています。
「……それにしても、呂樹に『贄の女神』に、土グモ一族ね。面白くなりそうだわ」
それだけいうと、優子はふらりとその場に倒れこみました。




