夏休みの話① ~レストラン『アンブロシア』へおいでませ~ その11
チェルシーと密の攻防は、まったく目にもとまらぬスピードで行われていました。真っ黒な服装の密はもちろん、ショートパンツに星条旗がプリントされたシャツという、ハデハデな服装のチェルシーでさえも、夜の闇に飲まれて見えません。
「どどど、どうしよう、ポン子ちゃん! めちゃくちゃでしょ! 早く止めないとホントに死人が出ちゃうでしょ!」
愛子があわあわいいながら、ポン子の肩を揺らします。しかしもちろん、ポン子もどうしようもありません。目にとまらない戦いを、ただただぼうぜんとながめているだけです。キィンッ、カキンッと、甲高い金属音がひっきりなしに聞こえてくるだけでした。
「こ、こ、こ、怖いですぅ! オーメンといい、ヒソカといい、怖いやつらばっかりですよぉ! ポン子ちゃん、助けてくださいぃ!」
むぎゅうっと押しつぶさんばかりに、クシナがしがみついてきました。うっとうしそうにポン子はクシナを見おろし、その真っ白な髪に飾られたくしに目がいきました。
「そうか、あんたのくしなら!」
反対にポン子のほうからクシナの手をつかんだので、クシナは驚き目をぱちくりさせました。ポン子はクシナをぐいぐい引っぱり、チェルシーと密が戦っている境内へと連れて行こうとします。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待つですぅ! ポン子ちゃん、いったいなにを考えてるですかぁ? どうしてクシナを、あんな危険地帯へ連れて行こうとしてるんですぅ?」
「そんなの簡単じゃない、あんたを盾にして、なんとか戦いを止めるのよ!」
「なにいってるですかぁ! いやですぅ、ちょ、やめるですよぉ、クシナを、クシナを盾にするなんて、めちゃくちゃですよぉ! 離すですぅ!」
じたばたするクシナを、ポン子はなんとか押さえこんで盾にしようとします。ギャーギャーやっていると、いつの間にか日美子先生がとなりに来ていました。目を丸くするポン子でしたが、日美子先生は目をうるませてポン子の手をにぎったのです。
「助けて、綿貫さん! いったいあの二人は何者なの? 陰陽師っていってたけど、それって本物の陰陽師なの? あんなめちゃくちゃな戦い、いったいなにがどうなってるの?」
その驚きようは、どう見ても普通の女の人にしか見えませんでした。とても陰陽師には、それも呂樹を逃がすような大罪人には見えません。ポン子は日美子先生の手を引っぱって、愛子たちのいる境内の外へ避難しました。
「とにかくこっちへ来て! 愛子ちゃんたちも早く逃げよう! チェルシーちゃんが密君をなんとかしてる間に、助けを呼びに行こう! みんなでかかれば、たとえ密君だって」
「その必要はないわ」
にぎっていたはずの日美子先生の手が、一瞬で振りほどかれました。はじかれたようにふりかえるポン子でしたが、日美子先生はすでに愛子のうしろへ移動していたのです。愛子が身動きをするより速く、日美子先生は手をつかんでねじり上げ、のど元に小刀を突きつけたのです。
「おっと、動かないでちょうだい。とくに綿貫さんと八百さんは、力を使おうなどとは考えないように」
「えっ、なに、どうして?」
まん丸の目をさらに丸くするポン子を見て、日美子先生はうふふっと怪しく笑いました。いつものやわらかなほほえみとは全く違う表情に、ポン子たちの背筋がゾゾッと寒くなります。
「綿貫さん、まだわからないのかしら? 成績も悪いし宿題もやってこないうえに、理解も遅いなんて……。どうしようもない生徒ね」
「ひどいわ、ポン子ちゃんにそんなこといわないで!」
花子が大声でどなりました。日美子先生はねぶるようなひとみで花子を見つめました。
「あら、ずいぶんと仲が良いのね、長谷川さんは綿貫さんのことが好きなの? いつもケンカしてるくせに」
「そんなの……あれはただのじゃれあいだもん! わたしはポン子ちゃんのこと、大好きだもん!」
熱くなる花子を見て、日美子先生はふふっと鼻で笑いました。それはもはや、いつもの優しい日美子先生ではありませんでした。ポン子はぐっとこぶしをにぎりしめて、日美子先生をにらみつけました。
「……それじゃあ、密君がいっていたのは、本当なのね。あなたが陰陽師だというのも、それに……呂樹を逃がしたっていうのも」
日美子先生はアハハとおかしそうに笑いました。しかしその目だけは、ひとかけらも笑ってなどいませんでした。なんと冷たく、そして吸いこまれそうなほどに暗い目なのでしょうか。日美子先生の目に見すえられて、ポン子は思わず身震いしてしまいました。
「そうよ、わたしは陰陽師。そして呂樹様を陰陽師協会の闇から解放した張本人よ」
恋人へ歌をささげるかのように、うやうやしく、うっとりとした声で日美子先生はいいました。ポン子はくちびるをかみしめながら、さらに問いただしました。
「どうして、どうしてそんなことを? 陰陽師なら、あなただって呂樹がしたことは知ってるでしょ! 呂樹は人間たちの町を、支配しようとしていたのよ」
「もちろん知っているわ。だからこそわたしは呂樹様の逃亡に力を貸したのよ。それはわたしたちの一族にとって必要なことだったから。呂樹様の力が、『創造者』の力が必要だったからよ」
「一族? それに、創造者って、いったいなんのこと?」
「その話、おれたちにも聞かせてもらおうか」
いつもお読みくださいましてありがとうございます。
また明日からは毎日1話ずつの更新となります。また、時間も19時台に投稿予定です。
明日からもお読みいただければ幸いです。




