夏休みの話① ~レストラン『アンブロシア』へおいでませ~ その9
「……あら、チェルシーさん。それに綿貫さんたちも。どうしたんですか? こんな夜中に、こんな場所で」
「……えっ? どうしてティーチャーがここに?」
チェルシーはもちろん、うしろに下がった五人も目をぱちくりさせるばかりでした。神社の奥から現れたのは、みんなの担任の日美子先生だったのです。
「どうしてもなにも……、わたしはこの神社の管理人ですから。家もこの近くなので、ちょっと様子を見に来ただけですよ」
日美子先生は困ったように笑いかけました。おどろおどろしい神社の雰囲気が、なんだかほんわかゆるんだように感じます。ほっとしたのか、愛子たちの顔はゆるみましたが、チェルシーだけは油断なく日美子先生のうしろをにらみつけたままでした。
「……チェルシーちゃん?」
その様子に気がついたのか、ポン子が小声でチェルシーにたずねます。チェルシーは答えず、射抜くようなまなざしで、神社の奥を見つめていました。しばらく無言のにらめっこが続き、ついにチェルシーはとどろくような大声で叫んだのです。
「うしろのお前、すがたを見せるネ! そこにいるのはわかってるヨ!」
すさまじい迫力に押されたのか、松の木の裏でジャリッと靴が地面をこする音がしました。そして次の瞬間、チェルシーがクナイをふりぬくとともに、キィンッという甲高い音がしたのです。チェルシーがはじいた光るなにかは、クルクルッと宙を舞い、そして夜の闇へ溶けていきました。
「……おれの記憶殺しをはじくとは」
どこかで聞いたことのある、抑揚のない声がしました。そして松の木のうしろから、真っ黒な影が現れたのです。怖がり三人組が、思わず悲鳴をあげます。
「キャーッ! おばけ、おばけよ!」
「みんな落ち着くネ! 動くと密の剣が飛んでくるヨ!」
再びチェルシーの闇をもふるわすどなり声がして、三人はピタッと固まってしまいました。しかし、三人組よりはいくぶんか冷静だったポン子は、チェルシーの言葉に思わず聞き返してしまいました。
「……えっ? 密……君?」
おそるおそる真っ黒な影を懐中電灯で照らすと、そこには黒い服に身を包んだ、さらさらの髪の美少年が立っていたのです。神無月密でした。二重の整った目には、きつい光をたたえていましたが、それでも中性的なクールフェイスは、みんなの心を惑わせるのに十分でした。
――闇が、影を作って、なんだろう、すごいどきどきするわ――
こんな状況でなければ、それこそ心を奪われていたかもしれません。しかし、密はみんなに目もくれずに、機械のような感情のこもらない声でチェルシーに問いかけました。
「どうしてお前たちがここにいる? いや、それはどうでもいい。なぜおれの任務の邪魔をするんだ?」
「任務デスッテ? いったいなんのことヨ?」
けげんそうな顔をするチェルシーに、密はまゆ一つ動かさずに続けました。
「そこの女を監視するのがおれに与えられた任務だ。任務遂行はなによりも優先されるべきものだ。邪魔立てするなら容赦はしない」
どこから取り出したでしょうか、密の右手に光り輝く短剣が現れました。チェルシーが目をみはります。
「密、ユーはワタシたちクラスメイトに、剣を向けるのデスカ?」
「当たり前だ、任務遂行の障害となるものは、たとえ親兄弟であろうとも排除する。陰陽師の鉄則だ」
輝く短剣を、密が日美子先生に向けました。そのとたん、フッとチェルシーのすがたが消え、一瞬で日美子先生の前に現れたのです。
「なんのまねだ?」
「そんなこともわからないナンテ、ユーこそ陰陽師失格ネ! ワタシたちのティーチャーを傷つけようとしてるノニ、だまって見過ごすなんてできないヨ」
初めて密が、チッと軽く舌打ちして、いらだちを見せました。ですがそれもほんのわずかで、またもや感情の見えない声で問いかけたのです。
「そこの女が、大罪人だとしてもか?」
「ワッツ? どういうことネ?」
予想外の言葉に、チェルシーは思わず聞き返します。密は軽く肩をすくめました。
「別にお前たちには関係ない……と、いいたいところだが、いいだろう。どうせ記憶は消すんだ。クラスメイトのよしみで教えてやる。……そこの女は陰陽師だ」
みんな驚きに息を飲みました。いっせいに日美子先生に視線が集まりますが、日美子先生はかすかにほほえんでいるだけで、まったく動揺した様子も見えませんでした。
「驚いたのか? だが、それだけじゃないぞ。その女は我ら陰陽師協会を裏切り、大罪を犯したのだ。……呂樹を逃がす手伝いをしたのだから」
「呂樹を? そんな、まさか!」
これにはチェルシーたち以上に、ポン子が驚いたようです。まん丸の目がこれでもかと見開かれています。花子も真っ青だった顔をさらに青くして、密を凝視しています。
呂樹とは、陰陽師である人間と、九尾のきつねで出雲の湯の元管理人、クズハさんの間に産まれた、人間と妖怪のハーフでした。呂樹は母親であるクズハさんがすがたをくらましたために、陰陽師として、つまりは人間として育てられたのです。しかし、妖怪の血を引くがために、人間たちからも迫害を受けて、いつしか人間も妖怪もすべて憎むようになったのです。そして人間たちを自分の支配下に置こうと、花子やソフィー、ウルフィーのような、新しい妖怪を創りだし、強力な結界をはったのが、つい数か月前のことでした。
「そうか、お前たちは出雲のお山の妖怪だったな。ならばその女が犯した罪が、どれだけ重いかわかるだろう。呂樹は我ら陰陽師協会の手で、考えうる限りの呪術を使って封印されていたのだ。だが、その封印も、内部からならば解除することはできる」
「でも、どうしてそんなことを」
「それを探るのが、おれに与えられた任務だ。裏切り者に気づかれないように監視し、裏切り者の背後にいる黒幕を探り当てる。おれの力があればそれも可能だ。今回我ら陰陽師候補生が出雲小に転入したのも、裏切り者と接触しやすくするためだ」
「どういうことですか? わたしたちが出雲小に転入したのは、妖気が強い出雲町でなら、陰陽師の候補生たちも力を伸ばせるからじゃなかったのですか?」
凪沙がクシナの手をぎゅっとにぎりしめたまま、おそるおそる密にたずねました。密は首をふりました。
「それは違うな。もともと陰陽師協会は、日美子を疑っていたのだ。だから泳がせ、監視しやすくするように、陰陽師候補生の教師という役を与えた。なかなかしっぽを見せなかったが、今日ようやくとらえることができた。さぁ、土グモ一族をまつった八本松神社に、いったいなんの用があったのか、答えてもらおうか」
密はそこで言葉を切り、きつい目で日美子先生をねめつけました。日美子先生はあいかわらずやわらかなほほえみをうかべて、だまっています。
「ふん、答えなくても結果は変わらないがな。記憶殺しで、お前の記憶を奪えばいいだけだ」
持っていた輝く短剣を、密はスッと逆手に持ち替えました。
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だいたい15時台に1話、20時台にもう1話投稿予定です。




