七月の話 ~男の子? 女の子? 人魚の王子とハートの盗賊~ その17
「でも、ずいぶん魅入の力も上がったんじゃないの? 女の子でハートを盗めないのは、ソフィーちゃんとクシナちゃん、それに愛子ちゃんだけだもん」
未来があんドーナツを食べながら、一人でうんうんうなずいています。
「あっ、最後の一個だったのに……」
がっかりするポン子に、花子がおちゃらけた口調でいいます。
「ポン子ちゃんったら、食い意地はっちゃって。まったく意地汚いったらありゃしないわね」
「なによ、あんただってあたしが特訓受けてる間に、バクバクあんドーナツ食べてたじゃない! あたしが気づいてなかったと思ってたの?」
「まぁまぁ、二人ともケンカしないで。また作ってくるからさ」
ヒルデがおっとりした笑顔で二人の間に入ります。
「えっ、本当? ありがとうヒルデちゃん! でもすごいね、ヒルデちゃんこんなおいしいお菓子作れるなんて、もしかしてお菓子屋さん目指してたりしてるの?」
「お菓子屋さんじゃないけど、あたし親がレストランのコックしてるから、あたしもコック目指してるんだ。だから料理は作るのも食べるのも大好きなの。もちろんお菓子も大好きよ」
ヒルデの言葉に、ポン子も花子も目が輝きます。
「すごいすごい! コック目指してるんだ。だからあんドーナツもあんなにおいしかったんだね。うん、またおいしい料理作ってほしいな」
花子がにぱっと笑いかけます。ポン子があきれ顔で花子を見ます。
「あんただって食い意地はってんじゃないのよ。ヒルデちゃんにおねだりしちゃってさ」
「あっ、そんなこというなら、ポン子ちゃんはいらないのね。ヒルデちゃん、ポン子ちゃんいらないらしいから、わたしだけにお菓子作ってきてね」
「ちょ、ずるいわ! ダメよそんなの」
「もう遅いもんね。決まっちゃったもん。ポン子ちゃんをのぞく女の子全員で、ヒルデちゃんのお菓子を食べさせてもらうわ」
うぅっと言葉をつまらせるポン子を、花子がによによしながら見ています。
「どうしたのかしら、ポン子ちゃん。ほら、想像してみなさいよ。ここにいるクラスの女の子みんなで、おいしいもの食べるところを、それをポン子ちゃんは、指をくわえて見てるしかできないのよ」
「あんたぁっ!」
「あら、でも今いるのって、クラスの女の子全員じゃないわよ」
未来が口をはさみました。花子が首をかしげます。
「えっ? でも、男の子は残ってくれてる子、少ないけど、女の子はみんな残ってるんじゃないの?」
クラスの男子は、勝利、透、桃太郎、太陽(それと凪沙)が残っているだけで、他の子たちはみんな帰ってしまったのです。女子はみんな協力的で、残ってくれているものとばかり思っていた花子でしたが、未来は首をふりました。
「遥歌が残ってないわ。姫野遥歌。ほら、あの地味なやつよ」
未来が眉間にしわをよせていいました。花子もポン子もきょとんとしています。
「ま、そうなるわよね。あの子地味だし、暗いし、なんかさえない感じだもん」
「ちょっと未来ちゃん、いいすぎよ」
愛瑠があわてて止めに入りますが、未来はもう止まりませんでした。
「いいすぎなんかじゃないよ。だってあの子、うじうじして暗いくせに、授業が終わったらすぐに帰っちゃうじゃん。誰ともしゃべらないし、仲良くしようともしないし。もちろんあの子が力を使うところも、誰も見たことないしさ。あたしあの子きらいなのよ」
「へぇ、未来ちゃんがきらいになるなんて、そんな子がいるんだ。未来ちゃん明るくって、誰とでも仲良くなる感じなのに」
花子が目を丸くします。未来はふんっとそっぽを向いてしまいました。
「まあ、いいじゃんか。あたしにとっては遥歌にチャームがかかるかどうかなんて、あんまり関係ないし。それに今のあたしの目標は、愛子のハートを盗むことなんだしさ」
「へっ? わたし?」
いきなり話をふられて、愛子は目をぱちくりさせました。魅入はうなずき、愛子を真正面から見つめます。
「そうさ。ソフィーとクシナは、守りの力が働いているからハートを盗めないのはわかるんだけど、愛子は普通の女の子だ。それなのにハートを盗めないってのは、あたしにとってはやっぱりちょっとくやしいよ。だからあたしの目標は、愛子のハートを盗むことだ。絶対に盗んでみせるよ」
魅入の熱いまなざしを、愛子だけでなく、他のクラスメイトたちも顔を真っ赤にして見ています。魅入は首をかしげました。
「なんだよ、お前ら。なんでそんな、顔を赤くしてんだ?」
「いや、魅入ちゃんもしかして自分で気づいてないの?」
花子に聞かれても、魅入はぽかんとしていました。
「だって今のセリフは……ねぇ」
愛瑠が未来に目をやりました。未来は言葉をにごします。
「うん、そうよねぇ……なんというか、その……」
みんなも、なんといえばいいのか迷って、いいよどんでいます。誰が魅入に伝えようか迷っていると、クシナがほっぺをいっぱいふくらませてから、愛子に食いかかったのです。
「愛子ちゃん、ずるいですよぉ! ミールはクシナの旦那様になる人なんですぅ! それなのに勝手に告白されるなんてぇ!」
「ちょ、クシナちゃん!」
未来がツッコみましたが、遅かったようです。魅入は目を丸くしていましたが、やがてその顔がゆでだこのように赤く赤く染まっていきます。魅入につられて、愛子までもが耳まで真っ赤になります。
「いや、その……違うんだ、そんなつもりじゃなくって、ただ、ほら、ライバルっていうか、そういうつもりでいったんだよ! な、そうだよな、愛子」
必死に否定する魅入でしたが、愛子には聞こえていないようです。顔がトマトのようになっていて、今にも頭から湯気が出そうです。
「まったく、ホントに魅入はひどいやつね。ある意味愛子ちゃんのハートを完全に盗んでるじゃないの。変態ね」
まりあがにやにやしながら茶化します。魅入は手をブンブンふって否定しますが、みんなにジト目で見られています。
「ちょっと待てって、おい、愛子もなんとかいってくれよ!」
「あーあ、わたしちょっと魅入ちゃんのこと狙ってたのに、まさか愛子ちゃんに先を越されちゃうなんて。でも、しかたないか。愛子ちゃんなら魅入ちゃんとお似合いだもんね」
「こら、花子、だからあたしは何度もいうように、別に女の子が好きなわけじゃ」
「ホントかしら? あんな大胆な告白したくせに、そんな言い訳するなんて。愛子ちゃんがかわいそうよ」
まりあも完全に悪ノリしています。そのにやにや笑いに、魅入もカンカンになってしまいました。
「まりあ、花子、お前らもう許さないぞ!」
魅入がパチッとウインクしました。そのとたん、まりあと花子の目が、とろんっとしたハート型に変わったのです。
「あぁ、ミー様! わたしたちもミー様の彼女にしてください!」
花子とまりあが距離を詰めてきたので、魅入はあわててもう一度ウインクしました。チャームが解除され、二人はきょとんとして顔を見合わせました。
「すごいわ、魅入さん! 花子さんとまりあさんのハートを、一度で盗むなんて」
ソフィーが驚きの声を上げます。魅入も目をぱちくりさせました。
「そういえば……。今までは、十回やって二回か三回盗めるか盗めないかって感じだったのに、一回で、しかもいきなり二人同時に盗めたなんて」
「きっと特訓の成果が出てるんですよ」
ソフィーの言葉に、魅入はしばらく固まっていましたが、やがて小さくうなずきました。




