七月の話 ~男の子? 女の子? 人魚の王子とハートの盗賊~ その11
「すごいですぅ、すごいですぅ、すごすぎるですよぉ!」
水面をバシャバシャさせながら、クシナが興奮してさけびまくります。ポン子たちも急いでクシナと凪沙のそばに近づいていきました。
「よかったわ、喜んでもらえて。ね、プールも、水の中も楽しいでしょ?」
「楽しいですよぉ! ナギサ、ありがとうですぅ。クシナ、水の中大好きになりましたぁ!」
喜び合う二人に、ポン子たちは目をぱちくりさせながら質問します。
「ねぇねぇ、いったいどうなってるのよ? なにがあったっていうの?」
「クシナちゃん、あんなに長くもぐってて、息は大丈夫だったの?」
「クシナさんがおぼれたんじゃないかって、みんなすごい心配してたんですよ」
「でもあんな長くもぐってられるなんて、びっくりしたでしょ。あ、もしかしてあれって、凪沙ちゃんの力でしょ」
矢継ぎ早に質問を浴びせられて、クシナと凪沙は顔を見合わせました。凪沙はクシナににこりと笑いかけてから、照れたようにみんなの質問に答えました。
「クシナちゃんはおぼれたりしてないから、みんな安心してね。あのね、わたしのからだにふれている人は、みんな水の中でも呼吸できるようになるの。それに、水の中でも地上と同じように、よく見えるようになるし、音も聞こえるようになるの。だから、わたしにさわってる限り、おぼれたりはしないのよ」
驚くみんなに、クシナが何度も首をたてにふって、興奮気味に続けました。
「そうなんですぅ、クシナ、水の中でも全然苦しくなくって、ホントにお魚さんになった気分でしたよぉ。クシナ、プールが好きになりましたぁ!」
「よかった、そんな喜んでくれるなんて、うれしいわ。わたし、人魚の末裔だから、水の中じゃないと力を使えないのよ」
凪沙の言葉に、みんな「えぇっ?」とすっとんきょうな声をあげました。ポン子が凪沙をじろじろ見ながら、まん丸の目をさらに丸くしました。
「すごい、人魚なんて、出雲のお山にもいないわ。でも、あたし昔人間の絵本で見たことあるけど、人魚って足の代わりに、魚のしっぽが生えてるんじゃなかったっけ?」
ポン子が首をかしげます。凪沙は恥ずかしそうに笑いました。
「わたしたち人魚族は、魚のしっぽこそ生えてないんですけど、水の中ではちょっとすがたが変わるんです。わたしの目の色、何色だったか覚えてますか?」
凪沙に聞かれて、ポン子はこっくりとうなずきました。
「うん、覚えてるよ。きれいな緑色だったよね。……あれ、でも、凪沙ちゃん……」
みんなもぽかんとして、凪沙の目を見つめました。すんだ緑色の目だったのが、すきとおるような青い色に変わっていたのです。
「目の色が変わってる。でも、どうして?」
「目の色だけじゃないんです。ほら、これが人魚族のあかしなんですよ」
そういって凪沙は、スイムスーツのうでの部分をまくりました。
「あっ、うろこが!」
スイムスーツをまくったところには、きらきらとした青いうろこが見えました。凪沙ははにかむように笑って、スイムスーツを元に戻しました。
「すごい、とってもきれい……本当に人魚姫みたいでしょ」
愛子がうっとりした顔で凪沙を見ました。凪沙はほおを赤らめ、うれしそうにお礼をいいます。
「ありがとう、愛子ちゃん。そういってもらえるとうれしいわ。……でも、うろこだらけだと人魚だってばれちゃうし、人によっては不気味だって思われることもあるから、だからスイムスーツを着てるのよ。これなら普通の人間みたいに見えるでしょ」
「そうだったんだ。でも、ちょっともったいないでしょ。だって、あんなにきれいなのに。わたしはすごく好きだなぁ」
愛子がそっと凪沙のスイムスーツにふれました。凪沙は目を細めて、それからにこりと笑いました。
「凪沙は泳ぎも上手だからな。しかも教えるのもうまいから、クシナも凪沙と練習すると、うまく泳げるようになるんじゃないか?」
声をかけられて、みんながうしろを振り向きました。スクール水着すがたの魅入が、背泳ぎしながら近づいてきました。
「水に慣れたら、泳ぐこともできるだろうし、凪沙としばらく練習しなよ。なんでも慣れさ」
「魅入ちゃんは早く男の子に慣れないとね」
花子が茶化すようにいいました。バランスを崩したのか、魅入の顔が水の中に沈んでしまいます。ぷはっと水から顔を出し、魅入は花子をじろりとにらみつけます。
「まったく、余計なお世話だっての」
泳ぎをやめた魅入のすがたを、花子だけでなくなぜか愛子までじっと見つめています。愛子の視線に気づいた魅入は、首をかしげました。
「どうした、愛子? あたしの顔になにかついてるか?」
魅入に聞かれて、愛子は「あっ、そうか」とひとりごとをいいました。
「どうしたんだよ。いったいなにが、『あっ、そうか』なんだ?」
「あ、ごめんね魅入ちゃん。でも、魅入ちゃんがすごいハンサムだったから、一瞬びっくりしちゃって」
愛子にいわれて、魅入の顔が赤くなります。
「変なこというなよ。みんなまりあに影響受けたか知らないけど、だんだんおかしくなってきてるぞ」
「違うのよ、そういうわけじゃないんだけど、ほら、魅入ちゃん女の子の水着を着てるでしょ。でも、イケメンだから、ちょっと違和感があって」
言い訳する愛子を、魅入はジト目で見つめました。
「あのなぁ……。なんどもいってるけど、あたしは一応女なんだぞ。スクール水着くらい普通に着るよ。だいたいそれをいったら、凪沙のほうが問題じゃないか」
「えっ? どうして?」
ぽかんとしている愛子たちに、魅入はため息まじりに続けました。
「そりゃあ、凪沙はかわいらしいし、水着もスイムスーツを着てるから忘れてるかもしれないけど、凪沙は男子だぞ。さっき日美子先生もいってただろ、男子と女子は別々のコースで泳ぐようにって。女子に混ざってるじゃないか」
みんななるほどと納得したようにうなずきました。ですが、もちろん誰も凪沙を追い出そうとする人はいませんでした。
「別に凪沙ちゃんはこっちのコースでいいわ。だって心は女の子なんだもん。それに凪沙ちゃんみたいなかわいい子が、男子といっしょに泳いでたら、ヘンタイヨウにセクハラされそうだもん」
花子がけらけらと笑いながらいいました。
「うるせぇっすよ、おれは男には興味ねぇっす」
いつの間に現れたのでしょうか、ポン子たちのすぐそばで、太陽が口をへの字に曲げて腕を組んでいました。女の子たちがいっせいに太陽に飛びかかります。
「あんたなに当然のように女子のコースに紛れこんでんのよ!」
「さっきいったわよね、こっちに来たら沈めるって!」
「二度と悪さできないようにこらしめてやるわ!」
「ひぇぇっ、助けてくれっす!」
太陽の悲鳴と、ごぼごぼというあぶくの音が、プールにこだまするのでした。




