七月の話 ~男の子? 女の子? 人魚の王子とハートの盗賊~ その10
ポン子とクシナに声をかけてきたのは、あのスイムスーツを着た凪沙でした。青色のくせっ毛が、しっとりとぬれてストレートになっています。いつもと違う雰囲気に、ポン子もクシナもどぎまぎしています。
「どうしたの? 二人とも。ほら、こっちにおいで。クシナちゃん、わたしが泳ぎかたを教えてあげるわ」
凪沙に手を取られて、クシナはハッと我に返りました。ブンブンッと首を激しくふって拒否します。
「いやですいやですぅ、もういやですぅ! クシナは、プールなんてこりごりですよぉ。絶対に水の中に入りたくないですぅ!」
まるでだだっ子のようにじたばたするクシナでしたが、凪沙は不思議と安心させるような、やわらかな声でクシナをはげまします。
「そんなに怖がらないで。大丈夫、わたしの手をにぎってていいから。手をにぎったまま、水の中に入ってみて」
凪沙の声がやさしかったからか、じたばたしていたクシナの動きが止まり、疑わしげに凪沙を見つめました。凪沙は全く気にする様子もなく、にこりと笑いかけます。クシナのほおが、ちょっぴり赤く染まりました。
「ま、まぁ、そこまでいうなら、わかったですよぉ。でも約束ですよぉ、クシナの手を、絶対離さないでくださいよぉ。あと、ネコミからも守ってくださいよぉ」
ふふっと笑って、凪沙がうなずきました。クシナはまだ難しい顔をしていましたが、プールのへりまで近づくと、恐る恐る足を水に入れていきました。
「うん、その調子よ。ほら、ちゃんと手もにぎってるし、怖くない、怖くないよ」
まるで姉が妹をはげますような、優しさに満ちた凪沙の言葉に、クシナはそろそろと水の中へ入っていきます。すると、水に入ったクシナのからだが、だんだんときらきらした光に包まれていったのです。クシナは目を丸くしました。
「わわっ、えっ、なんですかぁ? クシナ、いったいどうなっちゃったんですぅ? ナギサ、これいったいなんなんですかぁ?」
「怖がらないで、大丈夫だから。ちゃんと手をにぎってるから、安心して。ほら、わたしを信じて、腰まで、おなか、胸、肩まで、ゆっくりでいいから、水の中へ入ってみて」
凪沙の言葉に吸いこまれるように、クシナはじょじょに水の中へと入っていきました。腰、おなか、胸、肩と、水の中へ入っていくたびに、からだがきらきらした光に包まれていきます。
「なんだか、きれいですねぇ……。クシナ、もしかして、お魚さんになっちゃったんですかぁ?」
「うん、お魚さんと同じように、クシナちゃんもちゃんと泳げるようになるわ。さ、次はそのまま、水の中にもぐってみて」
もぐるといわれて、再びクシナの顔が引きつりました。ぶるぶるふるえて、涙目で凪沙を見つめます。
「い、い、いやですぅ……。もぐるなんて、そんなの、クシナおぼれちゃいますよぉ!」
「ちゃんと手をにぎってるから、安心して。それに、おぼれそうになっても絶対助けるから。ね、わたしを信じて、ゆっくりでいいから、ちょっとずつもぐってみて」
凪沙が安心させるような、やわらかい笑顔をクシナに向けます。クシナはうぅっと、不安そうな顔で水と凪沙を交互に見つめます。
「……ホントに助けてくれますかぁ? それに、手はちゃんとにぎっててくださいよぉ。離したらクシナ、泣いちゃいますよぉ」
「大丈夫。約束するわ。絶対に手は離さないし、もしクシナちゃんがおぼれそうになったら、必ず助ける。本当よ」
凪沙がクシナの手を、両手で包みこむようににぎりました。クシナはとまどいながらも、少しずつ、すこーしずつ、水の中へ顔を沈めていきました。
「ねぇねぇ、ポン子ちゃん。クシナちゃん、大丈夫かしら?」
花子がスイーッとポン子に近づいてきて、耳打ちします。ポン子はじろっと花子をにらみつけました。
「あんた、さっき逃げたくせに、なに心配してるふりしてんのよ。あたしに丸投げしてたくせに」
「いや、あれはしかたないじゃんか。だって、ポン子ちゃんがいればクシナちゃんも安心するだろうなって思っただけよ。ね、怒んないでよ」
「まったく、調子いいんだから」
小さくため息をつくポン子のそばに、愛子とソフィーもスーッとやってきました。
「でも、凪沙さんすごい優しそうですよね。なんだかお姉さんみたいで、素敵です」
「うんうん、クシナちゃんもあんなにいやがってたのに、素直にしたがってて、凪沙ちゃんすごいでしょ。ソフィーちゃんのいう通り、お姉ちゃんみたいね」
四人はほほえましい気持ちで、凪沙とクシナを見守っていました。ですが――
「……ねぇ、大丈夫かな? クシナちゃんもぐってから、けっこう時間たったよね」
「うん、多分一分ぐらいたったでしょ。一分って、水に慣れてる人でもかなり長いでしょ。でも、凪沙ちゃんも全然助けようとしないし、大丈夫なのかな?」
よほど心配だったのでしょうか、愛子はそばを泳いでいく世織の手を取り、たずねました。
「世織ちゃん、あのね、クシナちゃんが」
「ああ、八百さんが手をつないでもぐってるんでしょう? それなら大丈夫よ、とりあえず見てればわかるわ」
少しもあわてた様子もなく、世織は二人の様子をながめています。しかし、愛子たちは気が気じゃありません。
「ねぇ、もう二分くらいたつでしょ。そろそろ限界でしょ。あ、まさかクシナちゃん、おぼれちゃって、意識を失っちゃったんじゃ」
愛子の言葉を聞いてか聞かずか、クシナがばしゃっと水面から顔を出しました。ほっとしたようにみんな胸をなでおろし、それからクシナたちのところへ近づいていきます。
「クシナちゃん、よかったぁ。わたし、おぼれちゃったんじゃないかって心配で」
「す、す、す……」
「えっ? す……なに?」
「すごいですぅ!」
クシナのさけびが、抜けるような青空へと吸いこまれていきました。




