六月の話 ~ヘンタイヨウとレズまりあ、狙われたソフィー~ その12
突然教室中に、まりあの悲鳴がひびきわたりました。みんななにごとかとまりあのほうを振り向きます。まりあは肩をいからせて、鬼のような形相でソフィーに近づいてきました。ソフィーはもちろん、みんなもあわててまりあから距離を取ります。
「絶対ダメよ、ズボンなんてはいちゃ! 女の子のお人形さんは、ズボンなんてはいてないでしょ。だいたいズボンなんて服は、この世から消えてなくなればいいのよ! みんなスカートをはくようになれば、どれだけ世界が平和になることか」
「そしたらおれたちもスカートになっちゃうっすけど、いいんすか?」
ひょろりと太陽がまりあのとなりへやってきました。今度はまりあが太陽から距離を取り、それからふんっと鼻を鳴らしました。
「前言撤回ね。ズボンをはいていいのは男子だけっていう法律を作りましょう。もし女の子がズボンをはいたら、その場で脱がしちゃう刑に処するわ」
愛瑠がひぃっと悲鳴をあげます。ソフィーたちもドン引きです。まりあは舌なめずりをしてから、ソフィーに向きなおりました。
「うふふ、とにかくズボンなんてはいたらダメよ。ソフィーちゃんはわたしのかわいいお人形さんになるんだから、ズボンなんてはいたら、絶対許さないからね」
「ちょっとあんた、何度いったらわかるのよ! ソフィーちゃんは人形なんかじゃないって何度もいってるじゃない! それなのにソフィーちゃんをつけねらって、この変態!」
ポン子のどなり声を、まりあは余裕の笑みで受け流します。にたりとしてから、ソフィーになめるような視線を送ります。ソフィーはぶるるっとみぶるいしました。
「へぇ、ポン子ちゃん、ソフィーちゃんはお人形さんじゃないなんていうんだ。そんなうそついちゃっていいのかしら?」
「うそ? うそじゃないわよ、どう見たって、ソフィーちゃんは人間じゃないの! なにバカなこといってんのよ」
「そうかしら? だってわたし知ってるのよ、ソフィーちゃんはもともとお人形さんだったってこと。とってもかわいらしいお人形さんだったのよね、紫色の毛糸でできたかわいらしい髪に、青いビーズの目が、とってもチャーミングだったそうね」
「どうしてそれを?」
ソフィーが目を見開いてたずねました。まりあは満足げにふふっと笑って続けました。
「そんなことはどうだっていいじゃない。ねぇ、それより、頭につけてるかわいい紫のリボン、それってお人形さんだったときのなごりなんでしょ? とってもキュートよ。でも、髪をおろしたソフィーちゃんも見てみたいわね。それに、お人形さん時代みたいに、紫色の髪のソフィーちゃんも見てみたいわ」
ソフィーががくがくとふるえはじめました。自分を守るように、両手で胸をぎゅっとだきしめます。そんなソフィーを、まりあはうっとりとした顔で見つめました。
「うふふ、楽しみだわ。そうだ、絵の具で髪の毛を染めてみましょうか。紫色の髪、ソフィーちゃんもなつかしいでしょ。髪をおろして、紫色にして、目はもともと青い色だからいいけど、お人形さんになったらやっぱりビーズに戻るのかしら。どうなるか楽しみだわ」
「あんた、いい加減にしなさいよ! ソフィーちゃんを人形になんか、絶対させないんだから! それどころか、あんたには指一本ふれさせないわ!」
ポン子がとどろくような声で、まりあをいかくします。まりあは芝居かかった口調で悲鳴をあげました。
「いやーん、ポン子ちゃんにどなられちゃったわぁ。でも、いいわね、女の子同士の友情って。わたしも混ぜてもらいたいけど、それ以上にめちゃくちゃにしたい気分だわ」
再びいやらしく舌なめずりすると、まりあは太陽に声をかけました。
「さあ、あんたの出番よ、ヘンタイヨウ! ポン子ちゃんにお仕置きしてあげなさい」
「なによ、あんたがやる気? いいわ、かかってきなさいよ! ソフィーちゃんには絶対手出しさせないんだから!」
勇ましくほえるポン子でしたが、太陽は少しもひるまず、へらへら顔でいいました。
「いやいや、おれのポリシーはラブ&ラブ&ラブ&ピースっすから、争いごとなんて起こそうとは思ってないっすよ。ただ、さっきのソフィーの疑問に答えてあげようかなって思っただけっす」
「ソフィーちゃんの、疑問? なによそれ、いったいなんのこと?」
けげんそうに聞き返すポン子に、太陽はにひひと笑って答えました。
「どうしてまりあが、ソフィーが人形だったときのことを知っているかって疑問っすよ。どうやら世織たちには、自分たちのことを話したみたいっすけど、ソフィーが人形だったときのかっこうは話してなかったんすよね」
確かに太陽のいうとおり、人形だったころのソフィーのすがたを知っているのは、出雲のお山の妖怪たちくらいでした。ポン子は目をぱちくりさせて、やがてまん丸の目をさらに丸く、大きく見開きました。
「まさかあんた、ソフィーちゃんの記憶を!」
「ビンゴっすよ。いやいやどうして、なかなかかわいいお人形だったっすねぇ。あれならおれも、お人形遊びしたくなるっすよ。もちろん主にスカートで遊ぶっすけどね」
「いやっ、変態!」
花子が大声でさけびました。ポン子も怒りでわなわなとこぶしをふるわせています。
「サイテーだわ! 女の子の、ソフィーちゃんの記憶を読み取るなんて! このヘンタイヨウ!」
「いいっすねぇ、気の強いポン子にののしられると、ちょっとぞくぞくするっす」
「ちょっとこいつ、本物の変態だわ! わたし怖いわ」
花子が顔を引きつらせて愛子にしがみつきます。愛子も毛虫でも見るかのような目で、太陽をにらみつけています。
「まぁ、ラブコメはこの辺にしておいて、そろそろおれもお前らをいじらせてもらうっすよ」
「なにがラブコメよ! ラブもないし、コメもないわ! さっさと教室から、むしろ出雲町から出ていきなさいよ!」
ポン子のどなり声を、不敵な笑いとともに受け流すと、太陽は言葉を続けました。
「そんなこといっていいんすかねぇ? おれはなにも、ソフィーの記憶だけを読み取ったわけじゃないっすよ。おれが読み取ったのは、お前たち全員の記憶っすよ」




