六月の話 ~ヘンタイヨウとレズまりあ、狙われたソフィー~ その2
「『れず』? 『れず』って、なんですかぁ?」
ぽかんとした顔で、クシナが治実に聞き返しました。花子もポン子も、それにソフィーも知らない言葉だったようで、みんなぽかんとしています。
「……まじかよ、みんな知らないのか」
治実は困ったように苦笑しました。どう説明したらいいかと悩んでいるところに、治実は愛子と目が合いました。愛子はあわてて目をそらしましたが、その顔が真っ赤になっているのを治実は見逃しませんでした。
「なんだ、愛子は知ってるみたいだな。よし、あとは愛子に教えてもらえ。あたしは先に教室に行ってるからさ」
「あ、ちょ、待ってよ!」
愛子が止めるのも聞かずに、治実は全速力でその場から逃げ出しました。あとに残されたのは、ぽかんとしているポン子たちと、そしてにやにやしているまりあだけでした。
「愛子さん、さっき治実さんがいってた、『れず』って、いったいなんなんですか? 愛子さんは知ってるんですよね?」
ソフィーに聞かれて、愛子はぶんぶんっと首をふりました。しかしその態度は、みんなの疑惑をさらに深めるだけでした。
「そのあわてよう、すごく怪しいわね。愛子ちゃん、やっぱりなにか知ってるんでしょ。ねぇ、なあに? 『れず』って、もしかしてなにか新しい力とか?」
「わた、わたしは、わたしは知らないわ。レズなんてホントに知らないわよ。それよりみんなも早く学校に行きましょ。のんびりしてると遅刻しちゃうでしょ。ソフィーちゃんもまりあちゃんから離れて、今すぐに!」
「絶対怪しいわ、愛子ちゃん、ホントは知ってるんでしょう。ねえ教えてよ、どうして教えてくれないの?」
ポン子たちにせまられても、愛子は口にチャックをしたまま、逃げるようにその場を離れました。そのあとをポン子たちが追いかけます。
「ねぇ、『れず』ってなんなのよ、教えてよ、『れず』ってなあに?」
「ちょっと、大声でそんなこといわないでください! みんなに見られてるでしょ!」
愛子の言葉通り、通勤中のお兄さんたちが目を見開いてポン子たちを見つめています。頭を抱える愛子でしたが、覚悟を決めたのか、ポン子たちのところへ戻ってきました。
「わかったわ、教えるから。でも教室に行ってからにしましょ。ここで話すのはまずいでしょ。わかった?」
みんなまだ納得していない様子でしたが、愛子がすごい剣幕で迫ってきたので、仕方なくうなずきました。その様子をまりあがにやにや顔で見ています。
「うふふ、ソフィーちゃんにだけは、わたしが特別に教えてあげようかしら? 手取り足取り、優しーく教えるわよ」
「変ないいかたしないでよ、この変態! ほら、ソフィーちゃんから離れないとダメでしょ!」
「やだ、怖いわぁ。そんなどならないでよ、ねえソフィーちゃん。でも、残念だけど愛子ちゃんが教えるのね?」
愛子はうっと言葉につまりましたが、まりあがまたも舌なめずりするのを見て、いやそうにですがうなずきました。
「しかたないわ。でも、とにかく早くソフィーちゃんから離れてちょうだい。くっつきすぎでしょ」
「でも、まりあちゃんって肌もすべすべで気持ちいいですよ。あ、もしかして『れず』って、お肌がすべすべの人のことですか」
「いや、違うでしょ。とにかく早く学校に行きましょ!」
ソフィーの手をつかんで、愛子は強引にまりあから離れさせました。目をまん丸にしているみんなにも、ついてくるようにうながします。
――もう、とんでもないことになっちゃったわ――
教室についた愛子は、すぐに治実を探しました。席にすわっているのを見つけて、愛子は治実に近づきます。
「ダメだぜ、あたしは知らないからな。それに愛子のほうがあいつらと仲がいいだろ。仲がいいやつが教えたほうがいいだろ」
先に治実にけん制されて、愛子は口をパクパクさせることしかできません。しばらく治実をにらんでいましたが、ポン子たちが近づいてきたので、愛子はがっくり肩を落としました。
「さ、教室についたし、そろそろ教えてもらうわよ。いったいなんなのよ、その『れず』っていうのは?」
「わたしも知りたいです。わたし、まだまだ人間の言葉をよく知らないから、少しでも言葉を覚えて、ちゃんとした人間になりたいんです」
意気ごむソフィーの服を、誰かが引っぱりました。ふりむくとそこには、長い髪にめがねをかけた女の子が、えんりょがちにソフィーを見あげていたのです。
「愛瑠さん、どうしたんですか?」
愛子から目を話して、ソフィーはめがねの女の子、吉見愛瑠に向きなおりました。愛瑠はあたりをきょろきょろしてから、そっとソフィーの耳元でささやきました。
「ソフィーちゃん、今日からしばらく気をつけたほうがいいわ」
「えっ? 気をつけるって、なにをですか?」
ぽかんとしているソフィーに、愛瑠はもう一度あたりを見まわしました。
「太陽君。太陽君には近づかないほうがいいわ。わたし見たの。太陽君がソフィーちゃんのスカートめくるところ」
「スカート? え、でもそんなこと、わたしされてませんよ」
目をぱちくりさせるソフィーを見て、愛瑠は恥ずかしそうにうつむいてしまいました。愛子を尋問していたポン子たちも、ソフィーと愛瑠が話しているのを見て、興味深そうに会話に割りこんできました。
「どうしたの、あ、もしかして愛瑠ちゃん、ソフィーちゃんに教えてくれてたの?」
「へっ? 教えてって、なにをですか?」
「『れず』よ、『れず』」
「ひゃっ!」
悲鳴をあげる愛瑠を見て、ポン子はにやりと笑いました。
「さては愛瑠ちゃんも、『れず』がなにか知ってるのね? ねぇ、教えてよ、いったいなんなの?」
「知らない知らない、知らないです! だいたいなんでそんなこと聞くんですか?」
「だって、治実ちゃんが、まりあちゃんが『れず』だっていうから。でもあたしたち、その『れず』っていうのがなんなのかわかんなくってさ」
ポン子の言葉に、愛瑠はあちゃーと頭を抱えました。ポン子がむぅっとふくれっつらになります。
「もう、みんなしてそんな反応するんだから。ずるいわ、教えてくれないなんて」
「ちょっと待ってください、『れず』も気になるんですけど、愛瑠さんが気をつけてっていったのも気になります。わたし、スカートなんてめくられてないですよ」
「もちろんまだめくられてないと思うわ。だってわたしが見たのは、未来の景色なんだから」




