五月の話 ~あなたは犬派? それとも猫派?~ その8
ポン子は公園に近づくにつれて、猫の鳴き声が聞こえてくることに気がつきました。
「この公園、もしかして野良猫とかいるのかな?」
「野良猫? そういえば猫の声が聞こえてくるし、もしかしたらいるのかも。でも、なんだか最近犬と猫の話題ばっかりになってるね」
花子がちゃかすようにいいました。
「でも、公園にいるってことは、もしかして集会してたりするんでしょうか? ほら、猫って集まっていろいろ相談したりしてるっていいますし」
「ソフィーちゃん、あれは別に相談してるわけじゃないでしょ」
「そうなんですか。でも、なんだかいろいろお話しているような気がしたんです。猫とか犬とかとお話しできたりしたら、きっと素敵でしょうね」
うっとりとつぶやくソフィーを、みんなほほえましく見ていました。しかし、公園のベンチに近づいたとたん、聞いたことのある声がしたのです。
「なんだお前ら、なんでここにいるんだ?」
「ひっ、ネコミですぅ!」
クシナがおびえたように花子にしがみつきました。公園の木のかげにいたのは、治実だったのです。治実は五人をじろじろ見てから質問しました。
「お前らこんなところになにしに来たんだよ? 悪いがこの公園はあたしの貸し切りだ。とっとと出ていきな」
「貸し切りなんて無茶苦茶でしょ。だいたい公園ってみんなのものなのに、なんであなたが貸し切れるのよ?」
愛子のツッコみに、治実はアハハと笑い声をあげました。
「面白いな、あんた。ろくに力を持たない一般人が、あたしに意見するとはね。なんなら力づくで追い出したっていいんだよ。ほら、ケガしないうちに帰んな!」
身構える治実でしたが、その足元でにゃあと、弱々しい鳴き声が聞こえてきました。治実の足元には、段ボール箱が三つ並べて置いてありました。
「それ、もしかして猫が入っているんですか?」
ソフィーが思わずたずねました。治実はチッと舌打ちしてから、ソフィーをにらみつけます。
「ふん、あんたたちには関係ないだろ! いいかげんさっさと出ていかないと、本当にぶっ飛ばすよ」
どすの利いた声を出す治実でしたが、ソフィーは引き下がりませんでした。
「ダメです! だって今の声、すごい弱々しい声でしたよ。治実さん、もしかして猫ちゃんたちをいじめているんじゃ」
「あたしがそんなことするか!」
さっきよりも感情をこめた声で、治実がどなりました。さすがのソフィーもびくっと身を固めます。治実はバツの悪そうな顔でうつむき、やがて小さくつぶやきました。
「……悪かったよ」
「いったいなにしてたの? いじめてたんじゃないなら、その猫たちをどうするつもりだったのよ?」
ポン子に聞かれて、治実ははぁっと静かにため息をつきました。ベリーショートの頭を、まるで男の子のようにガシガシかきながら、治実は答えました。
「どうせ信じないだろうし、別に信じてもらおうとも思わないが、まあいいや。この猫たちはみんな捨て猫だよ。この公園、人気がないだろ。だからよく猫とか動物が捨てられるんだよ」
治実は段ボール箱から、子猫を一匹かかえて取り出しました。やせ細って、毛がところどころ抜け落ちています。
「このままじゃ死んじまうからな。だからあたしがここで世話しているんだよ。本当は飼いたいんだけど、あたしの家はマンションで、ペット禁止なんだ。だからこうやって休みの日とか、学校終わったあととかに、食べ物を持ってきたりしているんだよ」
よく見ると確かに、治実の足元には牛乳や食パンが置かれていました。ポン子たちの視線を感じて、治実は再び舌打ちしました。
「笑いたきゃ笑えよ。悪ぶってるのに、猫の世話してるんだとか思ってるんだろ。バカにしたけりゃするがいいさ」
「そんな、そんなこと思いませんよ!」
ソフィーの大声に、治実は目を丸くしました。よく見るとソフィーの目が、少しうるんでいます。
「猫ちゃんたちのお世話をしているんでしょ? それなのにバカにしたりとかしませんよ。治実さんのこと、すごいって思いました。きっとわたしにはできないと思うから、だからバカになんて絶対しません!」
いつもおとなしく、ともすればおどおどしているソフィーが、これほど熱くなっているところは治実はもちろん、ポン子たちも見たことがありませんでした。治実は困ったようにソフィーを見ていましたが、やがてふんっと鼻をならしました。
「クラスのやつらには絶対いうなよ」
「もちろんです。あの、よかったらわたしたちにも抱かせてくれませんか?」
ソフィーが青い目をきらきら輝かせて、治実の顔を見あげました。治実はそっぽを向きましたが、さっきよりもやわらかい声で答えました。
「そっと抱くんだぞ。怖がらせないように、静かにだ。ちゃんとそれを守るんだったら、特別に抱かせてやるよ」
ソフィーの顔がぱぁっと明るくなりました。いそいそと治実のそばに寄ります。
「かわいい、でも、すごいやせてるのね……」
「あたしが見つけたときは、もっとひどかったよ。本当にガリガリの、ほとんど骨だけって感じだった。弱々しく泣いてさ。本当は飼ってあげたいんだけど」
子猫をやさしくなでながら、治実がぽつりといいました。
「ポン子さん、出雲の湯で飼えないかしら?」
ソフィーに聞かれて、ポン子は難しい顔をして首をひねりました。
「うーん、あたしも飼ってあげたいところだけど。でも、あたしたちが学校に行っている間、世話できないからちょっと心配だわ。リンコ先生やウサミさんがお世話してくれたらいいかもしれないけど、聞いてみないとわかんないわ」
「そうですか……」
がっかりしたように肩を落とすソフィーの頭を、ポン子がそっとなであげました。
「まだダメって決まったわけじゃないわ。今日帰ったら、リンコ先生に聞いてみましょう。こんなかわいい子たちなんだもん。リンコ先生もきっとオッケーしてくれるわ」
段ボール箱から、他の子猫を抱きあげて、ポン子があやします。花子と愛子も子猫を驚かさないように、注意深くなでてあげます。しかし……。
「どうしたの、クシナちゃん。クシナちゃんも来なよ、かわいいよ」
「でもぉ……。クシナ、怖いですよぉ」
「こんな小さな子猫なんだよ。そんな怖がることないよ」
「違うですぅ、そのぉ……」
いいよどむクシナを、みんな不思議そうに見ています。みんなの視線を感じて、クシナはしかたなくつぶやきました。
「クシナは、猫じゃなくて、ネコミが怖いんですぅ」




