夏休みの話② ~音痴なアイドルと未来を変える占い師~ その15
「ちょ、なに、これ! 耳が、痛い! こんなの歌じゃないわ、兵器よ!」
耳を必死に押さえて、花子が苦しそうにうめきます。未来もうなずき、うずくまっていいました。
「音痴なんてもんじゃないわよ、なにこれ、誰が歌ってるの?」
ステージに視線を向けると、どうやら先ほどあいさつをした子、ポン子たちと同い年のハルという子が、ソロで歌っているようです。
「じゃあ、あの子の歌なの? あたし人間のアイドルって全然詳しくないんだけど、こんな歌唱力でなれるの? それならあたし、超売れっ子アイドルになる自信あるわよ」
「アイドルをバカにしちゃダメでしょ。こんなのアイドルどころか、カラオケ大会とかでも強制帰宅を命じられるレベルでしょ」
愛子が身をよじりながら、ポン子にツッコみます。
「でもみんな見て! まわりのファンたち、おかしいわ!」
世織の言葉に、みんな耳の痛みに耐えながらまわりを見わたしました。
「うそ、こんな破壊的な歌声なのに……」
まわりのファンたちは、みんな盛り上がるでもなく、声援を送るでもなく、完全に歌声に聞き入っていたのです。中にはぼうぜんと立ったまま、涙を流している人さえいます。いったいなにが起こっているのでしょうか。鼓膜を直接いじくられるような不快感にたえているうちに、ようやくハルのソロパートが終わりました。そのとたん、今度はファンたちが一斉に声を上げたのです。
「うおおおおっ! シーズン! シーズン! エス・イー・エー・エス・オ―・エヌ! ウィー・ラブ・シーズン!」
熱烈なラブコールに、ハルがかわいらしく両手をふります。ファンたちの声援に、今度は鼓膜がふるえるほどに痛くなります。チェルシーがステージを指さしながら、声援に負けないようにどなります。
「とにかくおかしいネ! あんなバッドソングなのに、こんなエキサイティングするなんて、なにかトリックがあるに決まってるヨ! あのハルとかいう子は、なにか術を使っているはずデス!」
「チェルシーさんのいう通りだわ。でないと、こんな壊滅的な歌声なのに、みんな聞きほれるなんてこと、絶対に起こりえないもの」
世織も耳を押さえながらうなずきました。『シーズン♡』のメンバーが、四人でくるくるっとターンします。再びハルがマイクをかまえたので、みんなぎゅうっとつぶれんばかりに耳を押さえました。それでもあの、金属でできたのこぎりを無理やりこすり合わせるような、神経を削られるような歌声が耳をおそい、みんなついにその場にうずくまってしまったのです。
「く、苦しいっ!」
しかし、観客の誰もそんなポン子たちの様子に気づくものはいませんでした。まるで魅入られたかのように、みんなハルにくぎづけです。というよりも、その歌声に魅了されているのです。そうです、それはまさに魅入が得意とする、チャームにかかった人そのものでした。観客たちは聞きほれて、ポン子たちは地獄の苦しみを味わって、対照的な時間を過ごしながらも、ようやく『しーずん♡』の曲は終わりました。
「うおおおおっ! シーズン! シーズン! ハル・ナツ・アキ・フユ・シーズン・ラブ! ウィー・ラブ・シーズン! イェーイ!」
なんという盛り上がりでしょうか。観客たちはみんな手を高く上げて、飛びはねながらラブコールを送ります。その間にポン子たちは集まって、ひそひそ声で相談します。
「とにかくこれで決まりね、あの子、ハルって子は、どう考えたってなにか力を持っているわ」
「でも、いったい何者かしら? わたしたちと同じ、陰陽師候補生かしら? でも、それなら委員長であるわたしになにか説明があると思うんだけど」
「それに、世織ちゃんの話じゃ、陰陽師候補生って世織ちゃんたちだけなんでしょう? じゃああの子、やっぱり陰陽師候補生じゃなくて、なにか別の力を持ったやつなんじゃないの? それこそ妖怪とか」
花子の言葉に、ポン子は神妙な顔でうなずきました。
「そうよね、コン兄ちゃんがユーチューバーやってるくらいだから、妖怪がアイドルでもおかしくはないわ。でも、少なくとも出雲のお山には、そんなアイドルするような子もいないし、あんなかわいい子もいないわ」
「あっ、もしかして……いや、でもそれはないわよね」
未来がいきなり声を上げたので、みんな一斉にふりかえりました。未来は軽く肩をすくめます。
「ごめんごめん、ちょっともしかしたらって思っただけで、多分違うから」
「でも、そんないいかたされたら気になるよ。未来ちゃん、もしかしてなにか見えたの?」
愛瑠に聞かれて、未来は首をふりました。
「ううん、別に未来が見えたわけじゃないし、そもそもあたしの力は、水晶玉を通さないと未来は見えないわよ。そうじゃなくて、さっき花子ちゃん、クラスの女子はみんな、ついでに凪沙も、アンブロシアの出張レストランに来てるっていったでしょ」
「うん。えっ、もしかして違うの?」
「あたしも完全に地味で存在感薄いから忘れてたけど、あと一人クラスメイトの女子がいたじゃんか」
みんな首をかしげたので、未来はあきれ顔で続けました。
「まったくもう、ちゃんとクラスメイトのことぐらい覚えておいてあげなさいよ。まぁ、あたしも忘れてたんだけどさ。遥歌よ、遥歌」
「あっ!」
みんな思わず声を上げてしまいました。バツの悪そうな顔をするみんなに、未来はわざとらしくため息をつきました。
「まったくもう。でも、さすがに遥歌ってことはないわよね。だいたいあの子、いつもあの分厚いめがねかけてるし、おどおどしてるし」
未来の言葉に、みんなすまなそうに首をたてにふりました。
「うーん、遥歌ちゃんには悪いけど、確かにあんな活発なアイドルって感じじゃないよね。いっつもみんなの輪から外れて、おとなしそうにしてて、学校からも逃げるように帰るもんね。仲良くなりたいのに、あれじゃあどうやったって仲良くなれないよ」
花子がみんなの心を代表して述べました。しかし、愛子がふと首をかしげてたずねます。
「でも、そういえば遥歌ちゃん、髪の毛あのハルって子と同じような、茶色だったけど。それにさ、遥歌だからハルなんじゃないの?」
愛子の言葉に、未来が笑いながら手をふりました。
「さすがにそれはないわよ。『しーずん♡』のメンバーって、確かハル、ナツ、アキ、フユって、四季に合わせた名前になってるから、きっと芸名だと思うわ。それに茶髪の子なんて最近は珍しくもなんともないわよ。というかうちのクラスの髪を見たら、茶髪なんてむしろ普通じゃない」
「まぁ、まりあちゃんにチェルちゃん、クシナちゃんになぎちゃんって、女の子だけでも黒以外の髪の子が多いもんね。そう考えたら確かにそうだけど……。あ、そうだ、世織ちゃんだったら遥歌ちゃんの力について知ってるんじゃないの?」
愛瑠に聞かれて、世織は気まずそうに顔をそむけたのです。
「どうしたの、世織ちゃん。そんな顔しちゃって。もしかしてさっきの歌で、耳が痛くなっちゃった?」
「違うわ、いや、もちろん耳が痛いのはそうなんだけど、残念ながらわたしは、姫野さんの力についてほとんど知らないのよ」
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