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四月の話 ~空から降ってきた天女様~ その1

 出雲のお山は、出雲町という人間たちの町の近くにある、妖怪たちが暮らすお山です。そこにはポン子という、小さな化けだぬきと、そのお友達たちが住んでいました。


 先月、つまり三月のことですが、呂樹ろきという、人間と化けぎつねの血を引く男が、新たにたくさんの妖怪を創って出雲のお山に攻めてきたのです。呂樹はポン子と、その仲間たちによって倒されましたが、創られた妖怪たちは消えることなく、新たに出雲のお山の住民になったのです。

 

 その中でも、トイレの花子さんである花子と、つくも神だったソフィーは、出雲町にある銭湯、『出雲の湯』の新しい番頭さん見習いとして、日々がんばっているのでした。


 さらににぎやかになった出雲のお山で、今年はどんな出来事が起こるのでしょうか。さあ、ポン子といっしょに、出雲のお山の新たな一年を体験してみましょう。




「でも、ポン子さん、ホントによかったんですか? こんなことしてくれるなんて」


 浴場のタイルを、デッキブラシでごしごしこするポン子に、青い目の女の子がすまなそうにいいました。ポン子は今、出雲の湯の女湯のそうじを手伝っている真っ最中なのです。もちろん人間のすがたに変化しています。ポン子は手をひらひらふってうなずきました。


「もちろん、大丈夫よ。かわいいソフィーちゃんに、こんな力仕事をさせたりなんてできないから、ソフィーちゃんは気にしなくていいのよ」


 青い目の女の子、番頭見習のソフィーは、なぜかしゅんっとうつむいてしまいました。フリルのついた青いドレスは、まるで番頭さんというよりメイドさんです。それに毛糸のようにふわふわで真っ黒な長い髪には、紫色の大きなリボンをつけています。色白で細い指に、肌もすきとおるようにきれいです。きゃしゃなからだをしたソフィーが、スカートのはしをつまんで浴場に入ろうとします。


「ああ、だめだめ! そんなかっこうで浴場に入っちゃったら、せっかくのドレスが汚れちゃうよ」


 あわててポン子がソフィーを止めます。しかし、ソフィーは首をふりました。


「だって、わたしもなにか役に立ちたいんです! 人形だったころは、ずっとなにもできなかったけど、せっかく人間になれたんですから。やっぱりなにか役に立つことしたいんです」


 ソフィーの言葉に、ポン子のまん丸い目がうるうるとうるんでいきます。デッキブラシを投げ出して、ソフィーに抱きつこうとしてすんでのところで止まりました。


「危なかった、こんな汗だくでびしょぬれなのに、ソフィーちゃんに抱きつくとこだったわ。でもありがとうね、ソフィーちゃん。気持ちだけでもうれしいよ」

「気持ちだけじゃないです、わたしだっておそうじくらいできます。見習いでも、番頭さんなんですから」


 ポン子が止めるのも聞かずに、ソフィーが浴場に足を踏み入れようとしたそのときです。


「ソフィーちゃん、時間だよ! 番台の仕事代わってよ」


 脱衣所の入口から元気な声が聞こえてきました。ソフィーがハッと顔をあげて、ぱたぱたと入口のほうへ走っていきます。


「花子さん、ごめんなさい。すぐ代わります」


 花子と呼ばれた元気な声の女の子は、へへっと笑って脱衣所の入口から顔を出しました。ピンクのキュロットスカートに、水玉模様の二―ハイソックスを着けています。上は動きやすそうなノースリーブのシャツを着ています。


「そんなあわてなくても大丈夫だよ。この時間だったら、ほとんど人は来ないんだから。来るとしても、妖怪のお客さんだしね」


 出雲の湯は、人間だけでなく妖怪も訪れることがある、不思議な銭湯なのです。もちろん妖怪たちが来るときのルールとして、人間たちが来る時間帯なら、人間と似たすがたの妖怪か、もしくは変化した妖怪しか来てはならないことになっていました。


「クズハが番頭だったときは、ほとんど訪れる人も妖怪もいなかったから、穴場だったのに。あーあ、これじゃあおちおち一番湯にも入れないじゃない」


 脱衣所のとびらが開いて、こしまで届く長い髪のお姉さんが入ってきました。つり目でスッとした顔つきの美人さんです。ポン子がじろっとお姉さんを見ました。


「リンコ先生、まだそうじ終わってないから入れないよ。昨日いってたじゃんか」

「あら、それはもちろん知ってるわよ。わたしは別にお風呂入りに来たんじゃないわ。ポン子ちゃんがちゃんと掃除してるか、確認しに来ただけ」

「ちゃんとしてるわよ。失礼ね。リンコ先生こそ、いいんですか、病院抜け出して」


 ポン子に聞かれても、リンコ先生は落ち着いた様子でうなずきました。


「大丈夫よ、ちゃんと休憩中の札を扉にかけておいたし、急患が来たら電話してってウサミにもいってあるから」

「ウサミさん、大丈夫かなぁ? 急患が来ても、サボって電話かけなさそうだけど」


 ポン子の言葉に、花子がくすくすっと笑いました。リンコ先生もちょっとまゆをつりあげましたが、やがて首をふりました。


「大丈夫よ、この間そうやってサボってたときに、たっぷりしぼってやったから、多分こりたと思うわ。それにあの子、ああ見えてホントに危ない患者さんだったら、真面目に対応するのよ」

「ホントかなぁ?」

「それに、人間の患者さんだったらちゃんと真面目にやるし、大丈夫でしょ。妖怪の患者さん相手だとサボったりするけど」


 リンコ先生は肩をすくめました。リンコ先生の病院である、『リンコ小児科クリニック』は、小児科と書いてありますが、実は妖怪の患者さんも受け付けているのです。リンコ先生は妖怪のお医者さんでもあるのでした。そしてもちろんリンコ先生も妖怪です。化けぎつねなのです。


「ま、それはいいわ。それより、ソフィーちゃんの様子はどうかしら?」


 リンコ先生が、声をひそめて花子にたずねました。


「わたしはだいぶん慣れてきたけど、やっぱりソフィーちゃんはまだいろいろ世間知らずって感じで、なかなか苦労しそうだわ。人形だったわけだし、本人はがんばっているみたいだけど……」


 花子もソフィーも、実は本当の人間ではありませんでした。花子はもともと、都市伝説のゆうれいで、『トイレの花子さん』として、とあるトイレに住み着いていたのです。そしてソフィーは、もともと呪いをかけられ、つくも神にされた人形でした。


「リンコ先生のお薬で、ずいぶんからだは安定してきたんだけど、でもやっぱりまだまだ知らないことがたくさんあるわ。銭湯でお金をもらわなくちゃいけないこととかも、最初は知らなかったし。お金の計算も、わたしだってわかんなくなっちゃうことがあるもん」


 しんみりとした口調でいう花子に、ポン子はわざとお気楽そうな感じで答えました。


「大丈夫だよ、あたしだって初めて町に出かけたときは、お金とかも全然知らなくって、危うくドロボウさんにされるところだったよ」

「わたしもとにかくじっくり慣れようって思ってるんだけど、ソフィーちゃんはそうじゃないのよ」


 目をふせる花子を見て、リンコ先生も心配そうにうしろをふりかえりました。いつの間に持ってきたのでしょうか、ソフィーがバケツに水をくんで、番台近くの床をぞうきんでふいています。リンコ先生があちゃーと頭をかかえました。


「ソフィーちゃん、ぞうきんがけするのはえらいけど、ちゃんとしぼらないとだめよ。ほら、床がびしょびしょになってるでしょ」

「でも、ポン子さんはいっぱい水でぬらして、デッキブラシで浴場の床をそうじしてたわ」

「浴場はぬれてもいいからね。でも、ここは入口だから、ぬれてるとお客さんが来たとき危ないんだよ。花子ちゃん、悪いけどソフィーちゃんに、ぞうきんのしぼりかたを教えてあげてもらえるかしら」


 リンコ先生に呼ばれて、花子はあわててかけつけました。ソフィーにぞうきんの持ちかたから教えます。その間にリンコ先生はポン子のところへ戻ってきて、小声でポン子にいいました。


「やっぱりどうにかして、二人とも人間の生活に慣れさせなくちゃね。そのためには学校に行かせてあげるのが一番いいんだけど」


読んでくださり、ありがとうございます。

本日から一週間(6/11まで)は基本的に3話ずつ投稿する予定です(朝、昼、夕方もしくは夜を考えています)。

こちらはシリーズものですが、なるべく前作を読んでいないかたでも楽しめるように執筆しています。興味がある方は前作もお楽しみいただければ幸いです。

それではこれからポン子たちの物語を、どうぞよろしくお願いいたします。

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