僕を絞殺しようとした犯人がクラスで一番の美少女だったので付き合うことにした
息が苦しい。視界がぼやける。僕は今、深夜の住宅街で誰かも分からない人物に馬乗りに乗られて両手で首を絞められている。顔は街灯の光や被っているフードとマスクのせいでほとんど見えないが僅かに隙間から覗く目は血走っている。
もうどれくらいこの状態でいたのか分からない。思考が鈍っていくのがなんとなくわかる。このまま順調にいけば僕は死ぬ。ただその前にこの人に今の僕の気持ちを伝えなければならない。僕は笑みを浮かべながら残っていた力を全て絞り切りたった一言だけ言葉を紡いだ。
「あっ……あり…………がとぉ……」
僕が言い終わった瞬間、首を絞めていた両手が離れた。
「がはっ……ゴホッゴホッ……」
急に肺に酸素が入ってくるのに体が対応し切れずむせる。数分ほど息を整えているとなんとか動く余裕ができた。未だ十分に動かない体に鞭打ちながら辺りを見渡すと前方1メートルほど先にさっきまで僕の首を絞めていた人物がへたり込んでいた。どうやら腰をぬかしているらしい。さっきまで僕を殺そうとしていたのに気の弱い人みたいだ。どうしようか悩んだがこのまま帰るのも変なので話かけてみた。
「あの……大丈夫ですか」
殺されそうになっていた僕が殺そうとしていた人物に聞く内容としては違和感しかないがこの状況自体が違和感の塊なのであまり深く考えないことにした。
「ひゃっ……ひゃい!大丈夫です」
気は動転しているが話すことはできるらしい。まあ加害者が被害者から心配されれば多少驚くのもしょうがないだろう。それと先ほどまでは気づかなかったがその声と体格からしてこの人の性別は女性で年齢は僕と同じ高校生くらいな気がする。
そして彼女の声はどこかで聞いたことがある気がした。殺されるほど人に恨まれる覚えはないがもしかしたら知り合いかもしれない。真偽を確かめるべく僕は彼女に近づきそのパーカーのフードとマスクを強引に外した。
その殺人未遂事件の犯人の顔は驚くべき程整っていた。艶のある黒いロングヘアーにクリッとした大きな黒目、肌は絹のようにキメ細かい。正に男子の理想の清純派美少女という風貌だった。そしてその並外れて整った容姿に僕は心当たりがあった。
「さっきまで誰か分からなかったけど佐藤さんだったんだね」
佐藤さんは僕のクラスメイトの1人だ。容姿端麗で才色兼備更にそれを鼻にかけない気さくな性格から男女問わず人気がある。僕も遠目から見たことしかないが綺麗な人という印象はあった。今着ているパーカーにジーパンというシンプルな格好でもそう見える。ただ佐藤さんはクラスメイトではあるけど話すことは皆無で殺したくなるほどの恨みを持たれていたのは正直意外だった。
「なんで私の名前知っ」
「同じ1年5組のクラスメイトの鈴木だけど覚えてない?」
「鈴木君……」
どうやら顔は知ってもらえていたようだが首を絞めていた人物と一致していなかったらしい。
「僕だって分かってなかったの?」
「うん……首を絞めるのに必死で全然気づかなかった。眼鏡かけてないし」
まさかの無差別殺人だった。なぜ僕が深夜に出歩いていることを知っていたのか疑問だったが、佐藤さんにとってターゲットは誰でも良かったようだ。あとついでに言うと眼鏡はかけてきたが押し倒される時にはずれ佐藤さんに踏むつぶされた。眼鏡の残骸は少し離れたところに無残に転がっている。
「誰だか分からないのに殺そうとしてたの……まあいいや。とにかくここだと誰かに見つかると面倒だし落ち着いて話せる場所に移動しない?」
佐藤さんはしばらく悩んだが僕の提案を了承した。僕らは24時間営業の近所のファミレスに向かった。
深夜のファミレスは人が疎らで聞かれたくない話をするにはちょうど良さそうな場所だった。僕らはドリンクバーを注文し、向かい合うように席に座っていた。お互い自分の元にある飲み物をちびちび飲み沈黙のが続いていた。ファミレスに来る道中会話がなかったせいで話すのが気まずいがこのままでは埒があかないため僕から話を切り出した。
「佐藤さんはなんで殺そうとしてたの?」
「ゴホッゴホッ。いきなりっ……」
聞くタイミングが悪く気道に入ったのか佐藤さんがむせてしまった。少し罪悪感が沸いたがさっきは僕も気道を塞がれていたのでお互いさまだ。
「ごめん。むせちゃって。少し長くなるけど……」
佐藤さんは犯行動機を語り始めた。簡潔に話すと動機は度重なるストレスによるものだった。周囲から完全無欠な美少女というイメージを持たれていた佐藤さんはそのことを重荷に思っていた。だがその事を相談できる人はおらず彼女の精神は日に日にすり減っていた。そしてそれが限界を迎え今回凶行に及ぶに至ったそうだ。
話し終わった彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。話していて今まで心の奥底に溜まっていた感情がこみあげてきて止められないみたいだ。どんな人にも変わらず明るい笑顔で接していた佐藤さんが裏でそんな悩みを抱えていたとは思わなかったので話を聞いて驚いた。そして彼女の悩みに誰も気づかなかったことにもやるせなさを感じた。
佐藤さんはしばらく泣き続けた。僕はかけるべき言葉が思いつかず彼女が泣き止むまでその小さく丸まった背中を無言で眺めていた。
「佐藤さんも色々大変だったんだね」
佐藤さんが落ち着いてきたのを見計らって再び声をかけた。話を聞いて最初に出た言葉がこれなのかと自分のボキャブラリーとコミュニケーション能力の乏しさに愛想が尽きそうになった。
「うん。いきなり泣いちゃってゴメンね。」
「いえいえ。少しでも落ち着いたのなら良かったよ」
実際、いきなり首を絞められ殺されそうになったことに比べれば泣かれるなんて大したことじゃない。店員さんが僕を見る目が少々厳しくなったのが辛いくらいだ。
「それで鈴木君。私の方からも聞きたいことがあるんだけどいいかな」
「僕に答えられることなら」
今度は僕が質問を受けることになった。まあ聞きたいことはおおよそ見当はつく。連絡先交換したいとかだったら驚くかもしれないけど。少々間が空いてから佐藤さんの口が開いた。
「なんで私って分かってから警察を呼ぼうとしなかったの」
予想通りの質問だった。本来なら異常なのだこの状況は。あの時、佐藤さんは僕を間違いなく殺すつもりだった。実際には僕は死ななかったがこれは立派な殺人未遂だ。警察に通報すれば間違いなく彼女は捕まる。未成年なので少年院送りだろうが実刑は避けられないはずだ。
だが現状通報するつもりは毛頭なかった。これは僕自身の個人的な事情なのだがあまり人に言いたい内容でもなかったので誤魔化すことにした。
「知り合いが捕まるのはあまり気分が良くないし、話を聞いたら許してもいいかなって思えたし」
「私は殺そうとしたんだよ!それも身勝手な理由で」
佐藤さんが声を荒げるのを何とかなだめる。少ないとはいえ他の客や店員がいるのでボリュームは抑えてほしい。ただ僕の理由が雑だったことが原因の1つなので責め辛い。佐藤さんは更に言葉を続けた。
「それにあの時……首を絞めてた時、鈴木君私に『ありがとう』って言ったよね。あれどういう意味?なんであの瞬間笑ってたの?」
そう言えば意識は朦朧としていたがそんなことを口にした記憶がある。笑っていたかまでは覚えていないけど。ここまでくると誤魔化すのも難しい。今度は僕の自分語りに付き合ってもらうことにしよう。
僕は佐藤さんにこれまでの自分の人生をおおざっぱに教えた。父と母、僕と妹の4人家族でこことは違うところに住んでいたこと。平凡な家庭だが家族は皆仲が良く学校でも友達もいてそれなりに幸せな生活を送っていたこと。中学2年のとき自分以外の家族が乗った車が事故にあい全員死んだこと。それからは父方の独身な叔父に引き取られこちらで暮らしていること。家族を失い様々な手段で自殺を試みたこと。それを叔父に全て止められ死んだ家族の分まで生きてくれと懇願されたこと。叔父が悲しむので自殺は諦めたこと。改めて話してみると中々に悲惨な過去を背負っているような気がする。
「だから僕は佐藤さんを恨んでいないよ。自殺できない僕を殺そうとしてくれたんだから」
清聴していた佐藤さんは話が終わるころには気の毒になるくらいに顔が真っ青になり小刻みに震えていた。殺そうとしていた良く知らないクラスメートから急にこんなエピソードを聞かされたのだ無理もない。僕はまた佐藤さんが話せるようになるまで待ってからまた話し始める。
「で、これからどうしようか」
なんだかんだ2人で話してるうちにもう腕時計の針は朝の3時を示していた。休日とは言っても佐藤さんの家族や僕の叔父さんが起きる時間に僕たちが部屋にいなければ流石に心配すると思う。
「確認だけど鈴木君は私を警察に通報する気はないの?」
「うん。ないよ」
通報するのは僕としても困る選択だ。学校に事件のことが広まれれば佐藤さんの知り合いに難癖付けられて何されるか分かったものではないし、何より叔父に知られれば僕がまた関節的に死のうとしたことがばれてしまう。それに学校での癒しとも言える存在がいなくなるのも少し残念なのも理由として挙げられる。
僕が迷うことなく言い放つと逆に佐藤さんの方が困惑したようで少し悩んでいた。また沈黙が続くと困ると思っていると佐藤さんは真っ直ぐ僕の目を見て再び口を開いた。
「鈴木君は私に何かしてほしいことないの?」
どうやら佐藤さんは僕に何らかの形で償いをしたいらしい。僕を殺しかけた彼女の感性は今まで話を聞く限り一般人のそれとそこまで大差ないと思う。危害を加えた分の損害を何らかの形で補填したいと考えることは不自然ではない。僕としては先ほどの殺人未遂事件の再開が望ましいが佐藤さんのファミレスに来てからの言動や行動から考えるにそれは難しいだろう。
「じゃあ今日あったこと全部秘密にして」
「そういうことじゃなくて……高校生だからなんでもできるわけじゃないけど私ができることならなんでもするよ」
彼女に真正面からそう言われ平静を保てる男が世にどれだけいるのか。男子がクラス学年関係なく毎日のように告白しては次々玉砕していくのも納得できる。
ただ2人が納得する条件を見つけることはけっこうめんどくさい。なんでもと言っても高校生に出来ることなんてたかが知れている。その中で被害と釣り合うとなると更に難しい。
まず最初に思いついた金銭面では叔父に育ててもらっている身ではあるが家族から保険金を含めた遺産を相続しているため大学まで行けるくらいまでには不自由していない。それにお金を受け取っていたことがばれれば今度はこっちが脅迫で警察のお世話になりかねない。
しばらく悩んでいると最近叔父が僕にうるさいくらい口にする言葉が頭によぎった。少し考える。これはいいかもしれない。そうすると確認しなくてはいけないことがある。
「いきなりだけど佐藤さんって彼氏いる?」
「えっ? い、いないけど」
突然の質問に驚きながらも佐藤さんは濁すことなく答えた。その回答で僕のしてほしいことも決定した。
「だったら佐藤さんが僕の彼女になるってくれるってあり?」
予想していなかったのか佐藤さんはちょっとの間呆然としていた。
「やっぱり難しいかな」
「いや、ちがくて……鈴木君ってあんまりそういうことに興味ありそうに見えなかったから」
「僕も男子だから恋愛に関心くらいあるよ」
正直言うと佐藤さんの予想はおおよそ当たっていて僕自身恋愛をしたいとそこまで思っていない。叔父がもう高校生なんだから彼女の1人や2人つくれと顔をあわせるたび口癖のように言ってくることが疲れるため止めたいのである。まあ佐藤さんは美人なので僕の中に眠る下心が多少なりとも働いたのかもしれない。
「分かった。それで鈴木君がいいなら」
「うん。じゃ決まりってことで」
ファミレスを出るころには空は明るくなりはじめていた。名目上彼氏になった僕は佐藤さんを家まで送ることにした。しばらく歩くと佐藤さんがもう近いから大丈夫だと言い僕たちはそこで解散することになった。
「じゃあね佐藤さん。」
「うん。また高校で」
こうして深夜の男子高校生殺人未遂事件からはじまった一連の出来事は一旦終幕を迎えた。これからの学校生活は少し騒がしくなるかもしれないと思いながら僕も家に向かって歩き始めた。
本作を読んでいただきありがとうございました。