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来訪者元カノ

 学園祭が始まった。

 昨日の件は記憶から消して、とりあえず接客に集中した。幸い、他の誰も焼きそばをやるゼミはなく、それでいて呼び込み効果もあってか人が絶えず売れ行きは好調だ。


 好調なのはいいことだが、問題は作るスピードが追いついていないことだ。


 ここまで、人気が出るとは誰も思っていなく今のホットプレート二つ体制では間に合わない。

 という訳で、急遽ホットプレートの数を倍にした。真理音達調理組にはしんどいことだろうが頑張ってもらうしかなかった。


「星宮。天井に掲げてあった看板ってあんたが作ったの?」


 ひとり席に座りながらプラスチック容器に入った焼きそばを食べる斑目が口にした。机の上には焼きそばが九つ積まれている。


 俺達のゼミは屋台としてだが、食べる場所も提供している。もちろん、持ち帰りも可能だ。


「そうだけど。どうかしたのか?」


「ん、それなら、センスないわねって思ったのよ。ピンク一色じゃない。もっと、華やかにしないと」


「う、うるせーな。いいだろ」


 ドキリとした。昨日、無意識の内にピンク色のマーカーを手にし、気づけば完成していたのだ。もちろん、真理音のせいではない。全て俺がやったのだ。


「そ、それよりも、そんなに食ったら太るぞ」


「女の子に向かってなんてこと言うのよ」


「いや、ひとりで焼きそば十個とか太るか腹壊すだろ」


「真理音が作ってくれた焼きそばなのよ? 食べなきゃ損でしょ!」


 うーん、嬉しそうにしてるから言い出しづらいけど全部真理音が作った訳ではないんだよなぁ。他の子も作ってくれてるし。まあ、本人が知らないで幸せなら黙っていよう。


 その時、新規のお客さんが入ってきたからと呼び出された。対応をするためにバイトで培った営業スマイルで向かう。


「いらいっしゃま――」


 しかし、その営業スマイルは一瞬にして凍りついた。


「あ、マナくん!」


 琴夏だった。


 大きく心臓が一度跳ねた気がした。琴夏と会うのはテニスの応援に行った日以来。あの日のことを思い出すと足が動きづらい。

 でも、もういつまでもそれじゃいけないと分かってる。琴夏と普通に接することが出来るようにならないとダメだ。未練なんて感じないようにならないとダメなんだ。


「お、おー、いらっしゃい。店内でお召し上がりですか?」


 よしよし、先ずは良い出だしだ。笑顔も崩れていないと思うしこの調子でいこう。


「うん。そのつもりなんだけど空いてるかな?」


「大丈夫だから案内する」


 琴夏の友達だと見える二人も連れて四人席に案内する。それから、出来上がった焼きそばと紙コップに注がれた水を運んだ。


「どうぞ」


「ありがとー。ここにマナくんがいるって知らなかったからびっくりしちゃったよ」


「まあ、パンフレットにも看板にも誰がいるかの名前は書いてないから」


「もー、相変わらず変な返しばっかり。そこが、面白いんだけどね」


可笑しそうにしながら、笑顔を向けられる。


「まあ、こんな奴だから」


「今日はね、この前、合コンに来てた子が誘われたから来たんだ。覚えてるかな?」


「いや、まったく、これっぽっちも覚えてない」


 あの日は琴夏に久しぶりに会ったことと真理音に会いたいと思っていたことしか頭にない。誰が来てたのかも翔と琴夏しか記憶にない。


「もー、女の子にそんなこと言うのはダメなんだよ? 傷ついちゃうんだから」


 確かに、それは一理ある。真理音に声をかけられた時は気にしなかったが覚えられていないということはあなたに興味がないと言っていることと同じだ。あの頃から既に好意を抱いてくれていた真理音にとってはひどく悲しい言葉だっただろう。これからは、気をつけて言葉を選んでいかないと。


「マナくーん、聞いてるー?」


「え、な、何?」


 いけないいけない。今は接客に集中しないと。


「もー。マナくんの仕事が終わったら一緒に学園祭回ろうよ、って言ったの」


「……っ、や、それは――」


 真理音はきっと今、この後のことを思って頑張っているはずだ……と思う。だから、真理音を優先することが当然のこと。でも、琴夏のことをきっちりと諦めるためにも一度ちゃんと話をしたい。俺の何がいけなかったのかを知りたい。


 本来なら、すぐに断るところをこうして渋ってしまうのが最もダメな部分だと思う。もし、それで、琴夏に浮気されたのだとするならば同じ道を辿らないためにも真理音との約束を選ぶべきだ。


 そうだ。それに、俺は真理音のあの楽しそうにしていた表情をもう壊したくない。ちゃんと笑っていてほしいんだ。


 花火の時の二の舞にならないように断ろうとした時、はっきりとした力強い大きな声が響いた。


「星宮! お水なくなったから注いで!」


 斑目だった。紙コップをひらひらと泳がせながらいつもの鋭い瞳で睨みをきかしてくる。


「悪い。呼ばれたからいってくる」


「あ、うん」


 結局、琴夏への返事を曖昧にしたまま俺は逃げるような形で斑目のもとへと向かった。


「……サンキューな」


「あんまり手間かかせるんじゃないわよ」


「……悪い」


 その後も、何かと斑目に呼ばれこき使われた結果、琴夏達の対応は他の人が受け持っていた。

 きっと、彼女なりの気遣いなのだろう。聞いているだけだと嫌われそうな偉そうな口調だが優しさが伝わってくる。


「マナくん、美味しかったよ。ごちそうさま」


 食べ終えて、教室を出ていく直前に琴夏から言われる。


「俺が作った訳じゃないけどお粗末様でした」


「あのね、マナくん。今度ね、高校で同窓会が行われるんだけど知ってる?」


「……いや、そんな話聞いたことなかった。初耳」


 卒業してからこれっぽっちと言っていいほど誰とも連絡を取っていない。連絡先は知っていても肝心の連絡を取り合っていないのだから自然的にそういう報せは回ってこないのだろう。


「でも、興味ないし行かないかな」


「えー。マナくんも来てよー。楽しいと思うし久しぶりにゆっくり話したいからさ」


「……考えとく」


「行くって決めたら連絡して。はい、これ。私の連絡先書いといたから」


 一枚の紙を渡される。


「分かった」


「じゃあ、またね」


 そして、琴夏は手を振って教室を出ていった。最後にいつものように好きになった笑顔を残して。

お読みいただきありがとうございます。

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