プロローグ
満天の星の下、セルドリック・オルポートは焚き火にあたっていた。
パチパチと音を立てて燃える炎を眺めながら、セルドリックは自分の未来について考える。
彼は冒険者と成るべく、五年余りもの年月を修行に捧げてきた。そして、今日は修行の総仕上げとして自らに課した、<魔猪>(フェルス)退治を成し遂げた。今はその帰路の途中である。
最終課題として掲げた<魔猪>退治を終えた彼は、当然これからの冒険者としての活躍に胸を踊らせる。然し、それと同時に不安も多く、その不安の数々に頭を抱えていた。
彼の不安は主に三つ。冒険者として生活してゆくだけの稼ぎを得られるか、冒険者としての義務を果たす時が来た時に剣を振るうことができるか、そして…
「助けてー!!」
遠くから女の子の叫び声が聞こえた。セルドリックは声のする方向へ顔を向け立ち上がる。
「誰かー!!」
叫び声が近付いてくる。目を凝らすと、彼の目には彼と同年代くらいの<ビューマー>の少女が、何かから逃げているのが映った。そしてその背後には<魔羊>(アリエース)が彼女目掛けて突進している。
「こっちだ!」
少女に向けて声を張り上げる。
少女は彼に気付いたようで、進路を変え、彼目掛けて一直線に走り出した。
セルドリックは腰元に吊るした剣の柄に手を掛ける。次第に少女が近付いて来る。<魔羊>は勢い良くその後を駆けている。
(一撃で仕留める!)
そう思うと同時に、自然と柄を握る手に力が入る。
「右へ!」
彼が叫ぶと、少女は返事をしないまでも、頷いた。
ドドド、と地響きを上げ<魔羊>は近付いて来る。彼はスッと剣を抜き、叫ぶ。
「来い!」
少女が彼の左側をすり抜ける。と同時に、彼の眼前には<魔羊>が迫っていた。
「<灼熱剣>(バーンブレイド)!」
そう叫びながら剣を振り被る。中空の刀身は赤く燃え上がっていた。
(今だ!)
彼は力の限り燃え盛る剣を振り下ろす。見事に彼の剣は<魔羊>の眉間を切り裂き、<魔羊>は断絶魔を上げながら倒れ込んだ。
セルドリックは倒れた<魔羊>を見下ろし、まだ息があるのを確認すると、剣を首元に叩き込んだ。眉間の裂傷からは炎が上がっている。
「大丈夫?」
彼が振り向きざまに声を掛けると
「ありがとう!」
と少女は息を切らしながら返した。
彼は、少女のもとへ駆け寄り、座り込んだ彼女に手を差し出す。
「ありがとう、助かったわ」
手を握り、立ち上がりながら言う。
「アイリス・アスリンよ」
少女は微笑みながら堂々と言い放つ。セルドリックがポカンとしていると
「名前よ!あなたは?」
「セルドリック・オルポート。よろしく」
「ふーん。じゃ、セドね」
「セド?」
「ニックネームよ。セルドリックって長ったらしいわよ」
フンッと胸を張る。
「ところでアイリス、君は何でこんな時間にこんな所に居るんだい?」
「アナトリ王国からちょっと、ね。セドこそ何でこんな時間に焚き火なんかしてたのよ」
「俺は修行をしてて…」
「修行ってなんの?」
「剣だよ。冒険者になろうと思って修行をしてたんだ。」
「ふーん。じゃ、私がパーティーに入ってあげる」
「え?」
突然の提案にセルドリックは唖然とする。
「だーかーらー、私がパーティーに入ってあげるって言ってんの!私こう見えて白魔術師で、冒険者なの」
彼は言葉が出ない。
「それじゃ、街へ帰りましょう。ナルダール連邦の住民よね?」
どうやら、パーティーが組めるかという、彼の三つ目の不安は解消されそうである。