8 幼馴染にどきりとする
テイクアウトのフードを食べて回るというウラランの案は、なかなか効果的だった。
ウラランは熱々の小籠包を、がぶっとおいしそうにかじっていた。
「うん、肉汁が口の中に入ってきておいしいです!」
「そっか。肉汁で火傷するなよ」
「すでに火傷しちゃってます」
「命知らずのバカかよ!」
「でも、熱々のたこ焼きと同じで、こういうのは火傷の覚悟をしてでも食べるほうがおいしいんですよ」
「言いたいことはわかるが、リスクが高いな」
「はい、悠太さんも一個どうぞ」
つまようじに刺さった小籠包をウラランはこっちに向けてきた。
少し、たじろいだ。
「あれ、どうかしました? 火傷が怖いですか?」
「いや、それも当然あるんだけど、その……『はい、あ~ん』みたいなのをやられるの、恥ずかしいな……」
これは幼児期に母親に離乳食とかでやられるのを除けば、まさしく彼女だけにやられるものだ。
「ちょ、ちょっと……。そういう変な意識をするのはダメですよ……。私まで恥ずかしくなってきちゃうじゃないですか……」
ウラランも俺の言葉ですっかり意識してしまったらしく、視線を俺からちらっとそらした。
「悪い。今のは俺のほうの責任だ……。中止してくれてもいい……」
「いいえ、それだと特訓にならないですから。ほら、食べてください。あ、あ~ん……」
よし、平常心、平常心。相手は白石さんじゃなくて、ウラランだ。
俺はウラランから差し出された小籠包を口に入れた。
できるだけ慎重に口の中で皮を破ったが、やっぱり熱かった。
後ろから女子大生らしき二人組が「あの金髪の子、かわいい」「妖精みたいだね」と言っている声が聞こえてきた。
うん、妖精も精霊のカテゴリーに入るから正解なんだよな。
あまりにも付き合いが長いのでマヒしているが、ウラランもちゃんとかわいくはある。
言動がいちいちアレなので、だいぶ損をしているが。
もしかして、話し相手がずっと男の俺ばかりだからだろうか?
ほかにも実体化してる時は俺の両親ともしゃべる時があるが、それは親としゃべるみたいなものだから遠慮も生まれないしな。両親もウラランのことは自分の子供のようなものと思っている。
実体化して、俺の妹ということにして、ちゃんと学校に通っていれば、年頃の同性の目も異性の目もあるから、もっと上品になったかもしれない。
「どうしました?」
ウラランが考え事をしている俺にくりくりした大きな目を向けてきた。
「火傷でもしました?」
「火傷もしかけたが、そういうことを考えていたわけではない……」
ウラランに隠し事をするのは無理だしな。
「ほら、ウラランも学校に通ったりしたほうが楽しかったのかなって思ってさ……。普段話す奴が俺とその家族ぐらいしかいないだろ」
「も~。何言ってるんですか」
笑顔でウラランは俺の憂いを吹き飛ばした。
「私は守護霊なんですよ。ご主人様……悠太さんの横にいなきゃ仕事になりませんよ。商売あがったりですよ」
「商売あがったりはおかしい」
「と~に~か~く、私はこのままで幸せですから、そこは気にしないでください。はい、次はあっちでたこ焼きの屋台あったから行きますよ」
「本当に火傷しそうなフードつながりで攻めるのかよ……」
ウラランは俺の手を引いていく。
「でも……悠太さんが私のことを考えてくれているっていうのは、なかなかうれしいものですね」
ウラランはつぶやくそうに小声で言った。
その時の顔はウラランが前を歩いてるせいでよく見えなかった。
たこ焼きはソースと青のりとかつおぶしのかかった、こてこてのあの味だったが、こてこてだからこそ安定したおいしさがあった。
「うん、何度も食べたことがあるけど、それがいいですね」
「ヨーロッパ生まれの精霊が食べ慣れてるのもおかしな話だけど……お前の場合は特別だしな」
「ちなみに1970年代頃までは、姫路付近でたこ焼きを注文すると、出汁に入れて食べるいわゆる明石焼きが出てきたそうで、ソースをかける今のたこ焼きは祭りの出店ぐらいでしか目にされなかったそうです。たこ焼きが広まったのもけっこう最近ですね」
「日本人の俺でも知らないトリビアを出すな」
しかし、ウラランが特訓だとかいうから、いったいどうなることかと思ったが――
たんなる楽しい休日だな。
仮に白石さんとデートすることになっても、これぐらいいつも通りの気持ちで接したほうが彼女を楽しませることができるかもしれない。
しかし、何かが引っかかるんだよな。
ウラランの場合と、白石さんの場合(白石さんの場合は想像でしかないけど)とでは、根本的に違うものがあるような……。
あっ、そうか……。
さっきウラランは俺の手を引っ張って、たこ焼きを食べに来た。
「あれ、なんか暗い顔してますね。財布でも落としましたか?」
「それだったら、もっとあわてふためく。ほら……さっきから、俺、ウラランのほうにエスコートされてない?」
ウラランもたこ焼きをくちゃくちゃやりながら、そのことに気づいたらしい。
「女子のほうからどんどんリードしてくれるなら、そもそも特訓などいらんだろ! ていうか、特訓になってないだろ! お前と付き合って、食べ歩きしてるだけだ!」
「それもそうでした……。じゃあ、ここからは悠太さんが連れていってください。それで私が採点します」
連れていけって、なにげに難しいよな。
デートで行く場所というと、おしゃれでいい雰囲気になるところであるべきだ。
たとえば、どこだ……?
ジャズバーとか……? 未成年は入れん気がする。あと、ジャズなんて何一つ知らん。
同様におしゃれな喫茶店なんかも、こいつ慣れてないなというのがすぐに露見しそうでリスクが高い。あと、そんな店に向いてる話題を提供できなければ無意味だ。
雰囲気を変えるなら立地条件を変えるか。
「よし、わかった。どこに行くか決めた」
「本当ですか? 悩んでるなら、サイコロを振って出目で決めてもいいですけど」
ウラランはサイコロを手に乗せていた。
「なんでそんなもん、用意してんだよ……」
こいつもデートの特訓ってこと忘れてるんじゃないか?