7 デートの特訓
休日の朝、俺は繁華街の最寄り駅の駅前に立っている。
目の前には繁華街へ向かう横断歩道。この信号がけっこう長い。気長に待とう。
俺の住んでいる街は県庁所在地の繁華街からもそんなに遠くない。
人口も百万人以上いるので、東京には当然かなわないが、決して田舎でもない。買い物に困るようなことはない。
俺も幼い頃からたびたび来ている。今日も、同じ高校の奴もけっこう遊びに来ているだろう。
ただ、今日の俺は友達と一緒じゃなかった。
「よーし、しっかり、レクチャーしますからね、ご主人様!」
ウラランと二人で来ている……。
ちなみにウラランは、精霊の制服とも言えるいつもの水着やレオタードが混ざったような服装ではなく、女子高生の制服みたいな姿だった。服を自在に変形させるぐらいは、ウラランは簡単にできるのだ。
うん、いつもの服で実体化されると、コスプレにしか見えないし、最悪の場合、国家権力の方々から職務質問をされる危険もある。もはや特訓どころではない。
しかし、これですべての問題が解消したわけではなかった。
「ウララン、その『ご主人様』って呼称、やめろ。目立ちすぎる。メイド喫茶の店員さんと同伴出勤してるみたいに見える」
俺は声のトーンを落として、囁くように言った。ちなみにこの繁華街にはメイド喫茶もある。
「なるほど。わかりました、魔法使い様」
「それも却下! もっと異様な感じがする!」
小さく、ウラランは咳ばらいをした。がらにもなく、緊張しているらしい。
「わかりました……。では……悠太様」
こいつ、わざとやってるのか? 根本的なところが解決してない。
「ウララン、様付けは変だろ……。お前は財閥の家に勤めるメイドじゃないんだから……」
同年代の異性に様付けというのは、どことなく犯罪も香りもする。よろしくない。
俺の言ってることは理解できるようだが、ウラランは抵抗があるようだ。表情がぎこちないし、ためらいが見られる。
「ですが……ご主人様は腐ってもご主人様ですし……」
「腐らせるんじゃねえよ。様付けじゃなかったら、三浦君でも悠太君でも何でもいいから!」
肝心なところで敬意が込められてないぞ。
「わ、わかりました……。ゆ、悠太さん」
「うん、それでいい」
俺は合格の意味で首を縦に振った。
ちょうど、信号も青に変わっている。
「じゃあ、渡るぞ。目的地は知らないけど、少なくとも繁華街のほうには行くんだろ?」
「はい、そのつもりです」
と、ウラランが俺の手を握ってきた。
「ほら……今日は女子とデートができるようにするための特訓ですから……」
顔を赤らめて、視線をそらせてウラランが言った。
「そ、そうだな……。特訓だもんな……」
俺も手を握られたせいで、少し照れてしまった。
ウラランも黙っていれば、かわいいからな。もし、高校だとかで初めて出会ったら、恋心を抱いていた可能性もなくはない。
……いや、でも性格がこのウラランのままだったら、ないかな。
「あの、なんか失礼なことを考えませんでしたか?」
察せられてしまった。なにせ、実体化してても精霊だからな。
「いや、お前は性格はアレだけどかわいくはあるって意味だから、基本的に肯定的な考えだ」
「……かわいいって思ってるなら許しましょう」
ウラランは頬を少しふくらませたが、納得してくれたようだ。
●
まずウラランが連れてきたのは――
駅から五分ほどのところにある中華街の入り口だった。門の横にパンダの置物がある。
「ここか。まあ、観光ガイドには載ってる観光地ではあるけど、地元民が遊びに来るところではなくないか?」
大通りに並んでる店も観光客用の店が多い。
店に詳しい地元民は大通りから一本路地に入った、目立たない店のほうを選んだりする。そっちのほうに地元民しか知らないやけにレベルの高い店があったりするのだ。
「ごしゅ……悠太さん、その解釈が甘いんです」
ドヤ顔で腕組みしながら、ウラランは大通りのほうを見つめていた。
「よ~く見てください。大通りの両サイドに特徴的なところがあるでしょう?」
「ああ、テイクアウトフードの露店が多いな」
観光地なだけあって、水餃子だとか肉まんだとか小籠包だとかゴマ団子だとか、そういう食べ歩きできるようなものを売っているところが並んでいる。
「そこですよ、そこ! デートでお店に入って落ち着いてしまうと、話題作りとかでも困ったりするじゃないですか。でも、食べ歩きなら会話もはずみやすいですし、街を歩くだけでもアトラクション感があります! つまり、デートを簡単に楽しい雰囲気に持っていけるんです!」
これはいい。それに白石さんだって地元民だから、かえってこういういかにもな観光地にはあまり来てないだろう。だったら、それなりに新鮮に映るはずだ。
俺はウラランの頭を撫でた。
「その発想はなかった。マジで助かる」
「どうですか? 頼りになるでしょ――って、何をしてるんですか!」
ウラランが顔を真っ赤にして抗議してきた。
「えっ? ああ、頭を撫でるのってデートでもNGだよな。心配しなくてもデート本番だったらやらん。ウラランだったらギャグの範囲で収まるかなって」
髪を触られて喜ぶのはよほどその相手にベタ惚れしてる女性だけだと、どこかで読んだことがある。そりゃ、髪をべたべた触られたら不快だよな。
「ああ、その程度のTPOはあるんですね――って、私だったら触るんかーい!」
ちょっと、今のノリツッコミぽかったな。
「いいですか? きょ、今日は私を彼女だと思って接してくれないといけないんですからね! いつものウラランって扱いはやめてください! 特訓になりませんから!」
「わかった。そこは気をつける」
「でも……もうちょっとだけ撫でてください。……許可します」
少しウラランが顔を近づけてきた。
女心というより、ウラランの考えてることがわからんなと思いながら、俺は幼馴染の守護霊の頭を撫でた。