6 ウララン、白石さんを調べる
翌日も隣の席の白石さんは恐ろしいほどに可憐だった。
何の変哲もない教室であるはずなのに、白石さんの周辺だけが特別な場所に見えてくる。
白石さんの付近のみ空間が歪んで、どこかの貴賓室のように見えてくる。
俺の席と変わらないはずの机も、北欧製の高級家具のような気がしてくる。
正直、畏れ多くて、まともに白石さんを見つめることもできない。
そしたら、ウラランが『ご主人様が恋する乙女になってどうするんですか』と心の声で言ってきた。
『だから、じろじろ見るわけにもいかないし、問題はないだろ』
『ふ~ん。そんなにあの人がいいんですかね~。デュラハンみたいに首がはずれるわけでもないし、アシュラみたいに手が何本もあるわけでもない、普通の人間ですよ』
『デュラハンだったりしないから、好きになれるんだよ!』
手の本数が多い奴のほうがモテるみたいな価値観や文化などはない。
『ちょっと観察してみますか』
ウラランは精霊で自分が目につかないのをいいことに、白石さんのほうに近づいていった!
『おい! やめろ! 俺はそういう反則みたいな方法で白石さんのことを知りたいわけじゃない!』
心の声でウラランを止めようとする。
『ご心配なく。ご主人様が私に命令して、この人を調べさせたりしたら問題かもしれませんけど、これは私が個人的な興味で調べてるだけですから。女子がほかの女子のほうに近づいたという以外の意味はありません』
ウラランはいたずらっぽい顔をこっちに返してきた。俺のことを聞く気はないらしい。
守護霊を魔法で拘束することは可能だが、危害を加えようとしたりしてるわけでもないし、強制的に止めるほどのことでもないのも事実だ。
そもそも、精霊というのは人間に興味を持ってやたらと観察してきたり、人間のいるところにいちいち現れたりするものなのだ。
日本の精霊だと、座敷童なんかがそうだ。直接この目で見たことはないが、わざわざ人間の家に住みつく精霊なのだろう。
だから、ウラランの行動もその一環と言えなくもない。
だとしたら、あまり強く規制するのもおかしい。
俺はウラランを守護霊として使役している立場にある。ウラランが俺を「ご主人様」とメイド喫茶の店員さんみたいな呼び方で呼んでくるのもそのせいだ。
でも、それはかなり形式的なもので、四六時中、ウラランが俺に仕えているわけではない。中には自分の守護霊に絶対服従をさせてる魔法使いもいるだろうが、俺の場合は友達だとか幼馴染ってところだ。
おそらくだけど、俺の父親が幼いうちに守護霊を手に入れさせようとしたのは、自分の家臣みたいに守護霊を使う関係性にさせないためだったんじゃないだろうか?
魔法使いとしてそれなりの力量になってから守護霊を手にすると、守護霊との関係は支配と服従という縦の関係になりがちだ。
魔法使い同士で戦争をしているような時代なら、そういう関係も必要だったかもしれないが、魔法使いがさびれかけてる伝統芸能みたいに細々とその技術を継承してるだけの時代に、そんな上下関係は無意味だろう。
なら、友達を作る感覚で守護霊を手にしてほしい――そう父親は考えたのだと思う。
こういうことは言葉にするとクサくなるので、父親にも直接聞けてはいないが。
『うっ! この人、精霊の私より髪がさらさらですね……。何か悪い魔法でも使ってるんじゃないですか……』
なんか失礼な心の声が聞こえてくる……。
『しかも、やけにいい香りがしてきますね……。この人、何者ですか? 魔性の女? いわゆる魔女?』
『おい、俺のクラスメイトだぞ。言葉を選べよ!』
だんだん、白石さんに何かしでかすのではないかと不安になってきた。
『すみません、ほら、己を知るにはまず敵からって言うじゃないですか~』
『逆だよ、逆!』
それだと、敵がいる奴しか自分のことを分析できないぞ。
『しかし、参考になりますね。そうですか、ご主人様は銀髪キャラが好きなんですね。私みたいな金髪キャラはあんまりヒットしないんですかね?』
『クラスメイトにキャラって表現を使うなよ!』
そこはかとなく失礼を重ねている気がする。
自然と、俺の視線は白石さんのほうに向いてしまう。
厳密には白石さんのそばにいるウラランが余計なことをしないか見ているのだが、白石さんは「三浦って男子、ちらちらこっち見てきてるな」と認識しそうで危うい。
こっちに不審の目を向けてきたりしてはいないから大丈夫だと信じたいが。いや、そんな目を向けられた時点で完全に恋としては終わってしまっている……。
「三浦、お前、また気が散ってないか?」
英語教師の牧野に二日連続で目をつけられてしまった!
「お前、この教室に幽霊でもいるみたいに、あっちこっち見てる気がするぞ。授業には集中しろ」
まあまあ正解に近い。この英語教師、案外洞察力が高いな……。
牧野に次の箇所を読めと言われたので、俺はまたネイティブ顔負けの発音で読んでやった。
昨日に続いて、「三浦君って英語すごいよね」「割と海外が長かったらしいぞ」といった声が聞こえてきた。そんなに間違ってもない。
ただ、白石さんは無表情で教科書とノートを開いているだけだった。
白石さんに注目してもらえないんだったら、当てられ損だな。
そんな白石さんをウラランが至近距離でじろじろ観察していた。
『とくに化粧もしてないのに、この白さはすごいですね……。もはや雪女の末裔!』
だから、あまり失礼な表現は使うな。
しばらくすると、ウラランがこっちに戻ってきた。
『白石さんは人間でした』
『うん、知ってる』
こいつは俺を何だと思っているんだ……?
『てっきり、エンチャントだとかテンプテーションだとか呼ばれる、相手の精神を支配する魔法でも使ってるのかなと思ったんですが、そんな様子もありませんね。素の魅力だけでご主人様の注意を引きつけてるんですね』
『だから、お前、失礼だぞ』
ウラランの出すぎた真似により、白石さんが魔法使いではないということだけははっきりした。
『だとすると、やはりご主人様は単純に男を磨いて、白石さんに興味を持ってもらうべきですね。私も特訓のしがいがあります!』
次の休日、一日つぶれそうだな……。