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5 ウラランの好きな食べ物

「では、映画がダメでも文句なしのデートができるように、私がご主人様を特訓しましょう!」


「はっ?」

 俺は真顔になった。わけのわからないことを言ってきたので、そういう反応にもなる。


「あの、ご主人様、冷たくないですか? あと、せめて『えっ?』って反応してくださいよ。『はっ?』は多少、イラついてるニュアンスがあります」

 ウラランが細かいことを指摘してきた。

 お互いに言いたいことはその場で言うので、結果的に風通しはいい。


「いや、お前が特訓するとか言ってきたら、何言ってるんだって気持ちにもなるだろ。だって、お前、自動的に恋愛初心者じゃん。恋愛経験ないじゃん。彼氏いたことだってないだろ」


 ウラランは俺の守護霊を十年ほどやっている。

 ウラランの生まれた年ははっきりとはわからないものの(どうも、親がいてそこから生まれるというよりは、魔力の高い森から突然出てくるらしい)、俺と同じように見た目も変わっているので、俺と大差ないと思われる。


 だったら、極めて高い確率でウラランは誰かと付き合ったことはない。


 俺が守護霊の動向を四六時中監視しているわけではないが、いくらなんでもデートで半日留守にしてますなんてことはないはずだ。

 というか、守護霊がデートする相手って誰なのだろう……? 日本にも精霊はいるはずだが……。


「ご主人様、その言い方はひどいですよ。彼氏がいたことがなかったって、恋愛はできます! むしろ、好きな人に好きだって伝えられなくて悩んでる状態が恋じゃないですか!」

 なんかウラランが正論を言ってきた。


「それは一理あるけど……じゃあ、ウラランは誰かを好きになったってことはあるのか……?」

 主人でありながら、守護霊のことを全然把握できてなかった。これについては反省したい。


「そ、そ、そ、それは……」

 やけにウラランの頬が赤くなった。俺に伝えるのも恥ずかしいようだ。


「言いたくないです……。プライベートな問題ですから……。ご主人様といえども……教えられません……」

 それもそうか。たとえば、俺が会社の社長でも、社員の家での過ごし方を知ることはできないだろう。


 まあ、強制的に答えさせることも、主人だと魔法でできるんだけど……それは人として終わっているのでやめておこう。守護霊との信頼関係を築くのも、魔法使いの仕事みたいなものだ。


「わかった。聞かない、聞かない。永久に俺には言わなくていいから」

 多分、相手は同じような精霊なんだろう。精霊ってただのベッドタウンみたいなところにはいないと思うんだけど、ものすごく巧妙に隠れていたりするんだろう。


「それも困ります! 永久に言えないのも困ります!」

 今度はウラランはあたふたしだした。どういうことだよ……。


「俺、別に守護霊を完全に支配できないと満足しないっていうような性格じゃないから。お前の秘密は尊重するぞ」

「ああ! その気持ちはありがたくはあるんですけど……と、とにかく、いつかは言います! これ以上ないほどのタイミングが来たら言います!」


 いったい、どんなタイミングなんだ……? 修学旅行の夜みたいに、順番に好きな人のことを発表するようなタイミングとか?


「まあ、ウラランに恋する乙女の部分があったのはわかった」

「ふぅ。ご理解いただけたようで、うれしいです」

 なんでほっとした顔になっているのか、よくわからないが、精霊なりのプライドみたいなのがあるのだろう。


「でも、デートの特訓なんてことはできるのか?」

 俺は怪訝けげんな顔をする。その点についてはいまだに謎だ。


「ご主人様、失礼ですよ。これでも、女子なんですから。何を女子が好むか、何を女子が幻滅するかレクチャーできるってものですよ」


 ドヤ顔でウラランは言った。理屈はわからんでもないが、精霊の価値観って、人間の女子の価値観とぴったり一致しているのだろうか……?

 むしろ、大幅にズレてると思う。


「ウララン、お前の好きな食べ物って何?」

 精霊も実体化するぐらいなので、食べることはできる。

 ヨーロッパでは、いつのまにか料理がなくなってたりすると、精霊に食べられたというらしい。大半は子供などのつまみ食いだろうけど、一部は本当に精霊が食べたケースもあるのだと思う。


「好きな食べ物ですか? 塩辛」

「ウララン、アウト」

 俺はグーにした右手をちょっと前に出した。

 野球の審判的なポーズである。


「ほかはとんこつラーメンの高菜と紅ショウガを入れまくったやつですね」

「ツーアウト。お前、真面目にやれよ……。俺は白石さんに振り向いてもらおうって必死なんだぞ……」


「だって、塩辛もラーメンもおいしいじゃないですか! おいしいことに何の違いもないじゃないですか! おじさんの好きそうな食べ物だとか考えるのは狭量だし差別ですよ!」

 なんか、今日のウララン、いつも以上に突っかかってくるな……。


「別に何が好きでもいいけど、デートでとんこつラーメンは食べに連れていけないだろ。それは付き合って二年目とかの、もはや腐れ縁みたいになってるカップルが行くとこだ……」


「じゃあ何ですか? マカロンだとか答えればいいんですか? あんなん、いまいち食べた気がしませんよ」

 ヨーロッパから来たくせに、ヨーロッパのお菓子をディスるな。


「こちらとしてはまさにマカロンだとかそういったかわいいもので、女子に好まれそうなものを教えてほしい」

 ラーメン大好きな女子もいるだろうが、白石さんがラーメン食べてる様子は想像できない。


「ふふん。ご安心ください。今度の休日、私がご主人様についていって、見事な指導をしてあげますよ。私を満足させられたら、合格です」

 また、ドヤ顔だ。こいつ、すでに教師面をしている。


「お前を満足させる方法だったら、とっくに知ってるから意味ないけどな」

 俺は頬杖をつくように、左手を自分の左のほっぺたに当てた。


「えっ……? ご主人様、そ、それってどういう意味ですか……?」

 なぜ、こいつはどぎまぎしているんだ?


「も、もしかして……私の気持ち……気づいて――」

「ウラランを満足させるんだったら、とんこつラーメンの店に行けばいいだけだからな。女心を学ぶ特訓にならないだろ」


「ああ、そういうことですね」

 ウラランが白けた顔をした。


 その日、夕飯の時間ぐらいまでウラランは機嫌が悪かった。

 たしかに女心って難しいから、学ぶべきかもしれない。

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