2 守護霊の妨害
『おい! 余計なことをするな!』
俺は守護霊のウラランにだけ聞こえる声で文句を言った。
厳密には声ではなく、テレパシーみたいなものを送っているのだが、やっていることは限りなく会話に近い。
なお、ウラランの姿は俺にしか見えない。普通の人間に守護霊は視認できない。守護霊の主人である俺が許可でもしない限り何もない虚空としか映らないだろう。
俺は小規模ながら魔法が使用できる魔法使いなのだ。普段はまったく使用してないが。守護霊がいるのもそのせいだ。
『余計じゃないですよ。守護霊の仕事はご主人様をお守りすることですからね! 何があろうとこのウラランがお守りいたしますので、ご安心ください!』
ウラランは胸を張った。
バニーガールっぽい要素もある服だから胸は強調されているのだが、決して巨乳ではないので、少しばかりみすぼらしい。
いや、ウラランも見た目は俺と同じ十六歳程度の容姿で、かなりの美少女なのだが、もう十年ほどの付き合いなので、さすがに変な気を抱いたりはしない。まあ、妹みたいなものだ。
『ふざけるな! なんで告白をさせないことが俺を守ることになるんだよ!』
『だって、女子とお付き合いをすれば、人間誰しも隙ができちゃうじゃないですか~。そこを三千年の眠りから目覚めた悪魔でも攻めてきたら大変なことですよ』
『そんな悪魔とやらが目覚めたのか?』
ウラランは何食わぬ顔で右手を左右に振った。
『いえ、たとえです。この百年以上、魔法使いの世界で大きなトラブルはありません』
じゃあ、何も問題ねえじゃねえか……。
「三浦君、いったい話って何……?」
白石さんが俺に声をかけてきていた。
しまった。白石さんにとったら、俺がずっと黙り込んで、しかもなぜか虚空を見つめているように感じられるだろう。
露骨にヤバい野郎である。まだ、興味のない奴から告白されるほうがマシかもしれない。
『ご安心ください。このウラランが誤魔化しますから! 詠唱支配!』
――と、俺の口が勝手に動いた。守護霊であるウラランもかなり高位の魔法使いなのだ。
「白石さん、黙り込んでごめん。……俺、ちりとりマイスターの資格を持ってるんだ。俺の華麗なるちりとりテクニックを見てくれよ」
何言わせてんだよ、こいつ!
俺はウラランに向かって、心の声でキレた。
『お前、誤魔化し方が下手すぎるだろ! なんだよ、ちりとりマイスターって! ニッチすぎて不自然なんだよ! せめて掃除マイスターとかにしろ!』
『だって、後はゴミを捨てて終わりですから、ちりとりに関する発言にしたほうが違和感がないじゃないですか~』
ふざけるな。ちっとも挽回できてねえよ!
それでもこのままじっとしていることはできないので、俺はちりとりを出して、白石さんにゴミを入れてもらった。
もはや告白できる空気ではなくなったし、またの機会を狙うしかないな……。仮に強引に口にしようとしてもウラランにまた妨害されるだろう。
「三浦君、ちりとり上手だね。ちりとりマイスターって実在するんだ」
「そ、そうだろ……。褒めてもらえてうれしいよ……」
とんでもなくしょうもないことで白石さんにウソをつくことになってしまった。はっきり言ってショックだ。
ちなみに白石さんの奥では、ウラランが『守護霊としていい仕事しました!』と一息ついた顔をになっていた。こいつ、帰宅したら説教してやる……。
●
帰宅を待たず、家までの帰路の途中にウラランに文句を言った。
どうせ、心の声で会話できるので、それで問題ないのだ。
『お前、二度とこんなことするなよ……』
『いいえ、ダメです。ご主人様に色恋を経験させることはできません』
俺の守護霊はそう断言した。
『なぜ、そう言える……? お前の仕事は主人を助けることだろ』
『私は日本の守護霊ではないですが、それでも精進潔斎とか禊という言葉は知っています。そういう概念は私のいた国にもありましたから』
『ああ、身を清めることで魔力を高めるってことか?』
たしかに色恋は魔力じゃなくても精神状態を不安定にさせるから、それをシャットアウトしておこうという考えはいろんな分野にある。
『はい。それと私がこの国で見つけた文献による知識なのですが――三十歳まで身を清めたままだと、偉大な魔法使いになれるのだとか』
俺は通行人もいない通学路で噴きそうになった。
それは三十歳まで童貞だと魔法が使えるとかいうネタだ!
まして、俺はすでに魔法使いだ。だから、守護霊だっているのだ。
ウラランは青春スポーツ漫画のキャラみたいに目をキラキラさせて、両手を握り締めていた。
『私、ご主人様をこの世界最強の魔法使いにしてみせますからね!』
『やめろ! そんなこと一切望んでない!』
ただでさえ、今の時代に魔法使いの価値などないのだ。
『いえ、世界最強は大変だから、日本最強でも。いや、この県最強でも。この都市最強でもいいかも……』
『どんどんスケールを落とすな!』
ウラランは俺の前に来ると、こっちの手をぎゅっと包み込むように握った。
『とにかく、ご主人様、立派な魔法使いになるよう手助けをしますからね!』
俺はその手を振りほどいた。
『いらん! 断る!』
くそっ! まさか魔法使いであるということが、ここまで告白に不利に作用してしまうとは……。
別に魔法を使ってのチートだとかは求めてない。とくに魔法で白石さんの心を左右するようなことは絶対にしないつもりだ。
俺は魔法じゃなくて自分の力だけで白石さんを振り向かせてやる。それでごめんなさいと言われたなら、その時は素直に引き下がる。自分を磨いて、うざいと思われない程度のスパンを空けて、一年後ぐらいに再び告白する。
だが、これでは告白そのものができない……。
何か手を打たないと厄介だな……。
『どうせ、私の裏をかこうとでも思っていますよね。ですが、ウラランも精霊のはしくれ、必ずご主人様をどこに出しても恥ずかしくない魔法使いにしますよ。この決意は固いですからね』
ウラランの瞳はそれなりに真剣だった。
『決意って……。お前もこんな魔法使いが活躍しづらい時代に守護霊にされて困惑してるかもしれないけどさ、普通にしてればいいんだぞ』
俺と守護霊と主人の契約を結んでしまったため、ヨーロッパから日本にまでウラランも来る羽目になったのだ。
『いいえ、今年の正月の抱負で、ご主人様を偉大な魔法使いにするって決めましたから』
『かなり最近じゃねえか!』
十年ほどの付き合いだが、ウラランと心の声で話していると疲れる。
守護霊ってここまでテキトーなノリの存在じゃないはずなのだが……。契約する時にミスったかな……。もっと、おごそかな奴にするべきだったかな……。
『あっ、ご主人様、車!』
ウラランの声。まさか、車が歩道に突っ込んでくるのか?
安全運転の車が俺たちの横をのんびり通過していった。
『別に危ない要素、なくないか……?』
『ご主人様、今の車、【月曜どうでしたか?】のステッカーを貼ってましたよ!』
ウラランが車を指差しながら言った。
本気でどうでもいい!
ウラランは終始こんな感じでゆるいのだ。
一緒に暮らしてて楽しくはあるけど、たまに面倒になる時もある……。
こいつももっと白石さんみたいに落ち着いた性格だったら、はるかにかわいく感じるだろうに。
いやいや……そんなウラランはかえって不気味だ。
と、いきなりウラランが俺に密着してきた。
え……? いったい何だよ、いきなり……。
ウラランの横を車が勢いよく通り抜けていった。通学路なのに、明らかにスピード出しすぎだ。
「す、すみません……。私、今の状態なら車には接触しないんですけど、なにせびっくりしちゃったもので……」
「ああ、いいんだ。あの車が悪いしな」
ウラランの体が密着しているけど、妹みたいなものだ、それでときめいたりはしない。
ただ、密着して気づいたけど、ウラランもいい香りがするんだな……。
次回は明日更新予定です。よろしくお願いいたします!