聖女と妖精、英雄と勇者
王都の冒険者ギルド『ギルドマスター』マクシムは先頭に立ち、受付嬢たちがいる受付の奥にある階段へ歩を進める。
王都だけあって大層美人な受付嬢たちから向けられる視線は、やはり王都を救っただけあって好意的な物が多い気がする。
「むぅ」
不満げに息を漏らしたレナの頭を撫でて、ノアは受付に備え付けてあるフェンスを開けたマクシムの背に続く。
しかし、好意的な眼差しが多数ある中で、不満げな視線が一つあれば気付くものだ。
ノアは足を止め、視線の持ち主を探す。
「どうかしたかな?」
不思議に思ったマクシムも足を止め、首だけ振り返るがノアは答えない。
「あれは……」
見つけたのは受付嬢の一人、カウンターに座っている獣人族の美女だ。頭に猫耳があり、小麦色のショートヘアはクセッ毛なのか緩く曲がっている。
隣に並んだマキシムがノアの視線の先にいる美女の姿に、思わずノアをからかうような笑みになる。
「おお、人気ナンバー1のナディア嬢だね。もしかして見惚れたかい?」
「いや、そういう訳じゃないですが、何か睨まれてる気がして……」
今も完全に睨まれ続けている。一応、自分の後ろを確認するが、誰もいない。
ノアは困惑していた。自分には睨まれるような覚えが全くないが、手を繋ぐ二人の幼女からジトーっとした目を向けられる。
「ノア……」
「あるじ……」
「と、とにかく行きましょう。早く任務について教えてほしいので」
「分かった。私の執務室はそこにある階段を上ればすぐだ」
* * * *
たどり着いた”ギルドマスター”マキシムの執務室は、意外と綺麗に片付いていた。ノアはヴァレールの元から去って最初に立ち寄った街、メルギスの冒険者ギルドギルドマスターの自室にも入った事があるが、そことは雲泥の差だった。
だが、そんな事はどうでもいいのだ。本当に驚いた事は別にある。
何と、中にいたのは依頼主でもある聖女ご一行だった事だ。
法衣型の純白のドレスに身を包んだフィリアは、目を見開くノアの姿に上品に口元を手で覆い、くすくすと肩を震わせた。
「……なんで、ここに……」
「マキシムさんに頼んだの。私が直接依頼を頼みたいけど、ノア君には内緒にしてって」
驚いたかな? と小首をかしげるフィリアに、ノアは呆れたような笑みを零す。
「だけど、まあムキムキなおっさんから説明を受けるよりはラッキーだな。一人、余計なのが混じっているが」
「……黙れ。お前はただの冒険者。本来ならこの方や俺と話すことすらおこがましい身である事を忘れるな」
「聖王国で決めた身分なんて俺が知るかよ、勇者(笑)」
フィリアが座るソファの背後、護衛として控えているロベリアに並び、もう一人純白のマントを着て背後に立つ者がいる。
それが勇者と称される青年レノスである。
彼はそのまま、腰に差してある青色の宝石が鍔にある綺麗な剣に手をかけ、ノアを睨む。
「お前がそのつもりなら、ここで決着をつけてもいいんだぞ?」
「はっ、お前程度じゃあ今の俺には勝てないよ。そんなことも分からないほど君は頭が悪いのかな?」
煽るようなノアの言動に、更に眉間に力を込めるレノス。両者の間に重苦しい空気が広がる中、マキシムがパンと手と手を打ち合わせた。
「ここは私の部屋なんだ。冒険者にとって喧嘩はそう悪い事ではないが、ここでするには少々手狭ではないかな!」
マキシムが声を大きくして言う中、ポツリとレナが口を開く。
「……止めないんだ」
「フフ、我はここで決着をつけるのもありだと思うぞ。こやつ、まだ寝ておる」
ルガは面白そうにレノスを見つめ、余裕の表情で胸を張った。
最後に、フィリアがノアとレノスを交互に見て、
「何だかノア君もレノス様も、少し楽しそうというか……」
「「どこがだ‼」」
二人に詰め寄られ、フィリアは慌てて頭を下げた。
* * * *
「話し合うまでにどんだけ時間をかけるんだよ」
「ご、ごめんね、ノアくん」
「いや、フィリアが悪いわけじゃないから別に謝らなくていいんだ。悪いのはこいつで」
「……お前はさっきのやり取りを再開させたいのか?」
やっと一息つき、向かい合う形でソファに座ったノア達とフィリア。両者の間にテーブルを挟み、右側のソファにはマキシムが座っている。
受付嬢たちがやってきて、菓子や紅茶を用意していく中で、レナはフィリアを見つめた。
「この人が、ノアの幼馴染……」
「ああ、同じ村出身で、唯一の生き残りだ」
同意したノアは無表情、対してフィリアは悲し気に視線を下げた。しかし、レナは二人の様子など気にせず、目を輝かせた。
「凄く綺麗。肌ツヤツヤ」
「えっ? わ、私よりもレナちゃんの方がツヤツヤですよ」
「私はまだ幼いから当たり前」
レナは乗っていたノアの膝から降りて、フィリアの膝に飛び移る。それを妨害しようとしたレノスをノアが手を取って押さえつける。
男二人が手と手を組んで力比べしている中で、女二人は会話を弾ませる。
「これは……中々」
レナの頭の部分がフィリアの大きな胸に丁度当たる。柔らかい感触に、レナは目を閉じて寄りかかるが、フィリアは目を細めて優し気にレナの頭をゆっくりと撫でてあげた。
「こやつ、できる……あのレナを一瞬で手懐けおった」
ルガが愕然と呟く中で、今度は力比べから格闘へ移ったノアとレノス。それをもはや気にすることなくマキシムが口を開いた。
「では、これから聖女様から受けた指名依頼の内容説明を行う」
冒険者側には真面目に聞く者などいない中、説明が始まった。
「もとより粗雑な冒険者! 人の話を聞かない者など五万といるさ!」
ロベリアのみが、声を無駄に大きくするマキシムの元気に少し空しさが混じっている事に気付いた。
* * * *
場所は移って、深き森の中。
肉は再生し続けている。バラバラになった自らの肉体を、森の主に悟られないようにゆっくりと時間をかけて。
随分時間をかけてしまったが、それももうすぐ終わる。きっと裏切った奴隷は、自分ともう二度と会わないと思っているのだろう。
だが、そうはいかないのだ。
まだ目的は果たしていないのだ。
利用していたのは自分だけではなかった。彼も自分の元で強さを手に入れ、用済みとなった自分を殺したが、まだ自分は彼を用済みとは見なしていない。
どのくらい強くなったのか、楽しみな反面、借りをどうやって返すか考える。
従順にするには、どうすればいいのか。どうしたら一番苦しむか。
そういえば、初めて会ったときに幼馴染がいた事を思い出した。あの時は、哀れな奴隷に手を下す必要も感じず見逃したが、確か教会の話では類まれな治癒の力があったとか。
今は高名な人物となっているはず。
見つけ出して、目の前で。
凄惨な方法で殺したら、一体どんな顔をするのかな。




