弟子入り志願
「……弟子入り……?」
「はいっす!」
何をいっているのか分からない。それが素直なノアの気持ちであった。いや、意味自体は分かるが。とりあえずノアは隣に座るレナに聞いてみた。
「……レナはどう思う?」
「……いいと思う。女じゃないから」
意外な言葉が返ってきた。今度は対面に座るエルマに聞いてみることにする。
「エルマはどう思いますかね?」
「……いいのではないでしょうか。決勝トーナメントまで時間がありますし」
「なるほど、うーむ、なら、えーと、君!」
「あ、自分、ハンスと言いまっす!」
「ではハンス君、とりあえず俺の部屋で詳しく聞こう」
そう言ってから、ノアが周囲に目を向けると、朝食をとっていたほとんどの人達から注目を浴びていた。それに気が付いたハンスは恥ずかしそうに縮こまった。
そういう訳でノアの部屋に集まった四人。ルガは戦いの後だからか、未だ魔剣形態のまま目覚めない。とりあえず卓の周りに椅子を配置して、それぞれが好きなところに座ってもらった。
ノアとハンスが向かい合うように座り、レナはノアの膝の上に座る。エルマはノアの隣に座った。
「それで……弟子入りってどういうことなの?」
「はいっす。自分、闘技大会に出ようと思って、村から上京してきたんすけど……」
「ふむ」
「昨日の試合を見て、ノアさんの圧倒的な力を見て、すごくかっこいいと思ったっす!」
そう言われて悪い気はしない。
「なるほど」
「と、というか、あの『妖精姫』とパーティを組んでいたんすね!」
ハンスはそう言ってノアの膝の上に座るレナを見つめた。
「……パーティ?」
「え、お二人は冒険者ですよね? 一緒にいるのに組んでないんですか?」
その言葉を聞いたレナが頬を膨らませてノアを見た。そう言えば組んでいない。そもそも、まだ冒険者としてまともに活動していないことを思い出して苦笑した。
「……むう、ノア」
「ごめん、闘技大会が終わったら組もう。エルマもね」
「……はい」
「……ん、分かった」
そう言って、エルマが目尻を柔らかに下げ、レナが幸せそうに微笑んだ。
(そんなに嬉しい事なのか……?)
そう思ったが二人が嬉しそうなので言葉にはしない。
「まあ、ともかく弟子の話だけどさ。ぶっちゃけ面倒なんだよね」
「……ぶっちゃけた」
「そ、そんな……。何でもやるんでお願いしまっす! 自分、強くなりたいんです!」
そう言われてもノアにメリットなど浮かばない。精々、暇つぶし程度か。だったら闘技場に行って、試合を見る方がマシだ。
「じゃ、お前って何ができるの……?」
「……一応、自分、英雄紋を持っているんですけどーー」
「英雄紋⁉」
急に食いつきが良くなったノアに、ハンスは目を白黒させた。
「は、はいっす……これなんすけど……」
腕をまくると、肘のところに『六芒星』の紋章がある。
「……能力は……?」
「そ、その、支援する能力……といえばいいんですかね。簡単に言うと他人と自分の五感の超強化ができるっす」
ノアは頷きを返しながら、腕を組んで目を閉じた。
「ふーむ……」
「じ、地味な能力だから……自分、ノアさんの派手な力に目を奪われて……」
ノアは閉じていた目を開けて、ハンスに不自然なほどの優し気な表情を向けた。
「……よし、弟子入りを認めよう」
「ええ、いいんすか⁉」
少なくとも、目の前にいる少年はアスカテル家関係者でもないし、聖王国の刺客でもないことは確実だろう。朝に食堂まで来て、弟子入り志願なんてするやつが刺客とか行動の意味が分からない。
だが、そんなハンスだが、表情豊かに喜怒哀楽を表現していて、なおかつ、エルマとレナともうまくやっていけそうだ。総括すると、彼には誰とでも自然と仲良くできる力のようなものがあるのかもしれない。付け足すと、彼はエルマやレナに厭らしい視線を向けていないという点もポイントが高い。
それに、英雄紋所持者は貴重であると同時に、強い。目の前の少年がどれほど強いのか知らないが、レナやエルマの傍に、強い者がいれば危険な目に合う確率は少なくなる。
「ああ、正し、俺の言うことには従ってもらうけどね。それと、レナとエルマの言うことにも従ってね」
「もちろんっす! よろしくお願いしまっす!」
「よーし、これでパシリ君ゲットだぜ! レナとエルマよ、何でも命令していいからね」
「パ、パシリっすか? 自分、弟子がいいんすけど……」
本人を目の前にしていうノアに、レナはクスッと小さく笑って、エルマも口元を押さえた。
「弟子と認めるまでは君はパシリだよ。まあ、認められるよう頑張ってくれ」
「な、なるほど、了解っす!」
どうでもよさそうに言うノアと、気合入れて叫ぶように了承したハンス。温度差が激しい二人を見て、レナとエルマは顔を見合わせて再び笑った。
話が一段落ついた時、扉がノックされた。来客だ。こんな時はーー
「ハンス君、早速出番だよ」
「はいっす!」
ビシッと敬礼してから、扉を開けに向かったハンス。動き出そうと立ち上がったエルマは足を止めて、ノアの方を見た。
「……メイドの仕事が……」
無表情ながら、どことなく沈んだ声音でそう言うエルマ。そんなに落ち込むとは思わなかったノアは、何だか罪悪感が芽生えた。
ノアが慰めようとした時、ハンスが戻ってきた。タイミングが悪い。その後ろには、ガレスの部下であるヘルミナス騎士団の隊服を着た一人の地方騎士の姿がある。
「ノア殿、決勝トーナメント進出、おめでとうございます」
名前も知らぬその地方騎士はそう言って、礼をした。当然、尋ねてきた理由が気になる。何か面倒なことでもあったのだろうか。
「ああ、ありがとうございます、それで、どうかしました?」
「お二人の決勝トーナメント進出を祝して、ガレス様が祝勝会を開きたい、とおっしゃっています。日程はいつでもいいとの事でしたが……」
そもそも今日祝勝会を開こうと丁度考えていたのだ。それに伯爵であるガレスの屋敷ならうまい料理がたくさん食べれるだろう。だが、貴族であるガレスは闘技大会を見なくてもいいんだろうか。そう一瞬思ったが、自分には関係ない事なのですぐに意識を切り替えた。
「ふーむ、なら、今日でもいいですかね? 丁度、祝勝会を開こうと思っていたんですが……」
「きょ、今日ですか?」
地方騎士は少しだけ考えて、
「……構いません。宿のおもてに馬車を用意していますので、準備ができましたら」
ノアは一つ頷きを返して、部屋から退出していく地方騎士の背を見送った。
「き、貴族様のお屋敷で祝勝会なんて……すごいっす!」
目を輝かせて言うハンスに、ノアは笑みを浮かべて言った。
「いや、君も来るんだよ」
「え、いいんすか⁉」
心底、嬉しそうに騒ぐハンス。初対面でこれだけ剥き出しの感情を伝えてくる人物に、ノアは不快には思わず、ただ呆れたような視線を向けた。
というわけでノア一行は王都、トランテスタの貴族街にあるヘルミナス伯爵の屋敷に向かうことになったのであった。




