背負う覚悟
あの後、晩餐会はつつがなく進んだ。だが、王がノアを呼んだことはヘレンのこと以外にもあったようで、真面目な話として、メルギスの領主、ガレスは王であるダスティヌスにノアが聖王国から狙われている事を報告していた。その事を根掘り葉掘り聞かれた。
特に勇者の能力について。ノアはペラペラと喋った。この情報で、勇者が少しでも不利益を被ればいいと思いながら、自分が知る全てをダスティヌスに伝えた。そして、頭が痛くなる情報ももらった。闘技大会に来賓として勇者が来ることになったらしいのだ。聖光教の象徴、”聖女”の護衛として。
考えていてもしょうがない。とりあえずノアは嫌なことは後回しにしようと思い、問題を頭の片隅に追いやった。
その後、ノア達は城に泊まるように王に言われた。客人扱いである。だが、そもそもノア達が呼ばれたのは王が興味を持ったのもあるが、メルギスの街を魔物の群れから救った事が要因。恩賞も望めば、くれるというが面倒だったからやめておいた。
晩餐会が終わり、ノア達は部屋に案内された。四部屋あるが、レナはノアと寝ると言って聞かず、結局二部屋に分かれた。
城に泊まれると分かった時はレナとルガの幼女二人が大喜びした。
城の設備はまさに万全。しかも部屋にはハンドベルがあり、それを鳴らすとメイドが来て要件を聞いてくれる。至れり尽くせりである。また、退屈させないようにか、部屋には無数の本が並ぶ本棚がある。
そして現在。案内された部屋にはノアの仲間たちであるエルマ達三人が全員いる。エルマは椅子に座り、静かに本を読んでいる。ベットの上ではレナとルガが遊んでいる。ノアは、ベランダに出て、夜の王都を一望していた。夜風が肌を撫でる感触が気持ちいい。
夜にも関わらず、王都の街からは明かりが消えることはない。人々の喧騒がわずかに聞こえてくる。
「……綺麗だな」
ノアは素直にそう思った。しばらく見ていても飽きない。だが、レナ達は遊びに飽きたのか、ノアのいるベランダに出てきた。
レナがどこか、ワクワクした顔で言った。
「……ノア、城の中、探検しよ?」
続いてルガも頷き、ノアの服の袖を引っ張った。
「うむ、暇になったのでな。せっかくだし、どうだ、あるじよ? 一緒に行こうではないか?」
レナが珍しくはしゃいでいるが、それも納得だ。平民は基本、城内に入ることなどないのだから。見事な建築技術と美術品の数々。
ノアは以前、レナに魔道具を見せてあげた時の事を思い出した。レナは目を輝かせて喜んでいた。もしかしたら彼女は珍しいものをみるのが好きなのだろうか。それなら冒険者という職業が合っているような気がした。
返答としては、正直、行きたい。ノアだって珍しいものには興味があるのだ。人の世に出て、最大の建築物である王城、リンスレッド。だが、理性がストップをかける。幼女たちに混ざって、王城を探検する十六歳の少年。そう自分を客観的に見ると、複雑な気持ちになってくるのだ。
「……いや、まあ、ね。俺は遠慮しておくよ。近衛騎士との戦闘や王との謁見で疲れたしね」
ノアがそう言うと、レナもしょうがないといった顔をした。
「……英雄紋所持者と戦った?」
「まあね。間違いなく勝てたけど、あっちも本気じゃなかっただろうな……」
「……、むう。しょうがない」
「うーむ、我がいれば消耗などしなかっただろうに……申し訳ないのだ……」
ルガが顔を俯かせて、沈んだ声で言った。それにノアは苦笑する。
「ルガは人型のままでいいさ。俺はその方が嬉しいよ。もちろん、魔剣形態も好きだけどね」
ノアがそうフォローすると、ルガは顔を上げて、嬉しそうに笑った。
ノアはベランダから部屋に戻り、ハンドベルを鳴らす。メイドを呼び、レナとルガに城の中を案内してほしいことを伝えた。
メイドは全てとはいきませんが、お客様にお見せできる範囲までなら、そう言って快く頼みを聞いてくれた。
幼女二人がいなくなって、一気に静かになった部屋で、ノアはベットに横になった。エルマと二人っきりである。ノアは随分と久しぶりな気がした。身体を起こして、エルマを見た。
すると、エルマも静かに読んでいた本から目を離し、ノアに視線を向けてきた。
「……行っても良かったのですよ?」
「……え、いや、大丈夫だよ俺は」
「でも、行きたかったのでしょう?」
ーーバレてるっ⁉
そう思ったが、顔には出さないようにした。
「そ、そんなことないけど……」
「……そうでしょうか……? 行きたそうにしているように見えましたが」
エルマは他人の感情には敏感なんだなと思う。
そこでノアは、そういえば、と考えだす。エルマはほとんど自分の意見を言わない。聖王国では隷属の首輪がずっとつけられた状態で生活していたのだ。それは奴隷として、望まない暗殺の命令に従い続けた影響なのだろうか。
エルマの気持ちを把握しなければ、黒狼と戦ったときみたいに無茶をするかもしれない。ノアはすでに、エルマを見捨てることなどできない。
「……エルマは……何かしたい事とかないの? 俺にしてほしい事でもいい。俺は……もっと……」
俯きながらノアが言った言葉は、普段の彼からは想像できないほど弱々しい。エルマはそんな様子のノアを見て、一瞬目を丸くした。それから、真剣な表情で考えだした。
やがて、エルマは珍しく歯切れが悪く言った。薄らと頬を赤らめながら、
「では一つだけ……いいでしょうか……? ノア様にお願い事があるのですが……」
エルマが珍しく表情を崩したのを見て、ノアは即答した。
「俺に出来る範囲なら、何でも言ってくれ。何でもするよ」
エルマが立ち上がって、ノアがいるベットまで来た。枕が置いてあるところに、両足を揃えて横座りした。
「ここへ……頭を……」
恥じらいながら、控えめに自身の膝をポンポンと手でたたいた。つまり、膝枕をしたいと、そういう事か。
ーーそれは……俺が嬉しいだけなのでは……?
ノアは予想外の返答に驚いた。それと同時にノアは顔が熱くなった。
「……それでいいの? いや、別にいいんだけど、さ……」
「……はい、これがいいんです」
薄らと笑った彼女の表情に、ノアはドキッとした。
ーーこんな表情をするなんて……
「……じゃあ、失礼します」
敬語になったノアはエルマの膝に頭を預けた。膝枕してもらうのは二度目だが、毎日でもしてもらいたいと思える気持ちよさだ。どことなく甘い匂いがする。
ノアが目を閉じて、全身を弛緩すると、エルマがそっと頭を撫でてくる。
「……心配しました」
エルマが控えめな声で伝えてきた。何のことか聞こうと思い、ノアは目を開けようとしたが、エルマに手で目元を塞がれた。
「謁見の間での事……。あの時、近衛騎士団長がノア様を殺そうと動いたら……。そんな想像が頭の中をよぎってしまい……」
エルマの声はわずかに震えていた。ノアはようやく悟った。今、彼女はどんな表情をしているだろうか。
「……俺を……心配してくれたの……?」
「……はい。あまり、無茶なことはしないでください……」
ノアは胸が暖かくなった。誰かに心配されることが、誰かに想われていることが、ノアにはすごく嬉しく感じた。それと同時に、エルマが続けたその言葉に身体の芯が冷えた。
「……あの女性が動いていれば……私では貴方の盾になることくらいしかできないでしょうね……」
ノアは目元を覆うエルマの手を握った。安心させるように優しく。
「そんな想像……しなくていいッ。絶対にそんなことはしなくていいから……」
全部、自分が悪かった。
(そうだ。今回は王が寛大だったから許してもらえた。俺はどこか、慢心していたのかもしれない。自分は強くなったと天井を決めつけて……。この世界にはもっと強い者がいる。それに……)
ノアは自分が握るエルマの手の暖かさを感じ取る。
(俺が命を狙われれば、自然と仲間であるエルマ達も危険にさらすことになるんだ。もっと慎重に。それでいていつも冷静にしなければ……)
自分が命を背負っていることの重大さに、ノアは今更ながら気付いた。




