王都観光 <後>
王都の街をしばらく歩き、色々見て回ったノア達四人。様々な食べ物を買い食いしたり、新しい服などを買ったりして王都の街を観光して楽しんだ。
夕方になるまで歩き回って疲れたのか、ルガが魔剣の状態になって今はノアの腰に差さっている。レナも疲れたのか、眠そうにウトウトし始めた。
そのため、そろそろ宿をとることにする。良質な宿はと街の人に聞いたところ、結構な数の宿を薦められた。その中でも、奮発してノアは高いところに泊まろうと思っている。
王都にある高級宿、『黄金亭』。
黄金亭という名前だが、外観は黄金でできている訳ではない。木で作られた建造物は大きく高い。部屋から漏れ出る暖かな明かりが、黄金色に見える。
「ここにしよう」
「……物凄く高そうですね」
メルギスの街にあった宿よりもずっと大きいため、エルマがためらうような声音で言った。表情は相変わらずの無表情だったが。
「大丈夫さ。金はたんまりある。何とかなるでしょ」
ガレスからもらった報酬に、盗賊達に襲われた商人達からも結構な額の報酬をもらった。そのため、何とかなるだろうと軽い気持ちで、ノアは金属製の取っ手を押して開けた。
ロビーはそのまま大広間になっており、ソファが置かれてくつろげるようになっている。
受付に行って、ノア達は宿泊手続きをする。闘技大会も開催されるため、部屋が余っているかと思ったが、普通に泊まれた。レナとエルマの二人部屋に、男のノアは一人で部屋をとる。ウトウトするレナが今起きていたら、きっとまた一緒の部屋に眠ろうとせがまれる。
ノアとしては別に構わないが、レナの姉であるレミーナからは控えるよう言われていたため、別々の部屋にしたのだ。レミーナ曰く、『年頃の男女が一緒の部屋で寝るなんて何か間違いがあったらどうするの?』である。ノアとしてはそんなの起こるはずがないと鼻で笑いたい気持ちだったが、レミーナがあまりにも真剣であったため、素直に頷いたのだ。
料金は一泊で一人、金貨三枚。中々高額だが払えないほどではない。それでも、闘技大会まで何個か依頼を受けなければ払えないだろう。面倒だと思ったが、しょうがない。
手続きを終えたノアは、後ろで待っていた二人に目を向けた。レナはもう、ほとんど目を閉じてしまっている。もはや眠っているのだろうか。
「……エルマ、先に部屋に行って、レナを休ませてくれない?」
「はい、了解しました。ノア様はどうされるのですか?」
「ちょっと出てくる。魔道具を見ておきたくてね」
「……道は……分かるのですか……?」
「ん? まあ、迷ったときは人に聞くよ」
王都は物流も盛んで、魔道具も最先端の物があるはず。特に欲しい物はないが、それでも役に立つ物があるかもしれない。
「そう、ですか……」
どことなく不安げな声で言ったエルマに、ノアは大丈夫だと背を向けて手を振った。
ノアは宿を出て、再び大通りに出る。夕焼けの日差しが照らす街は、先程よりも人の数が多い気がする。とりあえず、近くを通った人に魔道具店への行き方を教えてもらう。
魔道具はは高価な物という印象が強かったノアは、平民である人々にとって知らないのではないかと思ったが、それは違うようだ。
魔力に恵まれた森妖精族の技術提供と人族の知恵が可能にしたのが一般で使える生活用魔道具。今ではそれが王都全域に広まっているらしい。例としては冷却するための冷蔵機能を備えた倉庫や、室内の温度を調節してくれる魔道具など。
それは確かにあったらいいが、ノアが興味あるのは戦闘で使える物。しかし、そう言った物は高価な物が多く、貴族街にあるのがほとんどらしい。貴族街に入るには許可証という物が必要らしく、ノアでは入れない。
それでも一件だけ、平民街にも戦闘用の魔道具店があるという噂があるらしい。なぜ噂なのか聞いたら、言った事がある人は全員違う扉を開いて入ったらしい。ある者は家の近くの食堂の扉から、またある者は自分が泊る宿の扉から。そしてある者は自分の家からつながっていた、なんて事があったらしい。本当かどうかわからないため、存在があやふやなのだとか。
「面白い、ね。行ってみたいな」
ノアは楽しそうなことが良くも悪くも大好きな性格である。日が暮れるまでは時間もある。その『場所が分からない魔道具店』の行き方でも考えてみることにする。
大通りではうるさくて、考えに集中できない。
大通りから外れて右にある小道の一つを通りながら、ノアは考える。まず確実なことが一つ。その店の店主、あるいは従業員か、とにかく店に関わっている者の中に空間系魔術の使い手、それも相当な技量の魔術師がいることだ。
ノアはヴァレールの研究所の造りを思い出す。ヴァレールを殺したノアは、めぼしい魔道具を回収するため、研究所内に足を踏み入れた。そして、その研究所内には罠が張り巡らされていた。その罠は設置魔術と呼ばれるもので、魔術陣を床に描き、魔力を流すことで、ある一定の条件を満たすと発動するようになる罠だ。
ヴァレールのそれは『一定の重量を超えること』で魔術陣の効果が発動するような仕掛けであった。そしてその効果は『強制転移』。
ノアは歩きつつ、腕を組んだ。それから目を閉じて更に思考を深めていく。
つまり、不思議な魔道具店も、設置型魔術の応用ではないだろうか。
効果を発動する条件が『扉を開けること』。
効果は『強制転移』だろう。
問題は王都にある無数の扉全てに設置型の魔術陣を描いたのかということ。普通に考えればできるはずがない。だが、その可能性も限りなく不可能だが、ないわけではない。
設置型の魔術の描き方は二種類あって、魔力で描けば見た目はあるかどうか分からない。それでも熟練の魔術師や特殊な目、魔眼を持つ者が視たら一発で分かるが。
一応は視てみることにする。ノアは建物が多くある大通りに戻ろうと思い、閉じていた目を開け、足を止めた。周りを見渡してみる。
「…………あれ、ここって……どこ……?」
建物の陰で日差しが遮られた路地。背後を振り返っても、大通りは見えず、入り組んだ道があるだけ。
「ま、まさか、強制転移、か……?」
ノアは冷や汗を手で拭いながらつぶやいたが、それは間違いだ。ただ純粋に迷っただけである。
「ル、ルガさん……?起きてほしんだけど……」
そう呼びかけるも、魔剣は一度震えただけでその後の反応がない。
「……うーむ、落ち着こう。とりあえず、これ以上先に進むのはーー」
「きゃぁーーーーーッ‼」
ノアの声を遮って、周囲に響き渡った甲高い女性の悲鳴に、ノアは一瞬ビクッとなりながら、とりあえずの方針を変えた。
「--行ってみるかッ」
ノアは悲鳴がした方へ駆け出した。魔力を全身に流して、身体強化をする。風を切りながら疾走するノアは近道をするため、建物の屋根へ飛び乗った。入り組んだ小道は、思うように目的地までたどり着かせてくれないためだ。
「ーーていうか、屋根の上に乗ってジャンプすれば現在地把握できたな……?」
呟きに同意するように魔剣が振動したのを感じて、ノアはジト目を向けて鞘にデコピンをかました。
悲鳴を聞こえた周辺に着いたノアはそのままレンガで造られた屋根の上から見渡してみる。すると、路地裏で二人の男が見目麗しい少女の手首をつかんで押さえているのが見えた。
ノアは黒のジャケットを翻して、音もなく降りた。
そこにいた少女は遠目でも十分美しく感じたが、近付いてみた今は格別に美しかった。プラチナブロンドの髪を腰まで伸ばし、その毛先だけカールしている。
顔立ちはまだ幼いが、気が強そうにつり上がった目が印象的だ。だがその身体は既に成熟していて、服の上からでも分かる程の巨乳、腰は細く締まって、尻は大きい。
ブロンドの少女は、身なりは王都の民が着る一般的な服だが、その美しさと、どことなく身綺麗な所が異彩を放っている。
男達の方も、ただのごろつきだと思っていたが、近くに来て分かった。男たちの方も私服で、武器を持っている様子もない。だが、
ーー相当、腕が立つ。
チンピラにしては腕が立つ方なのか、突然屋根上から降りてきたノアを見て、二人の男は背後に少女を押してこちらを警戒するように見た。
「……貴様、何者だ……」
「ーー助けて下さいまし! この男たちがしつこくつきまとーー」
「おやめくだ、い、いや喋るなッ」
「……見なかったことにして立ち去れ。そうすれば命だけは助けてやる」
「……ふーむ」
チンピラにしては偉そうだなと思ったし、少女の方は変な言葉使いだな、とそれだけ思ったノアは特に考えることなく拳を構えた。
それにエルマに帰りが遅かったことを聞かれた時のために言い訳にするのだ。
「助けてくれって言われたら、目の前にいる人くらいは気まぐれに助けることにしてるんだ、俺は」
「貴様、我々とーー」
「ーー待て、正体をーー」
「早く、助けなさい愚民!」
最後に言われた言葉を聞き間違いかなと思いつつ、ノアは英雄紋を発動させる。
「<魔力支配・黒装>」
ノアの身体から、漆黒の光が放たれる。その光が一瞬でノアの身体に纏わりつき形を変えていく。その瞬間、家屋の隙間から夕焼けの日差しが差し込み、ノアを幻想的に照らした。
「--ふッ!」
ゴタゴタしていた男たちは血相を変えて、応戦しようとするがもう遅い。ノアは拳で二人の腹を殴打。それだけで、男達は白目をむいて崩れ落ちた。
「きさ、ま、我らはこ、のえきし--」
ふうと一息ついて、ノアは英雄紋の力を解除する。最後に男の一人が言った言葉にわずかに引っかかるものを感じながら、ノアは助けた少女の方へ視線を向けた。すると、今のノアの戦いにも物怖じせずに、少女の方から声をかけてきた。
「よくやりましたわ、愚民。少しは腕が立つ用ですのね。このリンヴァルム王国第一王女、ヘレン・ミルス・リンヴァルムが褒めて差し上げますわ……全く、ようやく城から抜け穴を通ってここまで来たというのに、近衛騎士がいるなんて思いもよりませんでした」
ブツブツと喋る少女の言葉に、ノアは聞き逃せない言葉があった。
「ちょ、ちょっと待って。君は……この国の王女なの……?」
「なっ! 無礼ですわよ、愚民! このわたくしのどこをとっても王女でしょう」
物言いには腹立つが、今そこは重要ではない。ノアは引きつった笑みで近くに倒れている二人の男を指差した。
「じゃあ、あの二人は……?」
「先ほども言ったと思いますわ。二度言うことは嫌いですの」
「そこを何とか」
「……民の願いを聞くのも王族の務め、でしたわね。貴方が殴った二人は、王族主語が任務の近衛騎士ですわ」
「……それを殴った俺はつまり……」
ーー犯罪者じゃね?
そこに思い至ったノアは脱力して思わず、空を見上げた。




