悪魔族
轟音が響き、洞窟が崩れだしたところでノアは足を止めて、来た道を全速力で戻った。残してきた女性達を面倒だが助けなければならない。それが商人達がノアに依頼した事だから。故意的な失敗をノアは嫌う。
先ほどの開けた場所に戻ると、女性達が崩れてくる天井を見上げて、悲鳴を上げていた。しかし、中には死ぬことに安堵している女性もいたが、ノアは全員を助けるつもりだ。転移魔術を使えば速いが、女性たちの数が多くて消耗が激しくなる。この場で守り抜くしかない。
落ちてきた岩石をノアは魔剣ルガーナを抜いて斬り裂く。ノアは女性達を背に庇いながら、振り向かずに声を上げた。
「ーー大丈夫ですか? もうこの洞窟は崩れますが、俺を信じて傍にいてもらえますか? そうすれば全員助かりますから」
そう言ってから、ノアは英雄紋を発動させる。漆黒の光が身体から吹き出して、それが徐々にノアの身体を覆っていく。女性たちは戻ってきた少年を驚愕の瞳で見た。
現れたのは漆黒の光をロングコートのように纏った中性的な美貌を持った少年。ノアはそのまま、今にも崩れ落ちそうな岩盤の天井に向けて、手を水平に振り払った。
「<魔力変異・絶対防御・イージス!>
すると、腕から弾き飛ばされた黒い光が、ノアと女性たちの頭上を覆うようにして展開。そして一瞬で巨大な盾の形状になった。
その巨大な盾は落ちてくる岩石をものともしない。ノアの能力によって、硬さが異常に高くなった魔力を盾状に展開しただけだが、硬さは伝説の金属と言われる神金属クラスである。
通常の岩石など話にならないのだ。
落ちてくる天井を見上げながら、ノアはため息を吐いた。
どうやら、役者が集う舞台に上がるには無理そうだ。が、それをノアは良しとしない。ここからでもその舞台へ無理やり入るために、ノアは閃いたことがある。それを考え付いた自分に対して、静かに嗤った。
周囲の岩壁を崩れ出す中。アザミは落ちてくる石や岩を全て斬り裂いて、生き埋めを防いでいた。神業と言える神速の剣技と、その動きを実行できるだけの身体能力。
武闘技によって身体能力を強化しているが、何より素の身体能力が高いからこそできる動き。
一瞬だけ見えた化け物の姿はない。天井を破壊したあと、空へ飛び立ったのだ。あれは、モウルの容姿に似ていたが、もはや人族ではない。もっと禍々しい者だ。思い当たるのは、人類共通のの敵だった種族。
ーー魔人種。
アザミは剣を振りながらも思考できるだけの余裕があった。
ーーすでに滅んだと言われる魔人種が、何故人間だった者から……。
「全く、ノア殿が喜びそうだ」
退屈を嫌う少年の不敵な笑みがアザミの脳裏に浮かんだが、それをすぐに振り払った。今回の事は、アザミが最後に止めを刺さなかったことが原因だ。
「ーーオオオオオオオオオオオオオオォッ!」
空からあの化け物の咆哮が聞こえた。あの化け物を討伐するのは自分でなくては。鋭く天井を見て、アザミは受け身の剣技ではなく攻めの剣技へ移行する。
アザミの二つ名は【雷騎士】。その由来が、解き放たれる。
アザミの身体から紫色の雷、紫電が漏れ出す。それが徐々に魔剣スカーペインに纏わりついてーー
「<紫電収束刺突!>」
アザミは天井へ向けて、神速の突きを放つ。魔剣が岩盤の天井へ突き刺さった瞬間、紫電が暴れだして、周囲一帯の壁を吹き飛ばした。そのままアザミはジャンプして、洞窟から無理やり飛び出た。
外に出て周囲へ視線を走らせると、森だったはずの場所が見るも無残な状態になっていた。木々は倒壊し、地面が所々隕石でも落ちたかのようにクレーターができていた。
その時、轟音を立てて地面が爆発した。砂埃が舞い散る中、爆発した場所に人の影が見えた。
アザミと同じように洞窟の天井を突き破ってきたその人物は、深紅のローブを着て、馬鹿でかい大鎌を持った男だ。アザミはその男を知っていた。会うのは初めてだが、王国でも有名な男。
ーー大罪人としてだが。
王国でも有数の貴族家、アスカテル家に生まれた次男にして妾の子。通常は一人にしか英雄紋は発現しないが、アスカテル家は違う。英雄一家のアスカテル家は、誰もが祖先である【英雄アスカテル】の英雄紋を持つことで有名なのだ。
その中で、英雄紋を持たずに生まれた異端児。罪状はアスカテル家先代当主の殺害。もっと言えば父親殺しだ。その者の名はーー
「--ギルベル・アスカテル。貴方が、何故ここ?」
突風が吹いて砂埃を吹き飛ばした。その名を呼ばれた深紅のローブを着た男は、被っているフードの中で苛立たし気に顔を歪ませた。
「……てめえは、【雷騎士】。クソがッ! てめえがあれに止めを刺さなかったからこんな面倒なことになったのかよッ!」
「……それについては私のミスですが、犯罪者の貴方は私に斬られても文句は言えないのですよ?」
アザミは笑みを浮かべながら魔剣を向けるが、ギルベルは既に視線を外している。アザミは切り替えて、空中にいる化け物の姿を見た。
蝙蝠の翼が背中から生えていて、頭からは捻じれた角が二本生えている。鱗がある尻尾もあり、人族だった面影はない。その片手にはモウルが持っていた戦斧が握られている。
「……あれは……悪魔族だッ」
ギルベルの苛立った呟きが耳に入って、アザミは目を見張った。
【悪魔族】
それは魔人種の中でも最も人間種族に増悪の感情を持つ人類の敵対者である。
悪魔族となったモウルは、空から地面にいるアザミとギルベルを睥睨してから、戦斧を持つ手とは逆の手から魔力を放出して圧縮し、魔力弾を生成した。
元々戦士だったモウルは純粋な近接型。魔術など使えず、魔力コントロールも決して上手ではない。
しかし、
「オオオオオオッ!」
咆哮と共に放たれた魔力弾が地面に被弾する。その瞬間、すさまじい光が周囲を照らし、それから地面が爆発して森が火に包まれた。たった一発の攻撃で、周囲一帯が焼け野原になっている。
その惨状を確認するように、悪魔族の姿をしたモウルは魔力弾を飛ばした手を見た。それはまるで、自分の力を確かめているかのような……。
アザミとギルベルは大きく後ろへ飛んで、攻撃を回避していた。
「……一発でこの威力、ですか。これほどとは……」
「……くそがッ。おい、てめえは邪魔すんな。俺一人でやるーー」
ギルベルが馬鹿でかい大鎌を片手に、突っ込んでいく。しかし、アザミも譲れない。これは自分の敵だ。
「ーーそれは私のセリフですよ。貴方では荷が重い。私がやります!」
最初に接敵したのはギルベル。馬鹿でかい大鎌、【神器・地獄大鎌ゲザー】を全力で振り下ろす。しかし、それは戦斧で防がれるが、おかげでモウルを地面へと叩き落した。
「ッオオォッ」
しっかりと二足で地面を踏みぬいたモウルに、ダメージを受けた様子はなく、自分から後ろに地面へ降り衝撃を減らしたのだ。
次に接敵するのが紫電を身体に纏わせたアザミ。すでに全力だ。紫電を纏ったアザミは王国でもトップクラスの敏捷を誇る。
神速の剣技から繰り出される、凶悪な魔剣の能力。少しの切り傷でも致命傷にできるスカーペインの能力は、当たったら終わり。それだけで大きなアドバンテージだが、魔人化したモウルはそれを的確に防いでいく。まるで、戦士としての技量が残っているかのようなーー。
アザミは動揺を抑え、更に自らが纏っている紫電の出力を上げるため、英雄紋に魔力を流そうとするが、戦闘を遮るようにアザミとモウルの間に入ったギルベルが、今度はモウルと近接戦を演じる。
それは共闘とはとても言えない、自分勝手な戦い方。
「……ハ、ハハ。あの犯罪者がッ……」
対戦相手を奪われ、思わず乾いた笑いがアザミの口から洩れた。頭に来たアザミが、今度は戦っているギルベルに斬りかかる。神速の一刀をモウルと戦っている最中に関わらず、紙一重でその一撃を避けたギルベルが罵声を浴びせてくる。
「どこに斬りかっかってやがる⁉ てめえから殺すぞ!」
しかし、ギルベルのその視線は油断なくモウルへと向いている。
まるで自身の身体能力を確かめるかのような動きをしている、悪魔族になったモウル。それから驚くべきことに、獣のような唸り声や咆哮しか上げなかったモウルが人語を喋った。
「ヨシ、力ヲトリモドセタナ。ククク、英雄紋所持者トモ互角ノコノ身体。素晴ラシイ!」
聞き取りづらい声だが、それは紛れもなく人語である。
「……てめえ、喋れるようになったか。その身体をどうやって手に入れた⁉ 言いやがれ!」
アザミは横目でギルベルを見た。こんな時に気にすることではないが、元貴族とは思えないほど言葉が荒い。
「アア、”種”ヲ喰ッタノサ。お前ノ兄貴カラモラッタモノダ、ギルベル・アスカテル」
その言葉で、ギルベルの全身から怒気が噴き出した。
「……やっぱり、あのクソ野郎が、絡んで、いやがったのかアアアア‼」
大きな怒気はそのまま敵を倒す原動力へ。ギルベルの身体はこれまでにないスピードで加速し、地獄大鎌ゲザーを振りぬく前にーー
モウルの足元から、突然現れた黒い槍がモウルの鼠径部に突き刺さって腰、背中、最後に頭を貫通していく。残ったのは驚愕の顔で固まったまま、縦に真っ二つになったモウルと、それを確認して唖然とするアザミとギルベル。
なんとも言えない空気の中、地面から声が聞こえてくる。
そして、モウルの近くの地面が隆起していき、ドン! という音と共に地中から姿を現したのはノアである。漆黒の光を纏ったまま、固まっている二人を見て笑い声をあげた。
「アハハ! お、当たってる当たってる。禍々しい気配が丁度真上に来たから、さ。二人は戦ってたんだよね。ごめんね、今、もしかしていいところだった? それは悪いことをしたなぁ。で、さ、今、どんな気持ち?」
にっこりと笑いながら煽ってくるノアに、二人は額に青筋を浮かべながら本気で斬りかかった。それは見事に息ぴったりで、冗談でなくノアは人の世に出て一番のピンチだった
三人がじゃれ合い?をしている中、モウルの死体がゆっくりと再生し始めていた




