侵入者
ノアはあの後、ヴァレールとともに人里から遠く離れた場所で暮らしていた。ヴァレールからの扱いは、奴隷よりはいくらかマシ、程度のものだった。
一緒に暮らし始めてからは、ノアはずいぶんとこき使われてきた。魔術の実験台にされたり、新しく開発した術の試しうちをされたこともあった。
しかし、ヴァレールはノアの才能の大きさをみて、魔術も教えた。
それは、何か大きな目的を持つヴァレールにとって、大切な戦力になるからという合理的な理由だったが、ノアは感謝していた。
そしてこの手の甲の痣ーー『英雄紋』を使った術、『紋章術』まで教えてくれた。紋章術は、魔術と同じで魔力によって発動する。
そもそもこの『英雄紋』は何なのかというと、死んだ英雄たちの力を行使できるものだとか。英雄達が使った【魔法】と言われる力が【英雄紋】に込められているらしい。
ヴァレールに詳しく聞いたときは、死んだ英雄たちが英霊となって、自身と魂の波長が同じ人間に与える加護のようなものらしい。
英雄紋を持つものは国単位でもあまりいないため非常に希少であり、それと同時にすさまじく強く、国の中でも重要な位置づけらしい。
そしてノアに加護を与えた英雄は、ヴァレールに聞いてもわからない、ということだった。
自分でも色々と調べたが、これまで判明している英雄紋ではなく自分が初めて与えられた英雄紋らしい、ということしかわからなかった。
しかしノアは自分が持つ英雄紋への気持ちは複雑である。この力のせいで家族を奪われ、この力のおかげで強くなれた。
いつか必ず、自分の大切なものを奪った盗賊たちに報いを受けさせるために生きてきた。
そんなこんなであの日から六年。ノアたちが暮らすのは、聖王国と王国の南部に広大に広がる大森林、『ユガ大森林』の奥深くである。
別名“豪魔の森”。凶悪な魔物が多いこの森は、人間が立ち入ることはほとんどないため、見つかる心配はない。
ノアは今、食料を調達しに大森林の中を歩いていた。ヴァレール・ブリットは生粋の魔術師である。
研究しては実験を繰り返してばかりで、家事など全くしない。そのため、家事は殆どノアがしている。そのくらい役立た無ければ、ヴァレールは即、ノアを切り捨てるだろう。そのために、ノアは今、凶悪な魔物たちがひしめく森の中を歩いている。
(今日はどの魔物がいいかな)
魔力を多く含んだ『ユガ大森林』の木々は、高く太く成長し、地面までは空からの光が届かないため、日夜問わず薄暗い。
草食の魔物にとって極上の餌であるが、人にとっては生活しづらいことこの上ない。
ヴァレールに聞いたことだから、本当かどうか分からないが、ノアの身体は半分は魔物の血を引いているらしい。魔物の中でも、<魔人種>と呼ばれる人型の魔物達の血を引くノアは、夜目もきくし人族よりも五感が鋭く身体能力も上である。
そして、何よりもノアは魔力の量がとてつもなく多かった。
記憶の中の父と母は、人族だったが関係ない。本当の親ではなかっとしても、愛情を向けて育ててくれた。だからそこまでのショックはなかった。
意識を心臓部に向け、いつものように魔力を身体の隅々まで行き渡らせる。強化された五感が、魔物の気配を捉える。ノアは音の発生源へ、足を動かす。
<武闘技・身体強化>
加速する。この武闘技とは近接戦闘するための必須技能である。いわば、戦士にとっての魔術が武闘技である。
魔術と同じように魔力を消費して行使でき、ノアは遠くから魔術を使って敵を倒すより、直接殴った方がノアとしては楽しいため、最近はほとんど魔術を使っていない。
木々がものすごい速さで流れていくが、不思議にも音が全くない。これは、この森で狩りをするうえで身に着けた、単なる技術である。
途中、単眼の巨人が徘徊していたり、上半身が猛禽類、下半身が獅子の魔物が翼を休めていたりしたが、すべて無視した。この森の中でも上位に位置する魔物だが、ノアならば勝てる。
しかし、一瞬で倒せるわけではないため、戦ってもただ面倒なだけであった。
(……見つけた)
ノアは自分の気配を消し、目的の魔物を観察する。ノアにとっては見慣れたもの、顎からは巨大な牙が鋭く光る魔物、バトルボアである。通常の猪より二回りほど大きい、魔物の中でも〈魔獣種〉に分類される魔物である。
バトルボアはノアに気付かず、地面に生えている草を食している。
ノアは懐に下げた剣を鞘から抜き放ち、バトルボアへと斬りかかった。ノアの身体は、膨大な魔力によって、強化され、獲物の元へと一瞬で移動する。
バトルボアが、異変を察知し、草から顔を離した瞬間ーーノアの剣が一刀のもとに、首を両断した。断末魔をあげる暇なく、ドシャッと音を立て、巨体が崩れる。
「……ふぅ、段々慣れてきたね、剣にも」
純粋な魔術師であるヴァレールは、剣を使えない。そのため教えることなどできない。ノアはたまにこの森に侵入してくる人間たちが使っている剣術を見て覚えた。
それに、ノアは自身の膨大な魔力の細かい制御があまり得意ではなかった。初級の簡単な魔術でも威力が大きくなってしまい、せっかくの食物をダメにしてしまうことがあった。
そのため、近接武器で一番ポピュラーな武器である剣を使っていたが、実践で経験を積んだノアの剣の腕は、我流ではあるが戦闘の中で磨かれた美しさが宿っていた。
ノアは血振りをして、剣を鞘に納めた。そして、未だピクピクと動いている、バトルボアの血抜きを急ぐ。
血の匂いを嗅ぎつけた魔物がここに来たら、面倒なことになる。ノアは適当なところで血抜きを終わらせ、次の作業に移る。
虚空に右手をかざし、魔術を発動させる。幾何学的な模様の魔法陣が右手から展開され、透明な光を放つ。
「<空間収納>」
右手の先の魔法陣が縦に裂け、空間が裂ける。
この魔術はいわば、この世界に存在しない空間ーー『亜空間』をつくる魔術で、この中では時間の概念がなく時は止まったままだ。
そして、生物は入ることができない。容量は使い手の魔力量によって大きく変わるので、ノアが使える魔術の中で、屈指の便利魔術である。
ノアは、闘猪の胴体を片手でつかみ、『亜空間』に投げ入れる。
(これで食料は確保できた…戻っても暇だし、散歩でもするかな)
ヴァレールは、研究所から滅多に出てこない。少しくらい遊んでもばれないだろう。ノアはここで学べることはほぼ学んだと思っている。
ノアにはヴァレールに主が変更された隷属の首輪があるが、ノアは外そうと思えば外せるのだ。
(そろそろ町にでも行ってみようかな)
ヴァレールに感謝する気持ちはあるが、ヴァレールに従う気ははない。ノアは慣れ親しんだ森の空気を大きく吸い、目的もなく一歩を踏み出そうとした、その時、森がざわめく。
魔物たちが騒ぎ出したのだ。
(……これは…森に誰か入ったかな)
ノアは思わず口角が上がるのを抑えられなかった。暇つぶしにはちょうどいい。ノアは、魔物のなく声へ向けて、地面を蹴りつけた。
* * * *
「<聖法光線>」
「グルゥォァァァァァァァ⁉」
一条の光線が魔の領域にいる単眼の巨人、サイクロプスを貫く。耳をふさぎたくなる断末魔をあげ、崩れ落ちる。
魔の領域であるユガ大森林。凶悪な魔物ひしめくこの森に、不釣り合いな集団がいた。聖王国の紋章を銀の甲冑に刻んだ騎士。聖王国の守護者。聖騎士団の者たちである。
そしてその先頭にいる男だけが服装が違う。白を基調とした騎士服の上から黄金に輝く鎧、そして純白のマント。
容姿はとんでもなく整っていて、まだ20代にもみたない青年だ。鎧と同色の髪の隙間から見える瞳、その眼光は鋭く、見るものを寄せ付けない雰囲気をまとっている。
この男こそ、聖騎士の長であり、遥か古代に人類を救った【原初の英雄】と同じ称号を持つ者ーー
「お見事です、さすがは我らが”勇者”様!」
「その呼び名はやめろ。何度目だと思っている。名前か役職で呼べ、アルドス」
黄金色に輝く髪を揺らし、うんざりするように言った現代の”勇者”、レノス・アマデウスである。
聖騎士団長でもあるレノスは”勇者”と呼ばれることが嫌いだった。遥か古代、魔物たちの王”魔王”から世界を救った大英雄。どんな絶望にも抗い、立ち向かい、最後には打ち勝つ。
それ故に”勇者”。数々の英雄が誕生する前、【原初の英雄】とも呼ばれる者と同じ称号を持つのは、自分ではあまりにも不相応と思うのだ。
「申し訳ありません。団長」
”勇者”と呼べなかったことに肩を落としつつ、元気よく返事をする茶髪の青年、アルドス。レノスを見る瞳は尊敬の念を通り越し、崇拝の念さえ感じさせる。
(……優秀な聖騎士なんだがな。俺にずいぶんと幻想を抱いている)
そんなことを考えながら、茶髪の青年を見ていれば、何かを言いたそうにしているのに気付いた。
「何か言いたいことがあるなら言え」
「……恐れながら、団長。あの程度の魔物如き、あなた様がお力を使うまでもないでしょう。あの非道の魔術師を討つためにも、今は少しでも消耗は避けることが大事であると愚考します。ですが決して団長が負けることは考えておりません。目的地まで、お送りすることが、我々の役目であります。そして我々もあなた様の役に立つことを一番に願うものばかりです。次からは我々にーー」
「長い」
レノスの口から心の声がつい漏れてしまった。それを聞いたアルドス以下聖騎士たちは、魔の森にいるにもかかわらず、一斉に跪きながら謝罪をする。
レノスとしては、その願いを聞き入れることはできない。
「…それはできん」
「そ、それはっ、なぜなのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
一瞬、動揺はしたが、それを隠しつつ聞いてくるアルドスに、レノスは自分の考えを述べていく。
「森に入ってから、奥に進むにつれて魔物と遭遇する回数が不自然に上がっている。おかしいと思わないか」
レノスの胸中は、巨木で覆われた魔の森を迷いなき足取りで進んでいくうちに、疑念であふれていった。
奥に進むにつれて、魔物と遭遇する回数が増えていっている。しかも、レノス達の実力を測るように、少しずつ魔物の強さが上がっていっているのだ。
(あのサイクロプスは脅威度Bランクだが、この森の魔素が濃いせいか強さがおかしい。Aランクにも届きかねない強さだった。アルドス達でも倒せなくはないが、時間がかかっただろう)
先ほどから周辺の気配を探ってはいるが、魔物たちの気配が多すぎて、察知できない。
誰かの掌の上にいるのではないか、その考えが頭をよぎる。しかし、その考えがただしいとしたら。
(あの大罪人に従う者がいるのか…それとも協力者か。どちらかだとしても、相手はこの森を熟知し、こちらに存在を気取らせない使い手……厄介だな)
「あの魔術師が何か仕掛けていると?」
「わからん。いずれにしてもーー」
「ーー魔力感知に反応があります!これは…Aランク級です⁉」
レノスの言葉を遮り、余裕のない声音で聖騎士から、叫び声が上がる。魔力感知に専念させていた聖騎士からの叫びを聞いた他の聖騎士達に動揺が走る。
魔物の脅威度はFから始まりSで終わる。Aランクは、小国なら滅亡する程の強さ。大国である聖王国が誇る精鋭、聖騎士達といえど、簡単には討ち取れない。
しかし、ここにはいるのは聖王国最強の"勇者"の異名を持つ者。
「ーー静まれ。私が対処する。お前たちは他の魔物共を警戒しろ」
レノスの静かだがよく通る声に、聖騎士達は安心する。それと同時に、レノスの役に立てない、その忸怩たる思いを押し殺し、アルドス以下聖騎士達は従う。
「「「了解しました! ご武運を!!」」」
森の木々を押しつぶしながら、三つ首の魔犬が姿を現す。悠々たる巨躯を揺らし、三つある顔の口元からは、紫色の火の粉が噴き出している。
威嚇するように低く唸るその姿は、恐怖をあおる。しかし、レノスは自然体でその魔物の前へ足を踏み出す。
その魔物の種属名は地獄の番犬。
「来い、犬っころ」
静かに腰に差してある剣を抜くレノス。レノスは何も、Aランクの魔物を相手するのは初めではないのだ。しかし、ケルベロスと戦ったことはなかった。
そもそも、Aランク級の魔物など滅多に人里にでないのだから、しょうがないのだが。
「グルルオオオオオオオオオオ!」
ケルベロスが動く。咆哮と同時に三つある口から放たれたのは、紫炎の息吹、『地獄の業火』である。後ろには聖騎士達。よける選択肢はない。レノスは迫ってくる紫炎へ、突っ込んだ。
後方の聖騎士達からは悲鳴が聞こえたが、無視する。
「--ふッ!」
短く息を吐き、極太の炎でできた面の攻撃に対し、右手に持つ剣をものすごい速さで振るい、紫炎を斬り飛ばしていく。
ケルベロスが動揺する気配を残し、レノスは更に加速し、一気にケルベロスへ近接戦を仕掛ける。
ケルベロスもまた息吹攻撃を止めて応戦する。レノスの剣戟は凶悪な牙に阻まれ、残った二首がレノスを噛み砕こうと牙を向ける。それを身体を捻り、最小限の動きで回避しつつ剣を振り下ろす。それに合わせて、ケルベロスも右前足を叩きつける。
剣閃と凶悪な爪がぶつかり合い、衝撃波で周囲の木々が揺れ動く。
そしてレノスはそのまま剣を強引に払い、ケルベロスの真ん中の顔面を思いっきり蹴り飛ばした。巨体がものすごい速さで太い幹をぶち抜いていく。轟音と悲鳴を残して。
「な、何なんだ。これは夢か…?」
「Aランクモンスターを、一蹴…」
「勇者様半端ねぇ」
背後の聖騎士達から畏怖と驚愕の感情が混ざり合った呟きが漏れ、ざわついている。それらを無視し、レノスはケルベロスが吹っ飛んでいった方へ歩き寄る。
(Aランク級がこの程度でダウンするわけがない。そして何よりも…)
唇が自然と弧を描く。レノスは何より、この戦いが楽しかった。
レノスと戦いになるものなど、聖王国内には、ほぼいない。そもそもレノスの本来の仕事は、聖王の守護。自分勝手に私闘など行えるはずがなく、自分の鍛えた技を活かせる場などないのだ。
今回は聖王国に甚大な被害をだしたS級賞金首表の魔術師ヴァレール・ブリットの潜伏場所が判明したということで、討伐には生半可なものでは太刀打ちできないのでレノスが向かったが、こんなこと滅多にないことだ。
(しかし、楽しい、か。俺もまだまだ幼いな)
自身の心境に苦笑しつつ、瞳は標的から目を離さない。油断なく近付いていく。
砕けた木片を押しのけ、巨体が姿を現す。漆黒の体毛には細かな傷ができており、何より、真ん中の顔面からは、血が滴り落ち、醜く潰れている。
「グルルルゥゥ」
警戒と恐怖、怒り、様々な感情を乗せた目がレノスを射抜く。しかし。
レノスの剣に光の粒子が纏わりつき、まるで夜空に輝く星々のように発光する。その光り輝く剣をみたケルベロスは、あっさりと恐怖の感情が勝った。
ケルベロスは気付いたのだ。その類い稀な生存本能で。その力が、あっさりと自分の命を砕くことを。
判断は早い。ケルベロスは足を後ろに進め、逃げ出そうと足を動かしたその時。
木々の奥から、すさまじい殺気が飛ばされる。
レノスも感じた。自分に向けられたわけではないのに、その強烈な殺気に反応し、木々の奥をにらむ。
その濃密な殺気はケルベロスに逃げることを許さない。レノスへの恐怖を上書きする恐怖で、ケルベロスの行動を縛る。
(Aランク級モンスターが、震えるほどの殺気か…)
レノスはそこで思考を停止した。目の前の魔物に、再び殺意が宿ったからである。
「グルルルルルルゥ!」
「来い、一撃で終わりにしてやる」
ケルベロスは、地面を勢いよく蹴りつけ、その鋭利な爪を振り上げる。対してレノスは、光り輝く剣を水平に構え、腰を低くし、片足を少し後ろに引く。
「グルオオオオオオオオオオオオ‼」
「ーー<閃光斬>!」
ケルベロスの渾身の一撃を、掻い潜り、その必殺を開放する。それは魔術と武闘技の融合技。絶叫とともに、Aランク級魔物が光の粒子になって霧散する。薄暗い森を、無数の光玉が照らした。その場には、威風堂々とした今代の勇者の姿があった。
ノアの目の前の空間に浮かぶ波紋、その中に勇者と聖騎士達の姿が映し出されていた。空間系魔術である<望遠空間>。
自分が行ったことがある場所の空間と自分が今いる場所の空間をつなぐ魔術である。空間をつなぐといってもただその場を見れるだけだ。主に偵察や観察のために用いられる。
それで金髪の男を観察していたノアだったが、男が予想以上に強く驚愕していた。単なる暇つぶしとして、友達に協力してもらい戦力を測ってもらっていたが、まさかAランク級の魔物までも負けるとは思わなかった。
ずいぶんと面白くなりそうだ。そして、ノアの心は歓喜に包まれる。ヴァレールとあの男を戦わせれば、楽しくなるだろう。
(これはおもしろい、高見の見物でもしようか)
『嬉しソうだね』
天を貫く木々の間を縫って、災厄の魔物が姿を現す。その威容は巨大な『赤い蛇』。種族名は、毒王大蛇。脅威度ランクはA。しかし、この目の前にいる魔物から感じられる圧力は、そんなものじゃない。
特殊個体である。その姿は、異様の一言だ。
両目を潰された盲目の蛇。
『毒王サマエル』。その名は神話にも登場する有名な名。一国を滅ぼしたこともある伝説の魔物である。その力は、人の定義の中で、最大の脅威であるSランクである。
その声は、脳に直接響いてきており、すこし聞き取りづらいが、それはまぎれもなく人が話す言語である。これは、自身の魔力に思念を混ぜることで会話を可能とする技術である。サマエル自身はこれを『念話』と呼んでいた。
そんな伝説に、ノアは親しげに声を返した
「協力してくれてありがとう、サマエル。あの男、予想以上だった。ヴァレールとあの男、どっちが強いかな?」
『ンー、難しイね。普通に戦うなラあの勇者ダろうね、君は戦わなイんだろウ?』
ノアは肩をすくめ、口角をあげながら言葉を返した。
「そうだね。もちろんヴァレールには感謝してるからね。でもあの男が俺を道具としか見ていないように、俺もヴァレールを道具だと思っている。死のうが生きようがどうでもいいさ」
それよりも、と。自身が気になっていることを目の前の蛇王に尋ねた。
「あの力は何なの?魔術っぽいけど、元素系ではないよね?魔力を分解してる?」
『神聖系魔術、聖王国の聖騎士と呼ばレる人間が使う魔術ダよ』
神聖系魔術と声に出さず、口の中でつぶやくノア。そもそも魔術は、古代の英雄達に力を貸した、神の化身たる精霊が使う精霊魔法を模して創られたものである。その力はいくつかの系統に分かれている。
四大元素をつかさどる元素系魔術。
精神に影響を及ぼす精神系魔術。
空間をつかさどる空間系魔術。
この三つしかノアは知らなかった。というのもヴァレールが使えるのがこの三系統であり、ノアに教えられたのもこの三系統だけというだけのことである。
しかし、ノアが使えるのは空間系魔術だけだ。どうやら才能がなかったらしい。
それにしても、ヴァレールはあえてノアに秘密にしていたのか。
「じゃあその神聖系魔術とやらを使った攻撃、効果は?」
『神聖系統の力は魔を祓う。対魔物には絶大ナ効果を発揮すル』
その言葉を反芻する。聖騎士と呼ばれる者たちは、つまりは対魔物の殲滅者ということか。でも、
「魔力の分解、ということは元素系魔術で作った火球とかは、分解できないってことだよね?」
『そノ通りだヨ。フフ、自分だっタらどう戦うカ、考えテいるのかイ?』
ノアはその問いに笑みを見せるだけで返答はしなかった。そして、ノアは自分が知らないことがまだまだあることも知った。
外の世界への興味、より強まる憧れ。それもまたここを出る理由の一つになりえるもの。
『ノアよ、そろソろ結界にハいるみたいだよ』
サマエルは目が潰されているはずなのに、なぜわかるのか。そんなことは些細なことだ。Sランクの魔物の知覚範囲を気にしてもしょうがないのは経験済みである。
ノアは笑みを浮かべ、望遠空間でつないだ空間を見る。そこには勇者と聖騎士達がついに目的地に着いたところだった。