襲撃
夜も更け、周りの家々からも明かりが消え寝静まった頃。ノアは気配を感じて起き上がった。時には豪魔の森で寝たこともあり、殺気を持った気配には敏感なのだ。ベットに立てかけてある魔剣ルガーナが突然震えだした。しかし、装備を着る時間はないし、気にしている場合ではない。ノアは起きて、窓を開けて飛び降りた。宿を戦場にするわけにはいかないという配慮である。
「--ったく、俺優しいなほんと…。はぁ、まだなんかあるのか。今日一日で一体どれだけの経験ができたんだろ?」
ぼやきながら手ぶらで降りたノアは、寝間着用である薄着の黒色のシャツとズボンしか履いていない。足も裸足である。
ノアは自分の部屋から同じように飛び降りてきた黒装束の者達を、感情を感じさせない眼で見た。彼らは皆、歪な黒い紋様が描かれた仮面を被っていて不気味さが増している。
「……誰ですか?俺なんかしまーー」
ノアが喋っているのにも関わらず、黒装束を着た者たちは一斉に襲い掛かってくる。黒装束の中に仕込んだ様々な暗器で攻撃してくる襲撃者達。暗闇の中でもノアの姿が見えているのか、動きに迷いがない。しかしノアも、するすると攻撃を躱していく。瞳に集中して、魔力を流せばいいだけの話である。
ノアは襲撃者達の大体の動きを観察し終わった。様々な武器で攻撃され続けているが、ノアには余裕がある。
「--君ら、暗殺者というやつらか。たしか人を殺すのが仕事なんだよね?」
一撃一撃が人体の急所を狙ってくる黒装束の集団。しかし、
「--おしゃべりも出来ない人形なのかな?」
ノアは手に更に魔力を流して、二本の指を仮面に突き立てた。仮面が割れ、素顔が露になる。ノアの指は一人の暗殺者の両目をを完全に潰していた。
「ーーひ、ぐぁおおおあぁああああぁぁ⁉」
ノアは更に指を深く差し入れて、暗殺者を殺した。
「何だ、声を上げられるじゃないか。人間なんだね。痛みはあるのか」
ノアは自然に笑みを浮かべていた。血が付いた指を死体から抜き取って、ノアは周囲の暗殺者達へと紅眼を走らせた。暗闇でも紅く光る瞳は、暗殺者達が着ける仮面以上に禍々しく、不気味だ。暗殺者達が脅えたように身体を震わせた。
「ーーさあ、始めようか」
ノアは笑みを深め、自分から攻撃を仕掛けようとした時、宿から急に木が伸びてきて、何本もある枝が暗殺者達全員の体に巻き付いた。
「……これは……?」
身動きを取ろうとすると、巻き付いている枝が身体に食い込むほどに強く締め付ける。剣などを使って、締め付ける枝をどうにか斬ろうとあがく暗殺者もいた硬くて刃が通らない。
「のあ、かせいにきた。だいじょうぶ?」
金髪がふわふわした可愛らしい小さな女の子、レナだ。寝起きなのか、目がほとんど開いていない。普段と違うのは、その背から綺麗な蝶の羽が出ているところ。
ほとんど開いていない目に笑いそうになりながら、
「ッッん、レナ、ね、寝ていても良かったのに。ごめんね、起こしちゃって」
「……むぅ、のあ。わらってる?」
「いや、笑ってないよ。それよりお礼を言ってなかったね、ありがとう。俺じゃあ殺すことでしかーー」
「--のあ、あれ」
レナが少しだけ目を見開いて指を差した。ノアが見ると、木に捕えられていた暗殺者達が口から血を流し、全員死んでいた。ノアは近付いて、観察する。
「……これは、口の中に毒でも仕込んでいたのかな?ていうか、これ、後始末どうしよう?」
レナはやっと頭が回ってきたのか、口調がしっかりとしたものになった。
「……多分、衛兵に見つかったら領主の耳にもはいる。そうなると……」
「……そうなると?」
「…………」
ノアが問いかけても、レナは棒立ちである。ぼーっとしたまま首を傾げた。
「……あ、あれ、分からない?」
「ん」
短く簡潔に頷いたレナを見て、ノアは思わず苦笑した。
「ならとりあえず、空間収納にでも放り込んでおくよ。今は一般的な冒険者を目指してるからね」
空間収納に生物は入れることができない。しかし、死体なら物扱いされて入れることができるのだ。次々と死体を空間の裂けめに放り込んでいくノア。装備を物色して、何か手がかりになるものがないかも確かめた。
死体を空間系魔術に収納しているノアを見詰めてから、レナは近くで一人だけ違う死に方をした暗殺者の姿をみた。両目から血を流して、くり抜かれたように穴が開いている両目。レナはそれを一瞥してから、ノアを悲しそうな瞳で見た。
(……これは、ノアの闇。彼は普段は優しいけど、心は闇に囚われているのかもしれない)
実を言うと、レナはノアの戦闘するところを最初から見ていた。あの凶悪な笑みはレナにも寒気を与えた。英雄紋を持つ者はすさまじい力を持つ代わりに、普通の人間では終われない。そして英雄紋を与えた英雄たちのように、英雄になる者だけでもない。人類を殺すために、その強大な力を使う者もいる。
一瞬、悪い想像をしたレナはその考えをすぐさま捨てて、ノアへ駆け寄った。
音を立てないように、与えられた部屋へと戻ったノアは、なぜか部屋にいるレナに視線を向けた。
「レナ、まだ夜中だよ?俺は別に眠らなくてもいいけど、レナはいいの?」
その問いを無視して、レナはノアのベットに潜り込んだ。
「ここでねるからいい」
「いやいやいや、明日なんてレミーナに言われるかーー」
「私が説得するから大丈夫」
そのまま、布団に潜り込み出ていく気配を見せないレナを見てノアはため息を吐いた。体力的には大丈夫だが精神的に疲れたノアは、もう面倒くさくなりベットに横になった。その瞬間、ノアの腕に抱きついてくるレナの体温の高さを感じながら、ノアは目を閉じた。
* * * *
闇の中、その人物は任務のため、標的が泊っている宿に潜入した。形式上は部下にあたる暗殺者達が注意を逸らしてくれたため、気配に敏感なノアに気付かれずに侵入できた。もちろんこの人物の、たぐいまれな気配遮断技術もあったからだが。
その能力に目をつけられて、エストビオに捕らわれてから、この人物にとって生き方は一つしかなかった。人を殺すことが自分の存在証明である。それでも、今だ心の奥には……
いつしか笑うことができなくなったその人物は心の中で自嘲した。人を殺し続けた自分が救われるたった一つの方法は死ぬことだけ。
先ほどの標的の戦闘を思い浮かべる。正面から戦えば、自分では敵わないだろう。しかし、殺す方法ならいくらでもある。今回の仕事も自分は生き残ってしまうかもしれない。
標的が寝静まった頃、その人物は目的の部屋へたどり着いた。たかが宿屋の鍵開けなど、この人物にとっては数秒で終わる。音もなくベットへ近付き、標的を確認する。標的の腕を抱いて寝ている金髪の幼女は無視して、その人物はナイフを振り上げた。
朝起きた時、この小さな女の子にはつらい体験をさせることになるかもしれない。しかし、隷属の首輪には逆らえない。
その人物は無防備に寝ている黒髪の少年へ、ナイフを振り下ろした。しかしーー
「--待ってたよ、来ると思った」
振り下ろされたナイフは、ベットから伸びた手によってつかまれていた。素手でつかんだせいか、手は血だらけだが、痛みなど感じていないかのようにその少年は楽しそうにこちらを見ていた。その瞳の中に、青白く輝く魔術陣があった。
* * *
ノアは一度襲撃されてからは眠るつもりなどなかった。そもそも豪魔の森にいた時はヴァレールの許可がないと研究所には入れなかったため、サマエルに鍛えてもらったりして三日三晩魔物たちと戦い続けたこともあるのだ。眠らなくても一週間程度なら問題ない。とは言っても、狙われる理由も分からないし、何度も襲撃されるのは面倒だ。早く来ないかなーと思っていたところに、扉が開く気配を感じた。しかし、
(人の気配が感じない……?これは、一体……?」
自慢ではないが、ノアは気配の察知には自信がある。それが何も感じ取れないのは、この街に来て初めての事だ。
そしてノアは隣ですやすやと寝ているレナの寝息を感じて焦った。自分だけなら何とでもなるが、全くの無防備な彼女を殺そうとした場合、守れるか不安があった。何より、ノアは気持ちよさそうに寝ているレナを起こしたくない。
(さっきの襲撃の時は眠そうなだけだったけど、流石に今度起こしたら怒られるんじゃ……?)
今はそんなこと考えている場合ではないが、ノアとしては一番仲良くなったレナに迷惑を掛けたくないのだ。ノアは無詠唱で、瞳の中に魔術を起動させる。限定的な範囲に展開したため、急激に魔力がなくなっていくのを感じながら発動させる。<望遠空間>。行ったことがある場所の空間を映し出して、視ることができる魔術。自分の部屋を瞼の裏に映し出しながら、ノアは暗殺者の姿を確認した。
黒装束を着ているのは先ほど襲撃してきた暗殺者達と同じだが、顔を隠す仮面は同じではない。口が裂けた女の仮面。首元にはマフラーが巻いてあり、服の上からでも分かる女性らしい身体。そして、気配を感じ取れない能力。
そして、その暗殺者がナイフを振り上げた時、レナの方を見て一瞬躊躇したような……。ともかく振り下ろされたナイフをノアは素手で受け取めた。刃を掴んだため、手から血が出るがノアは気にも止めない。そんなことより、レナを起こさずにこの状況をどうするかだ。
「ーー待ってたよ、来ると思った」
ノアは魔術を解除して、肉眼で暗殺者を見た。すると、暗殺者はナイフから手を離して扉まで飛びのいた。ノアは新たな魔術を発動させる。
「<空間転移・限定・人間>」
ノアは魔力を込めて足のつま先で床をトンと蹴ると、そこを起点として魔術陣が広がる。暗殺者はその魔術陣から逃げようとしたが、ノアが掴んだナイフを投げて阻止する。背を低くして、ナイフを避けた暗殺者だったが、その時にはもう魔術が発動した。二人は光に包まれて、宿から消えた。




