白い魔術師の子育て事情
白いローブを好み、白い魔術師とあだ名が付いているこの国の実力者のひとりであるハクレイ。
彼は人族でありながらエルフより高い魔力を誇り、それだけでなくその魔力の制御に秀で、少ない魔力で最大の威力を出す魔術師として有名だ。
『制御魔法最強の魔術師』が彼の二つ名である。そのまんまだが……。
彼は今、王都で友人である脳筋魔術師の女性と元・聖騎士に対する称号変更の宣言を見守っている。女性魔術師の方はすでに夫である腹黒エルフと共にどこかへ雲隠れしたようだが。
ハクレイはつい昨日まで、国の実力者のひとりである『剣王』の元で修行をするこの二人の友人に付き添っていた。
ぶっちゃけ強要されたのだが、それはあの腹黒エルフがハクレイのことを思って言ってくれている事が分かっていたのでしぶしぶながら了承した。
妻を亡くしたハクレイは、生来の几帳面さを無くし、貴族としての最低限の常識さえ疎かにしてしまっていたからだ。
「頭を冷やして来たらどうです?」
無気力に日々を過ごしていた彼に、腹黒エルフはそう言った。
修行中の脳筋の二人が老剣士に迷惑をかけないように見張りとして同行を頼まれたのである。
そして、昨日、突然その腹黒エルフが修行場にやって来た。
日頃のんびりとしたやさしい顔しか見せない商人エルフだが、その時は無理に作った笑顔だった。
妻である脳筋娘に会って早々に張り倒されていたが、そんな顔してたら当たり前だろう。
彼女は割りと感が鋭いのだ。戦闘については特に。
夫婦の問題だから、と老剣士夫妻と白い魔術師と元・聖騎士は遠慮気味に二人を見守ることにした。
真夜中、二人は庭に出て行った。
声は聞えない。魔法を使えば拾えたかも知れないが、そうするのは気が引けたのだ。
珍しく言い争う様子や、仲直りしたのか抱き合う姿を見ていると、ハクレイは、この春に亡くなった妻との日々を思い出して胸が詰まった。
「あ、ヤツが消えたぞ」
元・聖騎士の声で我に返り、脳筋娘の元に向かう。
必死に涙をこらえる彼女を老剣士が背中を叩いて慰めている。
「王都に行こうかの」
彼女が顔を上げる。
「実はな。もうすでに魔法剣は完成しとると思っておる」
もう教えることはない、とまで太鼓判を押された。実は修行に来てくれた三人が帰ってしまうのが寂しくて、なかなか言い出せなかったらしい。
(このぉ、くそじじいぃ)
心の中で罵倒しておく。顔には出さない。怖いからな……。
(いいところは全部あの腹黒エルフがもってったなー)
王都の広場で広報官の演説を聞きながら、ハクレイはホッとしている。思ったより静かな幕引きだった。
最後は、あのイケメンダークエルフにケンカを売っていきやがったせいで、エライ目にあったが、まあ許そう。
エルフはどこにいても騒動を巻き起こす種族なのだ。
「おっと早く帰らないとな」
ハクレイには現在、秋には1歳になる息子がいる。
妻がエルフであることで実家から結婚には猛反対され、勘当された。
しかし妻が亡くなり、今回の脳筋共の修行場がハクレイの実家に近かったため、仕方なく顔を出すことにした。何だか、この辺りも腹黒エルフの手の平の上のようで少し嫌だったが。
「まあまあまあ」
何年かぶりに故郷に帰ると、思ったとおり母親から大歓迎を受ける。父親も渋い顔をしながらも、ハクレイそっくりな銀髪の赤子を見ると相好を崩す。
ハクレイは男四人兄弟の末子である。母親の過剰な愛情で、子供の頃は苦労した。
兄達にはしっかりと家督相続の放棄を告げ、安心させておく。
実家の金も地位もハクレイには必要ない。国からの実力者認定があるからだ。
皆、納得してくれた。
しかし、誰もエルフの妻が亡くなった事に関しては興味を示さなかった。予想通りだったので、ハクレイはため息をついただけであまり気落ちしていない。
修行場には赤子は連れては行けないのでしばらく預かってもらい、何日かおきに会いに来る事にした。
「フウレン、いい子にしてたかー」
「ええ、とっても」
年老いた母親は他にも孫がいるにも関わらず、フウレンに付きっ切りだ。
どうもこの子は大人しいらしい。あまり大きな声を出すわけでもなく、泣き声も静かなのだという。
(そうだったかなー?)
自分の館に居た時はそんな事はなかったはずだと思う。
家族三人でごく普通の家庭で、フウレンもちゃんと大声で泣いていたし、笑っていた。
首をかしげながら、とりあえず手を焼いていないのなら祖父母孝行な赤子だと思うことにした。
その日ハクレイは、剣王から二人の修行が終わった事を確認した。
これで「始まりの町」にある自分の館へ帰れる。
高額になる遠距離の移転魔法陣を惜しげもなく使い、王都から親の領地へ我が子を迎えに行く。
実家のある地方領主の館に入る。
周りを山に囲まれた土地は、風光明媚といえば聞えはいいが、ようするに田舎であった。
ハクレイが「始まりの町」を気に入っているのは、同じような田舎だからかも知れない。
予定と違う日に、突然彼が来たことに驚いて使用人達が慌てている。
「お母様は?。フウレンを引き取りに来たんだが」
使用人に聞くが誰もはっきりと答えない。
何だか嫌な予感がして、魔法を発動する。フウレンには身に付けるモノすべてにハクレイの魔法が掛けられている。
(いた。どこだこれは?)
ハクレイの頭の中にフウレンの居所が浮かびあがるが、知らない場所だった。
使用人に子供の荷物をまとめるように頼んで、その場所を目指す。
「え?、遠いな、これ」
移動しても移動してもその場所が遠い。とうとう方向だけを特定し、移転魔法陣を使う。
どんどん移転していって、着いた場所は、王都だった。
「何故だー!」
ハクレイはこの時点ですでにキレかかっていた。
久しぶりに全力で魔法を使う。
「我が子の元へ!」
この魔法を使うためには明確な点が必要で、それはフウレンにいつも身に付けさせている。誘拐などの対策でハクレイが開発した魔道具のひとつだ。
膨大な魔力がハクレイの周りに溢れ、近くを通りかかった者が驚き、逃げて行く。
そしてその点の場所に安全を確保したのち、ハクレイの身体が浮き上がり、勝手に移動し始める。
短距離でしか使えない、まことに繊細で魔力の無駄使いも甚だしい。彼にしか使えない魔法である。
「お母様」
ハクレイの予想通り、そこには彼の母親がいた。どこかの屋敷の庭のようだ。
周りには妙齢の高貴そうな女性が数人おり、フウレンはその真ん中にいた。
「これはどういうことですか?」
子供の周りにいた女性達は突然の魔法の風圧に驚き逃げていた。屋外だったことが幸いし、多少庭は荒れたが、けが人はいないようだ。
ハクレイは我が子を抱き上げる。
何やら香の匂いがする。
「お帰りなさい、ハクレイ。この方達はフウレンの母親になっても良いと言ってくださってるのよ」
どうやら、子供と女性をお見合いさせていたらしい。
「それは私に再婚しろと言っているのですか?」
「再婚?、何を言ってるの。あれは結婚ではないでしょう」
親は認めていないから結婚とは言わないと。
ハクレイは自分の母親にも遠慮なく威圧の目を向ける。
この母親は昔から過保護だった。自分が末子だからだと思って諦めていたが。
「この香は、医者が暴れる病人を静めるために使うモノでは?」
聖騎士団の遠征で何度かけが人を治療したことがある。その時よく嗅いだ匂いだ。
「男の子はうるさいもの」
全く悪びれたところがない。
「フウレンは私が育てます。お母様には世話をお願いしましたが、他の女性に任せる気はありません」
「何を言ってるの、あなた一人では無理に決まっています」
親子喧嘩が始まってしまい、その場にいた女性達がひとりふたりと姿を消し始める。
ハクレイは、その場に倒してしまった椅子やテーブルを直し、遠巻きにしていた従者にお茶の用意をお願いする。
フウレンの籠を直し、ゆっくりとその中に寝かせ、浄化の魔法を掛ける。
やがて、元気な泣き声が溢れた。
ハクレイは微笑み、我が子に話掛ける。
「すまないが、もう少し我慢してくれ」
母親にも椅子を勧める。母親の従者を見つけると子供用の荷物を出させ、着替えやおむつ替え、簡単に水分の補給をさせる。
その様子を見ていた母親は、目を見張っていた。
「お前がそんな事をするなんて」
使用人任せだと思っていたのだろう。
「父親ですから」
ハクレイはエルフの妻にかなり無理をさせた。だから産まれてからは、なるべく側にいて、一緒に世話をしたのだ。
あの、エルフの森での出産までの期間、ハクレイは身も心も魔力も粉にして働いた。
その子供がかわいくないはずはなかった。
増して今、母親のいないこの子には、自分しかいないのだ。
あの出産までの大変さを乗り越えたら、子育ての大変さなど小さいことだ。
そしてハクレイは、ぐずる赤子に持たせている小さな魔道具を母親に見せるように起動する。
それは手首に白い布で柔らかく巻きついており、布の先端にある小さな丸い袋に入れられている。
「歌声?」
ハクレイは頷き、母親に聞えるようにフウレンごと耳のそばに持っていく。
「これは……」
「私が子供の頃に聞いていた子守唄を、妻に唄ってもらったものです」
赤子はその唄を聞き、にこにこ笑い始める。身体をいっぱいに動かし、元気に声を上げて、まるで一緒に歌っているようだ。子守唄なのに。
母親は涙を浮かべていた。
「私の唄を覚えていたのですか?」
「もちろんです」
母親は、すっかり大きくなってしまった息子を見上げる。
「私はお母様に育てられたのですから」
ハクレイの母親は末子である彼を、使用人に頼らず自ら育てたそうだ。
「女の子が欲しくて。でも男ばかり4人も。だからあなたを。女の子のように髪を伸ばして」
母親は涙をこぼしながら、懺悔のように話し始める。
どうやら母親のハクレイに対する過保護は、女の子として育てようとしたせいだったようだ。
それでも体は成長し、男性になっていく。
「寂しかったの」
孫の中には女の子もいたが、手を出すのを嫁達に嫌がられた。夫は孫の中でもやはり女の子をかわいがる。
だから自分のいうとおりになる女性を探していたのだ。それなのに、エルフの嫁をもらうなんて。
「エルフでは子供は望めないでしょう?」
ハクレイはそんなことはないと伝えた。ここにフウレンもちゃんといる。
「それに私の友人夫婦は人族とエルフですが、双子の男女の子供がいますよ」
驚いた母親は、それなら反対しなかったのに、と悔しそうな顔になった。
「ごめんなさい」
母親が頭を下げる姿をハクレイは初めて見た。
勘当は孫を見せた時点で無効になっている。帰って来いという両親の言葉に、頭を横に振って、ハクレイは自分の館のある町に帰って行く。
「孫の世話をして欲しくない」と言う言葉は絶対に言ってはいけない。
ハクレイは腹黒エルフからきつく言われていた。
孫は祖父母にとってかなり特別なのだ。世話をする権利を取り上げてはいけない。
「何故だ?」
「親は子育てに責任が生じますが、祖父母には孫を育てる義務はないからです」
「お前、親はいないはずだろう?」
「今は親です」
ああ、そうだったな。ハクレイは腹黒エルフと話をすると、どうも調子が狂う。
血族はどんなに勘当されようと、どんなに遠くの場所にいようと、一生その者について回る。
だから一番身近で、一生無条件で、愛情を注いでくれる祖父母を大切にしろという。
「ああ」
あの剣王も孫のシャルネの可愛がり様はすごかった。
気難しい老人だったが、日頃離れて暮らしていても、住んでいる場所さえはっきり教え合っていなくても、孫の手紙は食い入るように見つめていた。
「なんかもう孫の話とは。一気に老けた気がするよ」
ハクレイの言葉に腹黒エルフは笑っていた。
(そういえば……こいつって一体何歳なんだろう?)
エルフの年齢は分からない。
〜完〜