4話 雨では流せないもの。
今日は店の定休日だ。
毎日、人が店に来ては見られて、可愛く演じることはいくらサービス精神旺盛な私でも疲れる。
ザーザーという音と共にユカさんが店にやって来た。
『途中で降りだすなんて卑怯だよ』
そう言うと彼女はいつも後ろで束ねている髪をほどき、リュックから取り出したタオルで濡れた頭を拭き始めた。
肩近くまで伸びた黒い髪は雫を纏い綺麗な艶を生み出している。
濡れた髪に便乗するように、濡れたTシャツが彼女の体にぴったりとくっつき私達に彼女のボディーラインをはっきりと見せてくれている。
いつも着ている店の制服からはわからなかった大きく膨れ上がった乳房。
さらに、引き締まった体から見事なくびれが出来上がっている。
「水も滴る良い女」とはまさに彼女のことを言うのだろう。
「着痩せするタイプ」だということを知り、あの男よりも私のほうがユカさんに近い存在になったと1人で勝ち誇った。
彼女は濡れた頭と体を拭き終えると、私達に食事を用意してくれた。
『たくさん食べて大きくなってね』
そう言って私達に食事を与えた後、カウンターの椅子に座り込んだ。
『この店を持ってもう2年かー』
右手でボールペンを回しながら店内を眺めている。
2年前にこの店にやって来た彼女は、私を自分の小さな両手にのせて「可愛い」と言って撫でてくれた。
皆、私を嫌っている中で私を受け入れてくれた彼女に、気が付けば恋心を抱く様になっていた私。
「受け入れてくれている」というと、あの男もきっと私を受け入れてくれているのかもしれない…
『色々あったけど、この前のは大事件かも』
きっとあの男の事を言っている。
純粋な想いほど傷付きやすいのだろう。
『私ってこんなにも女々しかったなんて…もう重い女だな。ハハハ』
悲しい笑い声は、ザーザーという音にかき消されたが私の心にはその笑い声は深く刺さった。
1度、誰かを深く想ってしまえば深く傷付くこともあるのが「恋」というものなのかもしれない。
「平等な幸せ」ほど曖昧なものはないだろう。
『告白しても迷惑をかけちゃう。2人の関係を悪くしちゃったらそれこそ、嫌な女だよ』
『それに、私は今年でまだ22歳!まだまだこれから、出会いはあるよ!』
もしも彼女が次の一歩を踏み出すというのならば私はその一歩を応援したい。
私はかごの壁に、頭を叩きつけコンと音をたてた。
『もしかして励ましてくれてるの?』
彼女は私に近づいて尋ねる。
そして私はもう1度、頷く様に音をたてる。
『ありがとう。大丈夫だよ!これぐらいでへこんでいら、お父さんに悪いもんね』
彼女は強く弱い。
強がった笑顔を私に見せると、ドアに向かって歩き始めた。
『よーし、買い出しに行って来るね。雨になんて負けないぞ!』
子供の様に意気込んで店を出ていった。
彼女を濡らす雨がどうか、彼女の切ない笑顔を作る想いを流してくれます様に。
店内のかごに囚われた私はただ、そう願うことしかできなかった。
【登場人物】
私 →?
ユカさん →22歳の店員、着痩せするタイプ。
あの男 →ケイスケ。大学生
同行者の女性→ケイスケの彼女?