3話 失恋。
あれから「あの男」は一週間に一度ぐらいのペースで店にやって来るようになった。
来る度に男は私に対して笑みを浮かべ、ユカさんを一人占めしては私の機嫌を悪くさせた。
『あなたが羨ましい。私も私目当てで来てほしいなぁー///』
顔を赤く染めて、口癖の様にユカさんは私への嫉妬を口にしていた。
そんな男を羨ましく思う反面、彼女の幸せそうな表情を見ていると自然と癒された。
あの男への嫉妬に慣れ始めたある晴れたお昼時に、あの男が店にやって来た。
『いらっしゃいま……せ…』
『こんにちは!』
元気な声でユカさんに返事を返すと、男は同行者であろう隣にいる女性と私の前へやって来た。
『こいつだよ!前から言ってたやつ!』
『話には聞いていたけど…あまり可愛くはないわね』
男が興奮しているのに対して、すごく冷めた様子の女性。
『もういいから、行きましょう。昼ご飯を食べるついでに来ただけなんだから』
『え~、まだ来て5分も経ってないよ』
親しげに話す2人をユカさんは何も言わずに、後ろから見つめている。
『あのさ、もうそろそろお金が貯まりそうなんだけど…』
『ダメよ。飼うなんて』
『まだ飼うとは言ってないよ!』
なぜ、男は一緒に来た女性に許可を取ろうとしているのか。
ユカさんは2人の会話からくる動揺を紛らわす様にほうきを片手に、店内の掃除を始めた。
『ケイスケ、もし飼うって言うのなら家から出ていきな!』
男と一緒に来た女性は強い口調で、男の名前を口にして強烈な一言を放った。
しかし、家から出ていけとは?今までの会話の流れや親しげな様子を見れば…彼女なのでは?
ガタン…
ユカさんが手からほうきを落とした音が店内に響いた。
きっと、ユカさんも私と同じことを考えたのだろう。
確かに、私はあの男に彼女を奪われたくない。
しかし、彼女が傷つく姿も見たくないと思っているのも本音。
顔を赤く染めた彼女の顔が頭に浮かぶと、何だか切ない気持ちになる。
本当の意味で好きな人の「幸せ」を願うことは難しいのだろう。
『一緒に住めなくなるのは困る。でもなぁ~』
『ほら、もう行くわよ!』
女性は男の手を掴むと、そのままドアのほうへ男を引きずりながら向かった。
『あ、ありがとうございました』
『ままま、また来ますね!』
男は体勢を崩しながら、お決まりの別れのセリフを口にして2人は去って行った。
『告白もしてないのに、失恋ってやつかな』
いつもの眩しい笑顔が消えて、寂しそうな顔をした彼女。
『お似合いの2人だったもんね』
そう言うと彼女に笑顔が戻った。
またきっと、あの男はこの店に来るだろう。
その時、彼女に対して私は何ができるだろう。
次にあの男が店に来るのが怖い…
【登場人物】
私 →?
ユカさん →店員
あの男 →ケイスケ。大学生
同行者の女性→ケイスケの彼女?